パイロットを目指した学生時代
航空工学に幻滅した
もともと飛行機がすごく好きで、「紅の豚」という映画が大好きだったんです。その好きが高じて航空工学科に入ったんですけど、びっくりするくらいつまらなくて。一番最初の授業、航空工学概論はいまも忘れられません。ワクワクして臨んだのに、死ぬほどつまらなくて、それ以来、飛行機を作る側には興味がないんだなと気づきました。
そこからは高校から続けていたバンド活動と、ボクシング部の活動と、寮の友達とマージャンをしたり、本当に普通の学生生活を送っていました。ただ、飛行機そのものへの興味はずっとあったので、パイロットになろうと決めて、大学院まで進みながらパイロット試験を受けたんです。
パイロット試験に落ちて
JALのパイロット試験を受けて、最終面接まで通ったのですが、最後の身体検査で落ちてしまいました。そのタイミングで落ちると、周りはもう就職活動が終わっているような状態で。5月ごろに急に結果が出るので、二次募集の期間が残っている企業を慌てて探しました。楽器も好きだし、昔からものづくりも好きだったので「ヤマハに行こう」と思い、一日遅れでエントリーシートを提出したんです。
会社員として温めた事業の種
「ソコラボ」の原点
ヤマハに入社したのは、実家が自営業だったこともあって、いつか自分の事業を起こしたいという思いがあったからです。入社二年目くらいのとき、いまの弊社の事業プランの原型になるアイデアを、出向先の子会社の社長に直訴しました。「ソーシャルコミュニケーションラボ、略してソコラボというものをヤマハの中に作らせてください」と。
社内の新規事業提案制度に応募したところ、一発目で採択されて、東京の会社がヤマハと組んで社内の新規事業を後押しするプログラムに毎週通うようになりました。事業の立て方をそこで学びながら、そのまま創業に向けて動いていくような流れでした。
制度の壁とすれ違い
ただ、そのプログラムは自分で会社を作るタイプの人が多く、ヤマハに戻ると社内の新規事業提案制度に沿わなければならないため、だんだん齟齬が生まれてきました。結局、その提案は制度の途中で不採択になってしまったんです。これ以上ヤマハの中で続けるのは厳しいと感じ始めていたころでした。
家庭、そして独立へ
子育てにコミットした日々
ちょうどそのころ子どもが生まれ、結婚生活の中で、毎週のように新規事業の活動に時間を割くことについて、当時の妻とだいぶすれ違いが生じていました。一度そちらの活動から離れ、社内で別に立ち上げていた超音波の新規事業に軸足を移し、基本は定時で帰って子育てにコミットする生活を、子どもが小学校に上がるころまで続けました。
超音波の新規事業が軌道に乗り、年齢も三十八歳くらいになったころ、ずっとやりたかったソコラボの事業をヤマハの外で動かそうと決意しました。ただ、人的なネットワークもなく、定時で帰る生活を長く続けていたので、きっかけをつくるためにグロービス経営大学院に入学し、創業に向けた動きや人脈づくりを進めながら、ヤマハを退職しました。
慰謝料を資本金に
退職を決めたタイミングで離婚することになり、慰謝料を受け取って家も売却し、身軽になりました。受け取った慰謝料は、そのまま弊社の資本金に充てています。当時暮らしていた浜松の近所のシェアハウスに引っ越して、そこを登記の住所にして、そこから人生の残り二十年をこの会社にフルコミットする覚悟で創業しました。
ものづくりへの原体験
実家は縫製業
親の姿は、どちらかというと反面教師でした。実家は縫製業で、服を縫う仕事をしていて、子どものころはオンワードさんや東京アトリエさんといったファッション企業のデザイナーが、ファッションショー用の服の試作品を縫ってほしいと送ってくる仕事をしていました。ただ、あまり儲かる仕事ではなく、ユニクロさんをはじめとする企業が中国の工場で試作までできるようになったことで、実家の仕事はかなり減ってしまったんです。
子どものころ欲しかったゲーム機もなかなか買ってもらえず、新聞配達で貯めたお金で買っていたくらいでした。それでも大学院まで進学させてもらえたことは、独立を後押ししてくれている部分だと感じています。
母の仕事に見た可能性
もう一つ影響を受けているのが、母の仕事の変化です。最近は「藍染の布でこんなドレスにしたい」といった依頼を受け、ラフスケッチを提示してからドレスに仕立てるという仕事にシフトしていて、それが高島屋で一着二十万円、三十万円で売れることもあります。ちょっとしたアイデアをインプットするだけで、デザインされた商品としてECサイトに並ぶ。この二つの経験が、いまの事業プランに強く影響しています。
Charaxyが目指すもの
アイデアを一気通貫で形に
弊社が目指しているのは、アイデアや「こんなのがあったらいいな」という思いを、すぐに商品として自分でも買えて、世界中にも売り出せるプラットフォームをつくることです。その入り口として、いま展開しているのが子ども向けサービスです。子どもが描いた手書きの絵をAIで少しかわいいキャラクターに生成し、そのキャラクターのグッズ(ぷにもちシールや巾着袋、Tシャツ、アクリルキーホルダーなど)が、そのままECサイト上に並んで、その場で購入できる仕組みになっています。
似たようなオンデマンド制作サービスと比較されることもよくあるのですが、他のサービスはユーザーがデザインを持ち込むこと前提で設計されています。弊社の場合は、アイデアさえ入れてもらえれば、デザインから商品設計、生産用データ、生産、お届けまで、さらに知的財産としての管理まで、すべて一気通貫で引き受けているところが特徴です。
デザイナーAIという仕組み
この特徴を支えているのが、デザイナーAIです。デザイン理論をきちんと組み込んだAIで、開発を担当しているのは高校の同級生で、いまは多摩美術大学で教員もしている共同創業者です。子どもが描いた絵の元のテイストを残しながら、キャラクターとして仕上げ、そこからTシャツやアクリルキーホルダー、靴下のワンポイントなど、商品ごとのデザインにも展開できるところが強みです。
二つの特許
弊社が特許を取得しているのは二つの仕組みです。一つは、一つのインプットから生成AIを使って複数の商品をその場で購入できる状態でECサイトに提示する仕組みで、これは商品を二つ以上並べた時点で特許の対象になります。もう一つは、新しく生成されたキャラクターが、既存のデータベース上のキャラクターとどのくらい似ているかをパーセンテージで判定し、著名なキャラクターと一定以上似ている場合は商品化を制限したり、類似度に応じたロイヤリティの配分を自動で計算したりするIP管理の仕組みです。
創業して大変だったこと
一年間、一つも売れず
創業して大変なことは日々ありますが、正直、会社員時代のほうが大変だったと感じるくらい、いまはトータルで楽しいんです。ただ、最初の一年間は、いまのようなキャラクターグッズのサービスに行き着く前のモデルで動いていました。アイデアをものづくりのネットワークでデザイン・設計・商品化し、売れたらロイヤリティを還元するという仕組みで、頑張って商品化を重ねたものの、一つも売れないという状態が一年ほど続いたんです。ヤマハ時代の退職金も、その間にほとんど消えていきました。
「面白くないね」の一言
ベンチャーキャピタルの方々から「ものづくりに関わっているとスケールしないよね」と言われることもありました。むしろパソコンの中だけで完結するサービスのほうが今後厳しくなり、フィジカルな世界とつながったサービスでなければ生き残れないと考えていたのですが、なかなか理解されず、悔しい思いもしました。
ビジネスプランコンテストで賞をいただき、少し調子に乗っていたころ、先輩起業家からエンジェル投資家を紹介してもらう機会がありました。緊張しながら一生懸命ピッチしたのですが、最後にかけられた言葉は「君、面白くないね」でした。いま振り返れば、普通の会社員から一生懸命頑張りますという内容だったので、面白みに欠けていたのは事実だと思います。ただ、当時はとても悔しかったですね。いまのビジネスモデルに変わってからは、逆に『出資したい』と声をかけていただく機会も増えてきました。
これからのビジョン
ものづくり版インスタ
目指しているのは、アイデアや思いをすぐに形にして、自分でも買えるし、世界中にも売り出せるようなツールです。たとえるなら、かつて写真を撮るにはカメラという機材と現像のスキルが必要でしたが、スマートフォンとSNSの登場によって、小学生や高校生でも簡単に写真を撮って世界中にシェアできるようになりました。ものづくりや商品開発の世界でも、同じようなことが起きると考えています。作る方法がシンプルになり、「こんなのがあったらいいな」というアイデアが増えていけば、革新的なデザインの商品が次々と生まれ、世界中に発信できるようになるはずです。
コンビニで出力する未来
さらに、アイデアを商品として、とくにハードウェアの商品として取り出す方法もシンプルにしたいと考えています。たとえばコンビニエンスストアにアイデアを出力できる機械があって、いいなと思ったアイデアをダウンロードするような感覚でその場で購入できる。そんな世界まで実現したいと思っています。まずは子ども向けグッズの領域をしっかり伸ばして最短距離での上場を目指し、そこで得た資金を、出力の仕組みへの投資に振り向けていきたいですね。
チームとこれから
完全リファラル採用
現在、創業二年目の規模にしては人数が多く、十五人ほどが関わってくれています。正式な社員は私ともう一人のアルバイトのみで、CTO、CDO、プレジデントの三名は業務委託という形でお願いしています。CDOが多摩美術大学で教員をしているつながりから、同大学の学生にインターンとして参加してもらってもいます。
採用は完全にビジョンドリブンで、私がやりたいことに「面白そうだね」と共感してくれる人にしか来てもらえていないのが正直なところです。それでも、一緒にやっていて面白い、この人が思い描く未来が来るのは自分にとっても嬉しい、そう思ってもらえる人と働きたいと考えています。採用も、いまは完全にリファラルで進めています。
編集後記
今回、ソコラボ株式会社の奈良さんにお話をうかがいました。ヤマハでの会社員時代から、離婚や退職といった大きな転機を経て創業に至るまでのお話は、率直で、とても引き込まれるものでした。とくに印象的だったのは、「アイデアをすぐに形にできる社会をつくりたい」というビジョンが、ご自身のものづくりへの原体験と地続きになっている点です。子ども時代の実家の仕事や、お母様の変化からヒントを得ているというお話からは、事業への思いの強さが伝わってきました。パイロット試験の不合格や、投資家に言われた「面白くないね」という一言など、うまくいかなかった経験を率直に語ってくださったことにも、誠実さを感じました。今後のCharaxyの展開が、とても楽しみです。