インタビュー

横引シャッターが「池の中の大きな魚」であり続ける理由

更新: 2026年9月15日
横引シャッターが「池の中の大きな魚」であり続ける理由
PROFILE
株式会社横引シャッター 代表取締役
市川慎次郎

株式会社横引シャッターで代表取締役をしている市川慎次郎です。弊社は、上下に開閉するタイプ以外の特殊シャッターを手がける専門メーカーで、駅ビルのテナントから工場、原子力発電所まで、全国さまざまな現場に製品を届けています。今回は、私自身の経歴と、これまでの会社の歩み、そしてこれからの30年をどう見据えているかについて、お話しさせていただきます。

中国留学から介護の仕事まで、遠回りしてたどり着いた家業

高校卒業後、5年半の中国留学

高校を卒業したあと、中国へ留学しました。まず語学研修を2年半おこない、そのあとは向こうの大学に2年生から編入して3年間。あわせて5年半、中国で過ごしたことになります。日本に帰ってきてからは、先代の社長である父の会社で1年ほど働きました。

宅建を取っても、不動産屋は4ヶ月で辞めた

働きはじめてすぐの頃、会社で不動産事業部を立ち上げることになり、宅地建物取引士の資格を持つ人材が必要だという話になりました。そこで資格を取得したのですが、実は資格を活かすには、不動産会社での2年間の勤務実績が必要だったのです。そこで一度、不動産会社へ勤めることにしたのですが、当時お付き合いをしていた相手と同棲することになり、4ヶ月で辞めてしまいました。

介護の訪問入浴で、正社員から主任へ

そのあとは、寝たきりの方のベッドの横までお風呂を運んでお入れする、訪問入浴の仕事をしていました。アルバイトからはじめ、正社員、そして主任にまでなりましたが、将来のことを考え、父の会社に戻ることを決めました。

多額の負債からの再生、そして相続トラブル

雑用係から、負の遺産処理の担当へ

家業に戻ってからは、雑用や社長のかばん持ち、クレーム対応など、何でも屋のような形で働いていました。当時、会社は売上に対して多額の負債もある状態でした。私はその負の遺産処理を担当することになり、6年かけてその全てを返済しました。

負債返済は、実はそれほど苦しくなかった

「よく6年で負債返済できましたね」と驚かれることが多いのですが、正直なところ、返済している間はそれほど苦しくはなかったのです。負債返済という目標がはっきりしていたので、やるべきことが明確だったからだと思います。自分が望む未来を早く手に入れたいなら、早く返済すればいい。それだけの話で、目標に向かって努力すること自体は、つらいものではありませんでした。むしろ一番つらいのは、目標がないときだと思っています。実際、会社を経営するようになってから一度、「もう今のレベルで十分ではないか」と目標を見失いかけた時期があり、そのときは本気で会社が潰れると感じました。

完済目前で先代が急逝、86名から11名での再スタート

負債返済のめどが立ってきたタイミングで、先代の社長である父が急逝しました。私が代表取締役に就いたのは、そのあとのことです。就任後は、いわゆる相続争いが起き、86名いた社員から、会社に残ったのはわずか11名でした。そこからは、第二創業のような感覚で立て直しをおこなってきました。それまで86名でおこなっていた仕事を、11名でこなすところからのスタートです。会社経営をしながら、裁判の対応も進め、決着までにはおよそ4年かかりました。今は、そうした問題もなく、会社としては成長を続けている段階です。

ニッチな市場で「池の中の大きな魚」でいる

ビル1棟に数台の、小さな市場

弊社が手がける横引シャッターは、天井や床が開閉するような、いわゆる上下開閉タイプ以外の特殊シャッターです。一般的なビル1棟には上下シャッターが200台から300台ほど設置される一方、横引シャッターは同じビルでも数台程度しか使われません。それだけニッチな市場ということです。

ニッチだからこそ、トップシェアを取れる

市場そのものは小さいのですが、その中で弊社は約3割のシェアを持っており、トップシェアをいただいています。私はよく、海と池の話にたとえます。海で戦えば、私たちのような会社は稚魚(ちぎょ)のようなもので、クジラに食べられてしまいます。ですが、池の中であれば、クジラは入ってくることができません。小さな池の中で大きな存在の魚でいる、というイメージが、弊社の立ち位置に近いと思っています。

新製品の開発は、当たり前の日常業務

新製品の開発についても、常におこなっています。弊社は開発メーカーですので、新製品を出すことも、既存製品の改良を続けることも、いわば日常業務の一部です。これからお話しする30年の長期計画とはまた別の話で、当たり前のベースとしてずっと続けていくものだと考えています。

30年先を見据えた、3つのシーズンの経営計画

家康・秀忠・家光になぞらえた、10年ごとの計画

今後のビジョンについては、すでに30年の超長期計画を掲げています。4年前に策定し、今年で4年目に入りました。10年ごとに3つのシーズンに区切っており、今はその1つ目、シーズン1にあたります。

シーズン1のテーマは「秀忠の役割」

シーズン1のテーマは、徳川幕府の2代目将軍である徳川秀忠(とくがわひでただ)の役割になぞらえています。徳川家康(とくがわいえやす)が初代として天下を作ったとはいえ、まだ土台が定まっていない時期に、秀忠がその土台を整え、その上で3代目の徳川家光(とくがわいえみつ)が大きく羽ばたいていった、という流れです。私の代でおこなっているのは、まさにこの「土台づくり」にあたります。今はちょうど、工場の改修工事や、組織編成の見直しを全体的に進めているところです。社員には「今を生きるためにやっているのではない」と伝えています。今だけを考えるなら、改修も組織再編も必要ありません。これからの未来を生きるために、今、土台を作っているところです。

シーズン2は、3代目へバトンをつなぐ10年

シーズン2の10年間は、3代目が社会人になり、経営に携わりはじめる時期にあたります。テーマは「バトンをつなぐ」こと。経営を教えながら、10年かけてじっくりとバトンを渡していくつもりです。片手間でできることではないと考えているので、しっかりと時間をかけたいと思っています。距離感としては、過干渉になって細かいことまで口を出すのではなく、かといって放置するのでもなく、そばにいて、何かあったときにはいつでも相談に乗れる、そんな絶妙な立ち位置でいたいですね。

ちなみに3代目にあたる息子は、現在20歳で大学2年生です。彼が高校2年生のときから、事業承継はすでにはじまっています。本人もそのつもりで大学生活を送ってくれていますし、高校生の頃からそのつもりで教えてきました。

これから記事を読む学生へ伝えたいこと

5年後、10年後は必ずやってくる

これから就職活動をする学生の皆さんに伝えたいのは、5年後、10年後という未来は、必ずやってくるということです。それがどんな未来になるかは、まだわかりません。ただ、どんな未来にしたいかを考えていないというのは、何も考えていないのと同じだと思っています。

やりたいことより先に、入社してから見つかることのほうが多い

多くの学生は、「これがやりたいからこの会社に入る」というわけではないと思います。9割以上は、内定をもらった中から自分に合いそうな会社を選び、働いていく中でやりがいや働きがいを見つけていくものです。それが現実だと思いますし、それでよいと思います。ただ、そのなかで大切なのは、5年後、10年後にどんな働き方をしていたいか、どんなポジションにいたいかを、自分なりに考えることです。会社の先輩たちの働き方を見ているだけでは、他人が作った未来の中で生きることになってしまいます。

未来は、自分たちで作っていくもの

弊社の若手社員にも、いつも「未来は自分たちで作れ」と話しています。今の会社のルールや仕組みが嫌なら、新しいルールやシステムを自分たちで作っていけばいい。ただし、そのルールを変えることで生まれるメリットとデメリットをきちんと理解し、責任を持って作り上げていく必要があります。欲しい未来を先に描き、それに向かって努力する。それは、車が欲しいからお金を貯めたりローンを組んだりするのと同じで、自分が望む未来のための努力であれば、それほど苦しいものではないはずです。

編集後記

今回のインタビューを通して、市川さんの「目標がないほうがつらい」という言葉が、とても印象に残りました。目標が明確だったからこそ乗り越えられたというお話に、覚悟の持ち方を学ばせていただいたように思います。ニッチな市場で「池の中の大きな魚」であり続けるという発想も、大企業とは違う戦い方として、とても参考になりました。就職活動を進めるなかで、私自身も「5年後、10年後にどうありたいか」を、あらためて考えていきたいと思います。