わんぱく坊主が美大生になるまで
夢中だった図画工作
私自身は本当にクラスで一番うるさいやつでした。はしゃぎ倒しているような、いわゆる「わんぱく坊主」で、小学校時代を過ごしていたんですよね。ただそのなかでも算数と図画工作が好きで、お絵描き教室にも通っていました。自分の世界に没頭するのが、昔から好きだったんです。これは後のキャリアにも関わってきます。
美術より理数を選んだ
ただ、美術でお金を稼げるとは思っていなかったですし、親も美術大学の出身ではなかったので、普通に勉強を頑張って進学しようね、と言われて育ちました。それで自然と美術の話は頭から抜けていき、理数系の学問のほうが他の学科より得意だったため、最初の大学は理工学部の物理学科に進学しました。中高でも体育会系の部活に打ち込んでいて、美術や表現の世界からはだいぶ遠のいていた時間でした。
遊びに熱中した大学四年間
最初の大学は、正直このインタビューでお伝えするのが申し訳ないくらい、典型的な「勉強しない大学生」でした。単位を落としたり、学校に行かなくなったりはしないものの、できた友達と遊ぶのが楽しくて、ラケットも振らずにテニスサークルの飲み会ばかり参加して、そこで飽き足らずいろいろなサークルに顔を出すような日々でした。
いざ就職活動になると、理系の学部だったので理系の職種を中心に見ていたのですが、ふと「本当にこれを仕事として続けていいのか」と思い悩む時期がありました。得意だったから理数系の学科に進学しただけで、研究を突き詰めたいとか、まだ見ぬものを追い求めたいという気持ちはなかったんですよね。内定はもらったものの、別の道に行く決心をしました。
美大への学び直し
自分が得意かどうかは一旦置いておいて、好きだった領域はなんだったのかと思い返した時に、算数はもちろん好きだったけれど、絵もずっと習っていたし、ひとりで没頭して何かを作るのが好きだったな、というところに立ち返りました。それで少し遠回りしてでも、自分でものを作ることを突き詰めたほうがいいんじゃないかと考えて、四年制大学を出たあとに多摩美術大学の夜間部に入り直したんです。昼間はアルバイトをしながら、夜は美大で勉強する生活でした。
夜間の学校だったこともあり、学び直しに来ている方が多かったのが面白いところでした。すでにデザイン会社をやっているけれど独学だったので学問として学び直したいという方や、庭師をやめてデザイナーを目指す方もいれば、高校を出てすぐ入ってくる方もいて、いろいろな経歴の人がいる環境に本当に刺激を受けました。好きなことに打ち込むことに素直な人たちが周りにいると、自分も影響されるんですよね。最初はうまく表現できないこともありましたが、みんなでもがきながら過ごした時間は、本当にかけがえのないものでした。
二回目の大学生活は自分でお金を稼いで学費を払っていたので、遊び倒していた一社目の大学とは学びの質がまったく違いました。インターンシップも並行していて、高校野球のメディアを運営するベンチャー企業で、ウェブサイトやクライアントの広告制作など、美大で学んだことをすぐに実務で試す機会をいただいていました。喫茶店やボウリング場のバイトも掛け持ちしながらの、かなりハードな四年間でしたね。
電通、ヤフー、アクセンチュア。三社で学んだこと
心をデザインする仕事へ
一社目は電通ヤングアンドルビカムという、電通とニューヨークの広告会社ヤングアンドルービカムが合弁で立ち上げたジョイントベンチャーでした。ポスターやCMのような形のあるものだけでなく、人の心をどうデザインしていくかというコミュニケーションデザインの領域に興味があって、広告の世界を選びました。当時すでに26歳だったので、年を取った新卒を拾ってもらったことに感謝しています。そこでは、主にBtoB企業をクライアントに、広告・PR・自社メディアを統合したコミュニケーションの企画を担当していました。
公益性を求めてヤフーへ
代理店の仕事は楽しく勉強にもなったのですが、仕事を続けるなかで、「この商品やサービスを本当にこの伝え方で届けていいのだろうか」と悩む瞬間が増えていきました。事業者側の都合と、生活者にとって本当に良いことが必ずしも一致しない場面に触れ、期待を膨らませるコミュニケーションに加担することへの葛藤を感じるようになったんです。もう少し社会に対して公益性のある取り組みをしたいと思い、二社目としてヤフー株式会社に移りました。ヤフーは老若男女が使うインフラのようなサービスで、社会貢献にも力を入れており、より多くの人の役に立つ仕事をしたいと考えての転職でした。
コロナ禍で見えた力不足
ヤフー在籍中にコロナ禍が重なり、仕事が少なくなった時間を使って、アイデア募集のコンペや企業との協業案件に個人でエントリーするようになりました。会社員として経験してきた「企画を練る力」と、美大で培った「ものを作る力」を掛け合わせれば、一気通貫で何かできるのではないかと思ったんです。ただやっていくうちに、面白いものを考えて形にするだけでは足りないことに気づきました。いくらで売れるのか、どう継続的に作っていくのか、まったく別のスキルが足りなかったのです。
叩き込まれた思考力
企業の課題を見極めて手を打っていく経験を積む必要があると考え、社会人学生として経営学修士を取りました。そして、コンサルティングファームのアクセンチュアに転職しました。新卒からコンサルティングを鍛えられてきた方たちはとても優秀で、課題を構造的に分析する力も、お客様とクリアに議論する力も、当時の自分にはまったくありませんでした。年下の方に率直な指摘を受けて、最初はかなり胃が痛い日々を過ごしました。四苦八苦する中で、目の前の課題をそのまま捉えるのではなく、要素ごとに分解して原因を見極め、優先順位をつけたうえで打ち手を考える力が身についていきました。
39歳、覚悟の独立
二足のわらじの限界
アクセンチュアに転職しても個人で仕事を受ける活動は細々と続けていたのですが、だんだんとバランスを取るのが難しくなっていきました。相談される機会が増え、手がけた商品やサービスが評価されることも出てきて、そろそろどちらかに集中しなければいけないタイミングが来たと感じ、覚悟を決めて独立しました。
「人の役に立つ」というビジョン
作文に書いた将来の夢
株式会社オクノテを立ち上げたときに掲げたビジョンは、「企画とデザインの力で挑戦する人の役に立ち続ける」というものです。この「役に立つ」という言葉には、ちょっとしたセレンディピティがあります。小学校の頃に将来の夢を書く授業があって、みんな消防士や警察官になりたいと書くなか、自分は「役に立つ人」と書いていたんですよね。職種ではなく、ただ人の役に立ちたいと当時から考えていたことに、あとから読み返して気づきました。これから先どこまで続くかはわからないですが、やっていくべきことは本当に人の役に立つという、ひねりのないことなのだろうと思い、ビジョンとして掲げて創業しました。
父の背中から学んだこと
こうした考え方の背景を聞かれると難しいのですが、父が地方公務員で、都内の清掃工場でゴミを焼却する仕事を定年まで続けていました。当時は特に何も感じていなかったのですが、今思えば、社会に対して地味で目立たない、ヒーローになるわけではないけれど、なくてはならない仕事は絶対にあるということを、どこかで受け取っていたのかもしれません。
全国どこへでも出向く
役に立つということは、困っている人がいる場所に自分から出向いていく必要があります。そのため、各自治体や産業支援機構に専門家として登録しています。もちろん、それがすぐ仕事につながるわけではありませんが、拠点である東京に限らず、困っている人がいる場所にはどこへでも足を運びたいと考えています。
学生に伝えたいこと
海外で視野を広げる
学生時代にやっておけばよかったと思うのは、海外に行く経験です。旅行程度でしか行っておらず、戻れるのならやり直したいですね。学生の頃は社会に出てからと比べて時間が有り余っているはずで、一ヶ月も二ヶ月も海外に行くのは社会人になるとかなり難しくなります。海外経験がある人とない人とでは、社会人になったあとの感覚や話す内容がだいぶ違うと感じます。日本という狭い国しか知らないと、考え方も狭くなってしまうので、知見を広げることはぜひやったほうがいいと思います。
起業に準ずる経験
もうひとつは、学生起業とまではいかなくても、それに準ずるようなことにぜひ挑戦してほしいということです。40手前になった今、実感しているのですが、このあたりが起業家としてはぎりぎりの年齢だと思っています。早く始めるほど周りの支援も受けやすく、失敗するリスクも小さいんですよね。20代で立ち上げてうまくいかなくても、30代なら再就職先はいくらでもあります。これが40代で失敗して再就職をするとなると、なかなか厳しいところがあります。
必ずしも創業する必要はなくても、創業するような友人に関わったり、その人の話を聞いたり、それこそベンチャー企業にアルバイトでも関わっておくことは、創業せずに会社員になったとしても生きてくる経験になります。給与という固定収入に頼らず、自分の稼ぎは自分で作るという感覚は、創業を経験した人にしか持ち得ないものだと思うので、学生のうちに触れておいたほうがいいと感じます。
「得意」より「好き」を
得意というレンズと、好きというレンズ、このふたつが重なる部分があるのはとてもよいことです。ただ、そうではない人がほとんどだと思うんですよね。得意というレンズのなかだけで仕事や人生のテーマを決めるのは、あまりおすすめしません。自分よりはるかに巧みな人は山ほどいるので、多少得意なくらいでは勝てないからです。好きという気持ちは主観そのものです。誰かと比べて好きかどうかという話ではなく、自分がこれだけ好きだと思えるなら、それがすべてであり最上位なんですよね。そこには絶対に覆らないものが詰め込まれていると思うので、好きなことを突き詰めていくことを大事にしてほしいです。
やり直しはいくらでもきく
大学を二回入り直しても、ちゃんと生きていけます。もし今、入学した大学や学部がいまいちだと感じていたり、この道で本当によかったのかと思い悩んでいる学生がいたりしても、やり直しはいくらでもききます。無理に自分の視野を狭める必要はまったくありません。
編集後記
清水さんのお話を聞いて、好きなことを見つけることと、そこに夢中になりきれることの強さを改めて感じました。頭で「やらなければ」とわかっていても、好きでなければ百パーセントの力は出せません。だからこそ、大学生活の残りの時間で、自分が本当は何に夢中になれるのか、視野を広げる行動を取っていきたいと強く思いました。得意より好きを選ぶという言葉が、とくに印象に残っています。貴重なお話をありがとうございました。