野球入学なのに簿記で満点を取っていた高校時代
野球部で培った反骨心
私は大学に進学していません。高校へは野球で進んだんですが、正直うまくいきませんでした。当時の監督の方針に納得できなかったんです。私は生意気だったので、野球部をもっとよくするにはどうしたらいいかを、よく意見していました。空気を読まずぶつかっていくところは、今もあまり変わっていない気がします。
簿記から知った経営・財務への視点
進学先が商業高校だったのはその後に大きく影響しました。簿記の成績がとてもよくて、経営や財務にすごく興味を持っていました。当時から数字を扱うことが好きだったんだと思います。商業高校生とというとやんちゃなイメージですが、簿記に真面目に取り組む珍しいタイプだったと思います。
商工会議所で学んだ経営の基礎
700件以上の相談に向き合う
高校卒業後、市川商工会議所に10年ほど勤務しました。高校のころと同じで、周りから言われたことをそのまま信じるタイプではなく、自分で確かめに行く性格でした。新規事業やイベントの企画がとくに得意で、年間で700件以上の経営相談や会計指導を担当していました。今でもそのころのお客さまとお付き合いが続いています。
チャレンジを実行・実現するチャンスをもらう
商工会議所時代、上の立場の人から見て好き嫌いがはっきり分かれるタイプでした。ただ、私を気に入ってくれる人にかわいがっていただき、普通では経験できないこともたくさんやらせてもらいました。たとえば、市川出身の漫画家・本宮ひろ志先生とご縁をいただき、原画の展示会を地元のイベントの一環として企画・実現させたこともあります。チャンスやチャレンジを突き詰める力は、このころに身についたと思います。
実家の不動産会社を継いで
社員2人の「街の小さな不動産屋」
商工会議所で経営を一通り学んだあと、父の不動産会社に入りました。当時の社員は2人だけ。駅前ではなく住宅街にある、地域密着型の不動産屋でした。相談ごとにはできるだけ答えるようにし、建築に関わっていた時期には施工の相談に積極的に関わったりなど、少し変わった取り組みをしていました。
不動産は世界にひとつしかない
不動産の面白いところは、同じ物件がひとつとしてないところです。だからこそ、ひとつひとつ丁寧に調べる必要がありました。ただ、ここに東日本大震災が来てしまいます。
東日本大震災という転機
不動産業だけを続けていけるのかという不安
震災で浦安の4分の3が液状化しました。次に同じ規模の地震が来れば、また液状化する可能性はゼロではありません。
また、福島の避難区域の状況を見て、ひとつの場所で仕事を続けられなくなることもあるなら、不動産以外の事業を持たなければいけないと考えるようになりました。
震災後は1か月ほど地元の浦安で災害ボランティアを統括する活動をして、一区切りついた時に気づいたのが不動産事業の落ち込みです。改めて強い危機感を持ち、まずは液状化対策に関するアイデアの事業化を目指しました。専門家や機器メーカーを訪ねて独自で研究を重ねたものの、事業化のための補助金申請に通らなかったりと様々な要因で事業化できずに終わりました。
コインランドリーへの挑戦
子どもの肌のケアがきっかけだった
液状化対策の事業化は断念しましたが、何かをやらなければという思いは消えませんでした。管理していたアパートの空き部屋が増えていたころ、「最近コインランドリーの開業が人気」という話を聞いて、空き部屋を活用できるのではと興味を持ちました。ただ、宅建業法で手数料も業務内容も決められている不動産業と同じで、これまで通りのやり方では新しさが感じられませんでした。差別化と付加価値が難しく、そこがクリアできなければ意味がないとも感じていました。
そんなときに、2012年に子どもが生まれます。子どもをお風呂に入れるのが私の役目で、そのあと妻が保湿剤を塗っていました。ある日それをさぼって怒られ、「アトピーになったらどうするの」と言われて、私はそこではじめてアトピーが先天性のものではないと知ったのです。
水で油が落ちる洗濯へ
アトピーの人は一般的によく見る洗濯洗剤を使うのが難しいと知り、それなら肌にやさしいせっけんでコインランドリーができれば需要があるのではと考え始めました。ただ、粉せっけんは機械で使いにくく、液体にすると溶かす手間やカビの問題があります。そもそも洗剤がなぜ必要かをたどっていくと、水だけでは落ちない皮脂汚れや油汚れを落とすためだと気づきました。
そこで思い出したのが、液状化対策事業の補助金の面接会場の廊下で目にした、「水で油は落ちる」というポスターです。調べてみると、その水は工業用品の洗浄に使うアルカリイオン電解水でした。頼み込んで売ってもらい、実際に洗濯実験をしたところ、汚れが落ちたので、この技術でコインランドリーを始めることに決めました。電解水は高価だったため、安価で生成する仕組みを考え、多店舗化に向けての準備も進めました。
IT化で「進化するコインランドリー」に
変化がないことへの違和感
4店舗ほど展開したころ、ふと、なぜこの機械はまるで自動販売機のように設置した後何も変わらないままなのだろうかと疑問を持ちました。オーナーにはお客さまが今どれくらいいるのか、使うお客様にはあとどれくらい時間がかかるのか、洗濯が終わったのかもわからない。この機械をアプリと接続したらもっと違うことができるようになるのではと考え、機器メーカーに直談判、なかば無理やり許可を得て開発を進めました。ソフトウェアの経験もない状態からのスタートでしたが、商工会議所時代から新しいことにチャレンジして実現してきたので、それほど高いハードルとは感じませんでした。
「smart laundry(スマートランドリー)」の誕生
試行錯誤の末、2019年に、ランドリー専用IoTシステム「smart laundry(スマートランドリー)」が完成しました。現在は全国およそ500店舗のコインランドリーで導入され、利用者は70万人を超えています。弊社の店舗だけでなく、他社のコインランドリーにも展開しています。キャッシュレス決済に加えて、多言語対応や遠隔操作、領収書の自動発行なども可能です。
wash-plusは、洗剤を使わない洗濯技術「wash+ Technologyr(ウォッシュプラステクノロジー)」と、この「smart laundry」というふたつの技術を両輪に、事業を進めています。現在は街中のコインランドリーがフランチャイズを含めて50店舗、ホテルのコインランドリーは70施設以上に広がっています。ホテルランドリーは、これまで無かったシックな外観の機械を導入して、有名ホテルグループをはじめ、全国のホテル・旅館に採用いただいています。
次の技術革新へ
天気で変わる料金
新規事業は常に動いています。街中のコインランドリーでは、天気予報と連動したダイナミックプライシングをAIで実現しています。店舗稼働のビッグデータと気象データを使い、曜日と時間で価格が変化する仕組みです。
排水しない洗濯機
洗剤を使わない技術の延長として、現在取り組んでいるのが排水を出さない洗濯機です。洗剤や柔軟剤を使っていないぶん排水がきれいなので、この技術が実現できます。開発中の技術について、2025年大阪・関西万博に展示して世界中の多くの方に知っていただくこともできました。
仕事を一番にしない会社づくり
企業パーパスに込めた思い
弊社のパーパスは「人と地球にやさしい未来を」です。地球という言葉には、サービスを利用してくださる方もそうでない方も含めた思いを込めています。人という言葉には、当然社員も含まれます。
私はもともと、仕事がいちばん偉いものだとは思っていません。人は生活のためにお金を稼ぐ手段として仕事をしているだけで、幸せを追求するためのツールのひとつがお金であり、そのお金を得るために仕事があるだけだと考えています。だから弊社は、仕事を一番に置かない会社にしたいと思っています。
充実した福利厚生
その考えを形にするために、福利厚生も少しずつ整えてきました。近隣の飲食店と提携してお昼ごはんに手当を支給して実質無料にしているほか、PTAや自治会の活動にも使えるボランティア休暇、社用車の無料レンタル、インフルエンザ予防接種の無料化などがあります。40歳以上が対象の人間ドックも、オプション検査に補助を出しています。年間休日は130日、昨年の残業時間は一人あたり月1時間程度、有給取得率は88%以上、育休取得率は100%です。こうした制度は、財務がしっかりしていなければ実現できないので、その両方を大切にしています。
これからの採用と若者へ
新卒採用を増やしていきたい
これからは新卒採用を増やしていきたいと考えています。創業当初から中途採用を多く受け入れて経営を安定させてきましたが、今後は若い力とともに成長していきたいと思っています。弊社のような小さな会社に興味を持ってくれる人はなかなかいませんが、出会って弊社を知っていただければ、きっと選んでもらえると思っています。
弊社は変わったことをやっているぶん、入社したてでもさまざまな大手企業とお付き合いしながら、現場で社会人としての経験を積んでいきます。大きな会社に10年いても経験できないことを、弊社では1年目から経験できると思います。
洗濯をとりまく環境にはまだ伸びしろがある
洗濯機の歴史はまだそれほど長くなく、洗濯機・乾燥機の技術は今も進化しています。今あるランドリー事業が完成形だと思い込んでいる人もいるかもしれませんが、まだまだ伸びしろがあると私は思っています。弊社で一緒に新しいランドリーの実現にチャレンジしたいと思ってくださる方に、ぜひ出会えたらうれしいです。
編集後記
高梨さんのお話を伺って、コインランドリーという身近な存在の裏に、これほどの技術と挑戦の積み重ねがあることに驚きました。震災という大きな困難をきっかけに、既存の枠にとらわれず新しい価値をつくり出す姿勢や、「仕事を一番にしない」という一見意外な経営哲学が、社員の働きやすさにつながっている点がとても印象的でした。学生の私たちにとっても、変化を恐れず一歩踏み出す勇気をもらえるインタビューでした。