インタビュー

26歳、何もないところからはじめた ― 横浜の街を1000万人が訪れる場所にする

26歳、何もないところからはじめた ― 横浜の街を1000万人が訪れる場所にする
PROFILE
株式会社マザーエンタテイメント 代表取締役社長
吉奥 祐介

学生時代

熱意を「かたち」にした大学時代の挑戦

大学2年生からは、イベントサークルの活動に打ち込んでいました。ふるさとの京都は「学生の街」と呼ばれるほど大学が多く、音楽やダンス、アートをやっている友達が自然と増えていったんです。

そのなかで、「特定のジャンルに縛られず、クリエイター集団としてまとまって屋外フェスをやろう」という企画が立ち上がりました。大学の枠を超えて音楽やイベント好きのメンバーが30人ほど集まり、私はそのリーダー的な立場を務めることに。そこで、ポータルサイトを立ち上げ、学生向けビジネスを展開する企業や店舗へ協賛広告の営業を行い、その資金でフェスをよくやっていました。

挫折を糧に得た視点。「イベントサークル」創設の裏側

幼少期から高校卒業までは、がっつりサッカー部にいました。一昨年の高校サッカーの決勝戦に出場していた東山高校のサッカー部で、全国2位になったこともあります。ですが、大学になって集団競技から個人競技をやってみたいという気持ちが出てきて。高校時代にプロになるのは厳しいと痛感していたこともあり、大学からブレイクダンスをはじめました。個の身体能力や表現力で人に感動を与えられる点に深く惹かれたのが理由です。

ブレイクダンスを続けるなかで、ジャンルは違えど自分と同じように頑張っている方が周囲にたくさんいると気づき、「みんなそれぞれカッコいいな」と感じていました。そういった学生たちの熱い夢や思いを、自分たちの手で形にする、学生のためのイベントを作る。ということが、当時のイベントサークルの裏コンセプトでもあったのかなと思います。

ファーストキャリア

音楽会社で光ファイバー営業

ファーストキャリアは、現在のU-NEXT HOLDINGS(旧USEN-NEXT HOLDINGS)でした。当時は音楽やイベント、若者カルチャーが好きだったので、音楽業界に強い求人媒体で探している時に見つけました。ただ、実際に配属されたのは光ファイバーの営業部署で、イメージとはかなり違いましたね。

特に印象的だったのが入社式です。当時USENが運営し、伝説的なクラブイベント「ageHa」も開催されていた新木場のSTUDIO COASTで開かれました。ステージからの社長メッセージとミラーボールの演出を見て、「この会社、本当に大丈夫なのだろうか……」と一瞬戸惑ったのを覚えています。

創業のきっかけ

打ち上げで交わした約束と、有言実行の起業まで

創業のきっかけは、学生時代に手がけた最後のイベントに遡ります。2003年8月1日、京都の円山野外音楽堂で音楽イベントを開催し、大盛況のうちに終えました。その打ち上げで就職や今後の話をしていた時に、社会への期待もありつつ、「スーツを着て疲れた顔で電車に乗るような大人にはなりたくない」という思いがずっとあって。そこで「今の組織をこのまま続けないなら、5年後にもう一度集まって自分たちの会社を作ろう」と仲間に話したんです。

その時の思いを強く持ち続けていた結果、ちょうど5年後の2008年8月1日、26歳の時に会社を設立しました。最初に手がけた事業は、幼稚園や保育園、小学校の行事写真を園ごと、保護者ごとにIDとパスワードを付与しオンラインで24時間いつでも閲覧・購入できるようにするシステムでした。私たちは企画と営業を担当し、開発は業務委託先のシステムエンジニアの方にお願いする形で進めていました。

現在の事業

STUDIO COAST閉館を経て、横浜へ──培った集客力で挑む商業施設の再定義

これまで、新木場にあった3,000人規模のホール「STUDIO COAST」、国内屈指のナイトクラブとして展開していた「ageHa」を長く運営してきました。定期借地契約の満了とコロナ禍が重なり、2022年に惜しまれつつ「STUDIO COAST」を閉館し、同じ年から横浜駅直通の商業施設「ASOBUILD(アソビル)」の運営を始めました。

横浜駅直通という立地の良さはあるものの、最近は「目的来店」が重視される時代で、魅力的なコンテンツがなければお客様には来ていただけないと痛感しています。これまで自社興行・共同興行で培ってきた集客力やブランディング力を活かし、施設内の興行場「YOKOHAMA COAST(ヨコハマコースト)」での魅力的なコンテンツ展開、テナントを回遊できる商業施設づくり、横浜市全体の賑わい創出に取り組んでいます。

テナントゼロからの再建

アソビルの立ち上げは、正直かなり厳しいスタートでした。前の事業者から退店通知を受けていた数十のテナント様に、ギリギリのタイミングで後継会社としての挨拶と方針をお伝えすることになり、「なぜ今さら……」とお叱りを受けたこともあります。1フロア500坪ほど、6フロアで3,000坪を超える床面積の中で、「テナント様が1店舗も残ってくれないかもしれない」という恐怖がありました。

これだけの規模の賃料をどう払っていくのか、再建できるという自分の思いや夢が本当に形になるのか。根拠のない自信だけでは埋まらない不安や、追い詰められた感覚は強くありましたね。ただ、結果として、2022年の引き継ぎ当初は年間200万人に届かなかった来館者数が、今では月間35万〜40万人、年間約444万人ほどまで伸びています。

特別な裏技があったわけではなく、ビル1棟を私たちが運営していることの強みを活かし、独自の業界ネットワークや営業ノウハウを駆使してターゲット層に刺さる魅力的なテナント様に集まっていただけたことが大きいと思います。加えて、「YOKOHAMA COAST」という集客のエンジンがあることで、イベント制作会社や企画者の方への直接アプローチや自社でのイベントが開催できる。これらが施設全体の回遊性とアソビル全体の魅力に繋がっているのかなと思います。

大変だったこと

コロナ禍で家賃だけが残った

エンターテインメント事業において、いちばん大変だったのはコロナ禍のときですね。飲食店には救済のための補助が出ていた一方で、約2,500坪のコンサートホールに対する地代家賃を払い続けていた弊社は、1年から1年半ほど興行がすべてキャンセルになったにもかかわらず、不動産に対する賃料補助を受けられませんでした。当時は人員や社員に対する助成金くらいしかなかったんです。月に数千万円の賃料を払い続けながら、予約もほぼゼロという状況で、非常に苦しい時期でした。

そのなかで、有料のライブ配信と、実際に会場に足を運んで楽しむライブを組み合わせるハイブリッドという発想が生まれたのも、この時期の挑戦のひとつです。いろいろな挑戦をしながら、コロナ禍を乗り越えてきました。

今後の展望

興行場運営に軸足を戻す

今後の展望は、大きく2つあります。ひとつは、新木場のSTUDIO COASTで培ってきた、音楽における登竜門のような興行場の運営運用に、もう一度軸足を戻していきたいという思いです。場所へのこだわりはありませんが、3,000人から5,000人規模の興行場、コンサートホールの運営に、あらためて取り組んでいきたいと思っています。

横浜東口に1000万人を

もうひとつは、音楽だけでなく食も含めた非日常を提供するエンターテインメントビルとしての展開です。アソビルでは、たべっ子どうぶつLANDをはじめとしたリアルイベントを筆頭に、多くのお客様に会場利用の順番待ちをしていただいている状況です。横浜駅とみなとみらいの間、旧アンパンマンミュージアムの跡地にも新たに450坪ほどの敷地をお借りできたので、新しいエンターテインメントやコンテンツ、IPの運営に挑戦しようとしています。

年間200万人に満たなかった来館者数を444万人まで伸ばせたこと、そして目的が1つより2つ3つあるほうが多くの方に来ていただけると考えていることから、Kアリーナやぴあアリーナ、Zeppなど音楽施設が充実してきている横浜みなとみらいエリアにおいて、目的来館だけでなく寄り道をしていただけるような、点と点を線でつなぐ興行場の開発やコンテンツのインストールに取り組んでいます。今後のビジョンとしては、横浜東口サイドに年間1000万人の来館・来場を促せるような会社を目指していきたいと思っています。

学生へのメッセージ

やりたいことをやる

私がアドバイスするのは恐縮ですが、今年45歳になり、約20年ほど経営者を続けさせていただいています。いろいろな会社の役員や、オーナーではない会社の代表もさせていただくなかで、26歳の私は今と比べてノウハウも知識も数字の感覚も弱く、何もないところからのスタートでした。それでも、やってよかったと思いますし、生まれ変わってもまた挑戦したいと思うくらい、経営には魅力があると感じています。

根拠のない自信でもいいので、今できることをやるというよりも、やりたいことをやるという覚悟が決まっている方が、活躍している経営者には多いと思います。安心材料を探す必要はなく、どんな形からでもいいので、まずは自分で何かを起こしてみる。私はデットファイナンスでずっとやってきましたが、エクイティにこだわる必要もなく、エンジェルや投資家から資金を借りて挑戦することもできる時代です。いろいろな方法での起業や挑戦の仕方があると思うので、まずは挑戦してみるところから一歩を踏み出していただくのが、いちばんおすすめです。

編集後記

学生時代のイベントサークルから一貫して仲間と何かを作り上げる思いを持ち続け、コロナ禍という大きな逆境を乗り越えて横浜の街を盛り上げていらっしゃる姿がとても印象的でした。「根拠のない自信でも、やりたいことをやる」という言葉は、就職活動や将来に悩む学生にとって、大きな後押しになるのではないでしょうか。私自身も、大学生としてビジネスに関わるなかで、その覚悟の大切さを改めて感じました。