インタビュー

人の下で働きたくない。その一心から始まった、ゆえん合同会社という選択

人の下で働きたくない。その一心から始まった、ゆえん合同会社という選択
PROFILE
ゆえん合同会社 代表者
古田まりこ

学生時代、結果が見えないことへのフラストレーション

スポーツ栄養士を目指して東京と大阪に通った日々

高校まではずっとスポーツをしていて、辞めたあとにスポーツに関わることがしたいと思い、大学ではスポーツ栄養学を選びました。当時、広島どころか日本全体にスポーツ栄養士という職業がまだ根付いていなくて、アメリカから入ってきたばかりの資格だったんですよね。実際に現場でそれを仕事にしている人に会おうと思うと、東京や大阪まで行くしかありませんでした。

新幹線と夜行バスを乗り継いで東京や大阪に通い、ワークショップを受けていました。そこでつながった東京のスポーツ栄養士さんとは、オリンピック選手のサポートをされている今も、よくしていただいています。

目に見える結果につながらないことへのもどかしさ

大学のゼミで、スポーツ栄養の実施ノウハウを学びたいという思いを先生が形にしてくれて、母校の高校で8ヶ月ほど選手のサポートをさせてもらう機会がありました。アンケートを取ると、選手の体調がよくなった気がするという声や、トレーニングの数値が上がったという結果が出るんです。しかし、それが勝敗に直結するかというと、あまり関係がないじゃないですか。そこにものすごくフラストレーションを感じてしまったんですよね。

私がサポートしたから勝てるようになった、とは言えない立場。人の下支えのようなポジションが、当時の私にはどうしても合わなかったんだと思います。だから、その道には進まないと決めて、お世話になった方たち一人ひとりに頭を下げて回りました。

就職から独立まで、「やりたい」を封印した数年間

一般企業への就職を決めた理由

芸能活動をやめたとき、それまでの私は「やりたい」で全部を決めてきた人間でした。スポーツも、スポーツ栄養士も、全部そう。ところが、やりたいで決めるタイプではいけないんじゃないかと思うようになって、一般企業に就職することにしたんです。私が得意なこと、周りから褒められることを考えたときに、コミュニケーション力の高さを挙げてもらい、営業に向いているんじゃないかと言われました。

扱う商材は、まったく興味がないものより多少でも身近なもののほうが勉強を楽しめると思い、建設業を営んでいた父の影響もあってインテリアやリノベーションに関心を持ちました。父と初めてまじめに話した会話がきっかけで、大手不動産にマンションリノベーションの提案営業として入社することになります。

出口を決めるためにM&Aの世界へ

大手不動産で一通り経験を積んだあと、経営コンサルティングに関わる仕事がしたいと考えるようになりました。会社を興すときには出口をどう決めるかが重要になるので、その部分を学んでおきたかったんです。M&A仲介会社ではM&Aの実務だけでなく、財務コンサルティングにも携わりました。その後のコンサルティング会社では戦略設計など、幅広く経験させてもらいましたが、これは「やりたかった」というより「学んでおきたかった」という感覚に近いです。

副業禁止の方針が、独立の背中を押した

20歳ごろから、いつかは自分で会社をやりたいという思いはうっすらとありました。実際に法人を立ち上げたのは、その思いを固めたタイミングというより、独立を後押しするような出来事が重なったからです。個別に3つ、4つと仕事の依頼をいただいていたころ、所属していたグループの全社員が副業禁止になりました。

それまで持っていた案件は業務委託に切り替えてもらい、自分の法人を立ち上げることにしたんです。方針が決まったのが10月末から11月頭で、法人登記は11月24日。年内はそれまでの会社に在籍し、年明けから独立するという、かなり急いだ立ち上げでした。立ち上げ自体はすぐにできますが、大きかったのはその決断だったと思います。もともと独立を考えていたぶん、心構えはできていたのかもしれません。

営業支援と採用支援、2本柱の事業

企業の売上と採用、両方の仕組みをつくる

弊社は大きく分けて、営業支援と採用支援の2つの事業を行っています。営業支援では、企業の売上の仕組み化を軸に、SNSを中心としたWeb集客の強化や、見込み顧客を開拓するインサイドセールス、営業のクロージング、その前提となる営業戦略の設計まで、コンサルティングと代行の両面で支援しています。

採用支援でも同じように戦略設計と、人事部の代行を行っています。加えて、広島に限定した取り組みとしてジョブガーデンという屋号で、地場で長く人材派遣を手がけてきた会社と共同で人材紹介事業を展開中です。今年度からは自治体との連携事業も始まり、広島の中小企業の雇用を盛り上げていく動きを進めています。

女性も男性も、当たり前に活躍できる土壌をつくりたい

弊社の企業理念には「女性も活躍する社会を創るNo.1企業になる」ことを掲げていますが、これは女性だけを特別視したいわけではありません。男性には男性の強みがあり、女性も同じように活躍できる土壌をつくりたいという思いです。

きっかけは大手不動産時代です。マンションリフォームの営業では、トップ10の7割から8割が女性という環境でした。それなのに、産休や育休に入ると営業という立場に戻ってこられない現実があったんです。30代前半の先輩たちが、結婚して子どもを産むか仕事を頑張るかで悩む姿を目の当たりにして、かなり違和感を覚えました。学生時代、試験の成績を男性か女性かで比較したことなんてなかったはずなのに、社会に出た途端によくわからないラベルを貼られる。それは企業にとっても損失なのではないかと感じたんです。

やる気があってどんどん働きたいという人が、ライフステージなどの制限のせいで力を発揮できないのは、本当にもったいないと思います。時短勤務や在宅ワークなど、会社側が体制を整えることでできるようになるなら、そこを一つずつ整えていきたい。今もチャレンジ中です。

経営の課題は、8割から9割が人の課題

創業してから大変だったことしかありません。営業寄りの仕事を中心にやってきたぶん、法人経理などのバックオフィスはまったくの未経験からのスタートでした。整えなければいけないことを覚えながら、同時に売上もつくっていかないと会社が回らない。その両立が一番大変でしたね。

人が入れ替わり立ち替わりしながら少しずつ地盤が厚くなってきましたが、経営の課題はその8割から9割が人の課題だと感じています。社内だけでなく、取引先など対外的なものも含めてです。最初のころは何が起きるたびに驚いていましたが、現在では「何かが起きるのが当たり前」という感覚で日々を過ごせるようになりました。

弊社で活躍しているのは、頑張りすぎるくらい頑張る人が多いです。他社の経営課題を解決するという責任のある仕事だからこそ、自分本位ではなく、他責思考でもない人かどうかを採用の際には見ています。あとは向上心があって、勉強するのが好きな人。過去に努力してきたことを聞くと、自然とわかるものですね。

広島から、全国へ

創業したのは東京ですが、広島に戻ってからは2年半ほど地盤を固めることに力を入れてきました。これからは広島にこだわらず、全国的に動いていきたいと考えています。組織の定着を促す新サービス「READY FIRST™」もリリースし、今は香川県と長野県での展開が具体的に進んでいるところです。広島県内の大手企業からも検討の声をいただいています。

営業支援や採用支援についても、これまで広島市が中心でしたが、まずは広島県全体、そして山口県や岡山県など近隣エリアへと範囲を広げていきたいです。まずは目の前の案件を一つずつ着実に決めていくことが、そのための直近のステップだと考えています。

学生へのメッセージ

なんでもできるから、失敗を恐れずチャレンジしてほしい

学生の皆さんには、なんでもできるからやりたいことにチャレンジしてほしいと伝えたいです。最近は失敗を怖がる学生さんが多いように感じます。

私自身、学生のときにスポーツ栄養に全力を注ぎましたが、結局その道には進みませんでした。見方を変えれば、あの時間は無駄だったと捉える人もいるかもしれません。ですが、やったからこそ私がどんなことにフラストレーションを感じるのかがわかったし、自分を知るきっかけになりました。得意な部分が浮き彫りになり極めていけるようになったし、そうでなければ出会えなかった人とのつながりもできた。今振り返ると、それは財産だと思っています。

一見うまくいかなかったように見えても、周りとのつながりも含めて、結局はよかったことだと思うんです。周りが何を言おうと関係なく、興味のあることにはどんどんチャレンジしてみてほしいなと思います。

編集後記

古田さんのお話を伺って、一つひとつの選択に「なんとなく」がないことに驚きました。学生時代のフラストレーションも、会社員時代の違和感も、すべてがまっすぐ次の行動につながっていて、その一貫した姿勢がとても印象的でした。女性も男性も当たり前に活躍できる土壌をつくりたいという言葉には、私自身も同じ学生として、そして将来働く一人として、勇気をもらいました。貴重なお話をありがとうございました。

 

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