渋谷のオフィスで、人生が動き出した
webは全く知らなかった
もともと私は、千葉県の南房総で生まれ育ちました。上京してからは、自分の進むべき道を模索しながら、しばらく飲食店などでアルバイトをしていました。webのことは、まったく知らなかったです。「それ何?」というくらいの感覚だったと思います。ですが、マックで絵を描いたりすることは、その当時からしていました。
渋谷のオフィスに憧れた
最初のきっかけは、まさに奇跡的な巡り合わせでした。私の友人は、web制作や3DCGといったデジタルクリエイターの仲間でした。その友人が、ソニー・ミュージックエンタテインメントが主催する「デジタル・エンタテインメント・プログラム」というクリエイター支援の取り組みにエントリーしていたんです。「何それ、面白そう」と思って、渋谷のオフィスに遊びに行ったのが最初でした。
そこは「デップルーム」と呼ばれる場所で、マックやWindowsのパソコンがずらっと並んでいて、みんなが薄暗い部屋でカタカタと作業しているんですよ。西海岸のオタクの人たちが黙々と手を動かしているような、独特の雰囲気でした。
趣味から仕事になった
「ホームページを作っている」という人がいたので、「どうやってやるの?」と聞いて、簡単なプログラムを教えてもらいました。メモ帳のようなもので簡単に書いて、サーバーにアップすると、本当にホームページが見られる。それが無料で開放されていたので、「何これ」と驚いて、そこから趣味で始めました。
続けているうちに「やってみない?」と案件のお声がけをいただくようになって、「ぜひ、やらせてください」とその場で即決したんです。そこから私のフリーランス人生が始まりました。ひとつ作品を作れば、それが実績になる。その実績をもとにまた別の方から声がかかり、どんどん口コミで広がっていったんです。
フリーランスとして生きる
口コミで案件が広がる
はじめは仲間からの依頼が中心でしたが、そのうち独り立ちして、個人事業主・フリーランスとして食べていけるようになりました。2005年には、屋号「VIVIBOND」で正式に個人事業登録もしました。それまでは制作会社で紙媒体のデザインやディレクション、広告代理店の営業もしていて、いろいろな経験を積んでいたんです。
そこからは、ずっとフリーランスとして仕事を続けていきました。
出産、子育てとの両立
出産1週間前まで働いた
30代になったころ、結婚と出産を経験しました。フリーランスだと、育休というものは存在しないんです。仕事が止まってしまうと収入も途絶えてしまうので、止まるわけにはいかない。出産の1週間前まで仕事をして、制作チームに「ちょっと産んできますね」と言って、無事に出産をしました。
生後6か月で復帰した
出産後も案件は動いているので、赤ちゃんを抱っこしながら仕事のメールに対応することもありました。夫が飲食店を営んでいて時間の融通がきいたこともあり、うまくやりくりしていたと思います。しかし、ずっと仕事をしてきた性格なので、子育てだけをしている状態が逆にしんどくなってしまったんです。仕事をしていないと不安になってしまいました。
休むのが怖かった
好きなことから離れるのが嫌だったんだと思います。休んでいるのが怖くて、「復帰できる気がしない」という気持ちが強くありました。それで、生後6か月で保育園に預けて、自宅オフィスでの仕事に復帰しました。そこから保育園、小学校、中学校と、現在に至っています。
コロナ禍が後押しした法人化
コロナがweb需要を伸ばした
法人化のきっかけは、ちょうどコロナ禍でした。web業界にとっては追い風で、インターネットのLPから集客するといった需要がぐんと伸びたんです。とくに外資系の会社さんは、webマーケティングへの動きが早かったですね。
法人化を望む声もあった
弊社にも制作案件のお問い合わせがものすごく増えて、フリーランスのままだと「決裁が通らない」という理由で、法人化してほしいという声もいただくようになりました。私自身、いつか法人化できればという思いをずっと温めていたので、お客様のニーズと世の中のタイミングが合致した瞬間だったと思います。
2021年9月に法人成り
2021年9月に、個人事業主から株式会社VIVIBONDへ法人成りしました。苦労した点としては、1年を通した税務申告などの手続きが増えたことと、フリーランスのときより経費がかかるようになったことです。簿記の知識があると解像度が変わるとアドバイスをもらうこともありますが、そのあたりは、まだ勉強中の部分もあります。
経営者として大切にしていること
現状維持かスケールか
税理士さんからは「スケールしないんですか」とよく聞かれます。税理士さんの立場としては、当然そう提案したくなりますよね。そうは言っても、私はまだ子育て中なので、そこは無理に背伸びをせず、バランスよくやっていきたいと思っています。子どもが社会人になるまでは、欲をかかずにいこうと決めています。
家庭を壊したくない
女性経営者の中には、仕事に打ち込みすぎて離婚してしまう方もいらっしゃいます。それはその方の人生なので否定はしませんが、私はこの家庭を絶対に壊したくない。だからできる範囲で、土曜か日曜のどちらかは休めるようにしています。ただし、9時から夕方6時ごろまでは、誰よりも早く集中して仕事を進めるようにしています。
コミュニケーションを大切に
子育てをしながら仕事をしていると、子どもが急に体調を崩してお迎えが必要になることもあります。そのときに仕事を中断しなければならないのが、いつも母親の役目になりがちなんですよね。事前にパートナーとよく話し合って、「どちらかが迎えに行けばいい」という空気を作っておくことが大切だと思っています。ちょっとした行き違いの積み重ねが、夫婦関係をぎくしゃくさせてしまう。だからこそ、日ごろからのコミュニケーションを大事にしています。
デザインとAIの未来
AIで変わった制作現場
最近はAIの活用によって、これまでお願いされていた案件が社内で完結してしまうケースも増えてきました。web制作の現場でも、AIが吐き出すプログラムのコードは、以前はぐちゃぐちゃで実用に耐えなかったんです。それが、ここ3年ほどで大きく変わりました。実はこの変化を見るまでは、web業界を辞めないだろうと思っていたくらいです。
センスは磨けるもの
一方で、AIの使い方を間違えると、審美眼が鈍ってしまう危険性もあります。「あまり良くないものでもOK」としてしまうのは、デザイン会社としていちばんやってはいけないことだと思っています。だからこそ、自然の美しさを見に行ったり、着物を習ったりして、感覚を磨く努力を続けています。
自然や着物から学ぶ
人間の創作物をひもといていくと、最終的には自然に行き着くと思っています。着物の柄なども奥が深くて、学ぶことがたくさんあります。持って生まれた特別な才能があるわけではないからこそ、センスを磨く努力は、これからも続けていきたいですね。
事業内容
web制作からDTPまで
弊社は、企業のホームページ制作を軸に、ブランディングやCI(コーポレートアイデンティティ)、企業ロゴ、店舗のデザインなど、デザイン全般を手がけています。
健診勧奨通知も手がける
最近増えている案件のひとつが、自治体の特定健診の受診勧奨通知です。生活習慣病から重い病気へ進んでしまうと医療費が大きく膨らんでしまうので、その手前で健診を受けてもらうための、はがきやチラシのデザインです。弊社のホームページではweb制作を前面に出していますが、実はこうした印刷物のデザインの仕事も、かなりの割合を占めています。AIが台頭している今だからこそ、印刷物のデザインができることが、逆に強みになっていると感じています。web一本にシフトしなくてよかったと、今は思っています。
学生へのメッセージ
ミスマッチをなくしたい
世の中にはたくさんの仕事がありますが、それを網羅して知る手段は、現実的にはなかなかありません。マッチングがうまくいかずに、良い人材が数か月で辞めてしまうのは、誰も幸せにならないと思うんです。自分の性格や、持って生まれたものに合った仕事に出会えたら、それがいちばんいいですね。
自分らしく働くために
結婚や出産といったライフイベントを控えている方には、家族の協力なしには両立が成り立たないということを伝えたいです。事前のコミュニケーションを大切にして、破綻しないように気をつける。起業したい人にも、会社の中で昇進していきたい人にも、共通することだと思っています。私自身、好きなことに没頭できたことをありがたいと感じていますし、皆さんにもそんな仕事との出会いがあることを、応援しています。
編集後記
今回のインタビューでは、フリーランスから法人化までの歩みだけでなく、出産や子育てと仕事を両立させてきたリアルな経験まで、幅広くお伺いできました。とくに「休むのが怖かった」という言葉には、好きなことに没頭してきたからこその強さを感じました。私自身、将来のキャリアを考えるうえで、仕事と人生のバランスをどう保つかという視点は、とても学びになりました。三鍋様、ありがとうございました。