患者さんとのコミュニケーションを、もっと実践的に学べるように
私たちは千葉大学発のスタートアップとして、医療系の学生さんや若手の医療者向けに、コミュニケーションに関する教育コンテンツを提供しています。基本的には医療系の情報を届けたり、セミナーを開催したりしながら、学生さんや若手の医療者の技術向上を後押しするという事業です。
なかでも力を入れているのが、AIを使った問診のロールプレイです。医学生向けに、実際の診療でよく遭遇する病気を、約50ケース用意していて、チャットのようなかたちで問診を練習できます。イメージとしては、LINEのやりとりを思い浮かべてもらえるとわかりやすいかもしれません。AIが患者さん役、ユーザーが医者役になって、どんな順番でどんな内容を聞くかを考えながら進めていきます。最後にはAIからのフィードバックもあるので、良かった点や改善点を確認して、次の問診に生かしてもらう。そういう流れです。
看護師さん同士の「申し送り」も練習できるようにした
また、看護学生にもサービスの提供を始めています。看護師さんの場合は、患者さんに症状を聞くという場面に加えて、医療者同士のやり取りの練習にも活用いただいています。たとえば夜勤と日勤という体制のなかで、夜勤明けの看護師さんが「夜、こういう症状がありました」と、朝から勤務する看護師さんに、必要な情報を効率よく簡潔に申し送りをこのような場面での伝え方の練習をチャット形式で提供していて、コミュニケーションのミスが起きないようにする狙いがあります。
ロールプレイをするうえで大事なのは、やはりAIからの返答の質だと思っています。私たちが普段からしている実際のコミュニケーションを、どれだけリアルに再現できるかにこだわっていて、そこが一番難しいところです。
現状としては、医学生向けのサービスは大学病院や市中の病院、それから個人ユーザーの方にご利用いただいています。看護師さん向けのサービスはリリースしたばかりで、まずは大学や専門学校などの教育機関に導入していただけるよう働きかけているところです。
きっかけは、大学のビジネスコンテストだった
今も大学の総合診療科に所属していて、仕事が終わったあとに、この会社の仕事をしているという感じですね。もともと医学生の教育に携わるなかで、たまたま大学主催のビジネスコンテストがあり、AIを使って、問診を効率的に学生に教えられないかというビジネスプランを出したところ採用されて、それがきっかけで創業に至りました。
大学病院で医師として10年ほど働いていますが、医学部生や初期研修医に問診の仕方や、どのような順番で聞くべきかといった基本を繰り返し教えてきました。そうした教育の中で、基礎的な部分をもっと効率よく学べる仕組みをつくれないかと考えていました。ある程度の基礎力をつけるところまではAIに任せて、プラスアルファの部分を人が教える方がいいのではないかとずっと思っていたので、AIが進化してきたタイミングで始めました。
医者になる前は理工学部でコンピューターサイエンスを学んでいました。AIが出てきたときに、医療に何か介入できないかと考えていた土台があったので、導入しやすかったという面もあります。
幼いころの病院受診の経験から、医者という仕事にたどり着いた
そもそも医者を志したのは、小さいころ体が弱く、喘息で学校を休んで病院に通っていたことがきっかけです。身近にいる、助けてくれる存在として医者を見ていて、病院に行くと楽になるという安心感がありました。その後、勉強を進めるなかで医学や生物学、生理学、遺伝子学といった分野が本当に面白いと感じるようになりました。コンピューターも好きだったので、最初は情報学科から遺伝子解析などの研究に進もうと考えていた時期もあります。
ただ、実際に患者さんと接しながら研究をしていくなら、自分自身が医者になった方がいい。深く医学を研究するためにも医者になろうと思い直し、改めて医学部に進みました。振り返るとあまり多くはないキャリアだと思いますが、両方を経験してきたからこそ、AIの導入にも生きた部分があるのかもしれません。
問診は、診断と信頼関係の出発点
問診というテーマに関心を持ったのは、学生時代にほとんど練習をしないまま国家試験に合格し、病院に勤務し始めた4月、5月に外来で患者さんと向き合うことになったのがきっかけです。何を聞いていいかわからないところから始まって、指導してもらいながらなんとかやってきましたが、限られた時間で適切な診断をして、いい関係性を築きながら治療を提案できる医者になりたいと思うようになりました。その根本にあるのが問診だと感じています。
日本では医学部の中で医療面接などを学ぶ機会はありますが、医師国家試験では、患者さんとのコミュニケーション能力を実際の対話を通して評価する試験はありません。知識だけでなく、患者さんからどの様に情報を引き出し、関係性を築くかと言う部分も、医者になる前にもっと練習できる環境が必要なのではないか。そこに課題があると思い、このサービスに取り組んでいます。
問診では、患者さんが「これは病気とは関係ないだろう」と考えたことを、自発的に話してくれるとは限りません。こちらが疑っている病気に関連する症状を、こちらから尋ねないと引き出せないことが多いです。加えて、医療の世界では患者さんとの信頼関係を「ラポール」と呼びますが、問診の内容だけでなく声のトーンや話すスピード、身振り手振りも含めて、関係性を築いていく必要があります。必要な情報を引き出すことと、患者さんとの関係性を築くことのつの軸を、AIを使いながら教えている感覚です。
さまざまな医療職へ、そして海外にも広げていきたい
直近では、医学生と看護学生の皆さんにサービスをしっかり使っていただき、将来困らないようにいろいろな状況での練習ができるよう拡充していきたいと考えています。例えば、患者さんへの病状説明、なかでもがんの告知のような、なかなか練習しにくい場面もあります。私自身、若手のころにいきなりそうした場面を経験しましたが、医療者側にとっても大きなプレッシャーがありますし、患者さんにとっても非常に重要な場面です。だからこそ、本番を迎える前に練習できる環境が必要だと感じています。AIであれば、患者さんにも、そのご家族にもなれるので、院内での様々なコミュニケーションの練習相手として応用していきたいと思っています。さらに、リハビリテーションに携わる方や薬剤師さんなど、患者さんと接する医療系の職種は多いので、そうした方々のコミュニケーションも練習できるサービスに広げていきたいです。
もう少し先の話としては、日本だけでなく、医者が不足している国で、医者以外の方が状況を把握してアクションを起こせるようなコンテンツも今後手がけていきたいと考えています。医者がすぐそばにいない環境にいる看護師さんをはじめとする医療者の方が、患者さんの状態を適切に把握し、必要な対応に繋げられるようなトレーニングにも、AIを活用していきたいです。
開発力と営業力を、これから強化したい
今後力を入れたいのは、開発力と営業力です。役員3人とも医者なので、コンセプトを考えたり、プロダクトを評価したりする部分には自信を持って取り組めます。一方で、実際に使っていただくなかで出てくるニーズに合わせて、よりスピーディーにサービスを改善・開発していく力は、さらに強化していく必要があると感じています。また、このサービスを色々な方に届けるところには、まだ課題があると感じています。SNSの発信もそれほど得意ではないので、こうして取材の機会をいただいたときに、なるべくメディアに出るようにして補っている、というのが正直なところです。
学生へのメッセージ
どんな仕事に就くにしても、いろいろな人とコミュニケーションを取り、自分とは違う考え方に触れて、それを受け入れたり、自分なりに解釈したりすることは、とても大事だと思います。とくに医療系では、他の分野と接する機会が少ないまま医療者になることもあります。だからこそ、学生のうちからさまざまな立場や価値観を持つ人と接することは、患者さんの生活や状況を理解するうえでも大切だと思います。
若いうちに年齢や学部、大学の枠を越えていろいろな方と話したり、インターンに行ったりして、視野を広げてもらえたらと思います。私自身も学生時代に、大学の外にいる社会人の方々ともっと話をしておけばよかったと思います。自分とは違う立場の人が、どのような経験をして、何を考えているのか。そうしたことを知る機会を、もう少し持っておけばよかったですね。
編集後記
今回のインタビューを通して、問診という医療の入り口にこそ大きな課題があることに驚きました。日本の医師国家試験にコミュニケーションの試験がないという事実は、私自身も知らず、医療の現場に立つまでの準備の在り方について考えさせられました。栁田さんの、非効率だと感じたことをそのままにせず、AIという新しい技術で解決しようとする姿勢はとても印象的でした。理工学部出身という経歴を医療の現場で生かしているお話からは、異なる分野を掛け合わせることの可能性を強く感じました。貴重なお話をありがとうございました。