大学時代、神戸で経験したこと
避難所で感じた無力感
私は神戸大学に通っていて、大学時代を神戸で過ごし、阪神・淡路大震災を経験しました。当時、私は激震地だった神戸市六甲に下宿していて、幸い私自身も友人たちもみんな無事でしたが、まわりは大変な状況でした。
避難所には人があふれていて、日を追うごとに、みなさん肉体的にも精神的にも限界が近づいているように見えました。ただの学生で何の力もなかった私ですが、何か自分にできることはないだろうか?と考え続けました。
歌手の泉谷しげるさんに電話をかけた
そこで思いついたのが、チャリティーライブでした。熱心にボランティア活動をしておられた歌手の泉谷しげるさんに、電話をかけて神戸でライブをしてほしいとお願いしてみたんです。なぜそんなことを思いついたのか、自分でもよくわかりません。無我夢中でした。
すると、泉谷しげるさん本人が電話に出て、二つ返事で引き受けてくれました。神戸大学の六甲台キャンパスで、ギター一本の弾き語りのようなライブをすることになったんです。電気も来ていないくらいの状況だったので、音響も照明もほとんど何もない中でした。
ライブをすると決めたからには、お客さんを集めなければと思い、避難所に案内をしに行ったり、ポスターを貼りに行ったりしました。だんだん「本当にこんなことをやっていていいんだろうか」と不安な気持ちにもなりました。でも、当日を準備のために早めに会場に入ったときに目にした光景を私は忘れられません。、会場は山の中腹にあったにもかかわらず、海側の避難所から人がたくさん、ライブを目指してやってきてくれたんです。
みなさんの顔がニコニコしていて、楽しみにしてくれているんだとわかった瞬間、やってよかったと心から思いました。泉谷しげるさんの力もあって、ライブはすごく盛り上がりました。みなさんが発散しておられました。住むところもない方が大半で、ライブが終わればまだ大変な状況は変わらないんですが、ほんのひと時だけでも元気を出していただけました。
今考えると、このことは、現在、私が展示会支援の仕事をしていることと関係があると感じます。ライブと展示会は違うものですが、似ているところもあって、リアルな空間に人が集まり、人と人が出会いながら何かをやっていくことのパワーを、最初に原体験として感じたのがこのときでした。この経験が、今の仕事につながっているのだと思います。
展示会という営業手法との出会い
どぶ板営業のつらさ
もともと私は営業マンで、ケーブルテレビを売っていました。今から30年ほど前ですから、飛び込み営業でピンポンと呼び鈴を鳴らして、「ケーブルテレビはいかがですか」と回るようなド営業です。こちらから出向いて売るのは本当に大変で、何かいい方法はないかと思っていました。
そんな中、たまたま展示会に出ることになりました。自分から出たわけではなく、出させられたんです。当時勤めていた大阪のケーブルテレビ会社は、株主に大阪市が入っていて、地上デジタル放送が始まるにあたり、そのシンポジウムのようなイベントにブースを出せという指令が来たんですよね。誰もやりたがらなかったので、私が一人で準備してやることになりました。
会場には、さまざまな会社がブースを出展していました。私は何をすればいいのかもわからず、とりあえず社内にあった長机を会場へ運び、白い布をかけて大きなテレビを設置しました。そして、「ケーブルテレビなら地上デジタル放送をこのように視聴できます」と、来場者にひたすら説明を続けていました。イベントだったので売り込みは一切せず、ただ説明するだけ。それでも、1日だけのイベントで約300人の来場者に対応したと思います。
「教える」営業への気づき
すると、次の日から状況がまったく変わったんです。「清永君からケーブルテレビを買いたい」「ケーブルインターネットがほしい」という電話が鳴りやまなくなったんです。そこで気づいたのが、人は売り込まれるのは大嫌いで、でも教えてもらうのは好きだということでした。ただ、営業に行って「売り込みじゃないですよ、教えますよ」と言ってもなかなか伝わりません。自然と教える、教わるという関係ができる方法を考えたときに、イベントに出展してブースを構えて話をするというやり方が、非常に効果的だと気づいたんです。これが私の展示会営業の原点で、そこからそういうやり方に切り替えていきました。
自分から売りに行くのではなく、いろいろな人が集まるところにブースを出してお教えしながら買っていただく。地域の盆踊り大会や夏祭りで、当時は動画を撮る手段がなかなかなかったので、ケーブルテレビの会社としてカメラを出して盆踊りの様子を撮影し、その場でテレビに流す。おばあちゃんやおじいちゃんが「これ、うちの孫が映っている」と喜んで、「これ、ケーブルテレビに入ったら見られますよ」と伝えると売れていく。そんなやり方をしていたら、めちゃくちゃ売れるようになりました。同じようなことをしている人が誰もいなかったので、全国のケーブルテレビ会社で話題にしてもらったりもして、このやり方はかなり有効だなと気づいたんですよね。
ちょうどそのころ、中小企業診断士という資格を取得したこともあり、このやり方、今の展示会営業®ノウハウの源流ですね、これをいろいろな企業の営業活動に取り入れてもらえるのではないかと思い、コンサルティング会社に転職しました。そこから、コンサル会社の一員として、いろいろな会社の展示会出展のお手伝いをする仕事を8年ほど続け、そして独立しました。
コロナ禍という試練
展示会がすべて止まった
弊社はひとり企業ですが、一人でやること自体は、そこまで大変ではありませんでした。もともとコンサルタントは一人で動く仕事ですし、経営者と話をするうえで、自分自身も経営者であるほうがやりやすいからです。展示ブースの設営をお願いしている先、Webサイトをお願いしている先など、外部に仲間もいますので、その意味でも大変ではありませんでした。
ただ、大変だったのはコロナです。展示会がすべて止まってしまいました。展示会が行われないと私の仕事はなくなってしまいます。まさかこんなことになるとは思っていませんでした。2020年の3月から7月ごろまで、展示会が一つもない状態が続き、これは本当に大変でした。
ただ、そのとき、私自身よりも、お客さまの方がもっと大変な状況でした。「展示会がなくなって、一体どうやってうちは営業していけばいいんですか」と、多くのクライアントさんから言われて、ハッとしました。自分が困っている場合ではないと気づいたのです。そこで、オンラインでどうお客さまを開拓していくか、中小企業でもほとんど負担なくオンライン展示会を自社で開催していくにはどうすればいいか、というノウハウを一生懸命創っていきました。このノウハウ構築を、2020年から2022年ごろまでほぼ続けていました。もちろん、その間も展示会に出展する企業さんはいらっしゃったので、そういったお手伝いも並行して続けていました。
展示会営業という独自性
「展示会部」という部署はない
展示会出展の専門コンサルティングは、他にやっているところがなく、これが独自性になっていると思います。展示会の出展をメインのミッションとしている人は、企業の中にほぼ存在しません。営業部、マーケティング部、製造部、設計・開発部はあっても、「展示会部」という部署はないんです。
つまり、みんな他の本業を抱えながら、ある意味、片手間で展示会に取り組んでいます。展示会をがんばったからといって給料が上がるわけでもなく、人事評価にもつながりにくい。だから、ふわっとしてしまう側面があります。コロナを経て展示会もビジネスの重要な要素として見直されてきていますが、そういう背景があるため、ノウハウが世の中に蓄積されにくいのだと思います。そこに私の出番があります。
中小企業は人手も予算も限られているため、展示会に出展するだけでも大きな負担になります。だからこそ、戦略を持って取り組まなければ、「出ただけ」で終わり、負担だけが残ってしまいかねません。営業部門の人数がそれほど多くない中小企業が新しくお客さまを開拓しようと思うと、とくにBtoBでは展示会以外に方法がなかなかありません。そこをしっかりサポートすることには、非常に多くのニーズがある。独立して展示会専門コンサルタントを専業にして10年以上経ちますが、続けていくことでノウハウが蓄積されていく。そこが強みだと思っています。
AI時代に高まる「生の情報」の価値
最近、弊社で、展示会白書を編纂し、発行しました。出展者や来場者にいろいろと調査をして9万文字にまとめたものです。AIがどんどん進化し、ディープリサーチ機能を使えば大量の情報がすぐに手に入る時代に、「わざわざ展示会に時間を使って行く必要があるのか」という意見もあるので、実際のところみんながどう考えているのかを調べてみました。
その結果、おもしろいことがわかりました。AIになって情報がたくさん手に入れば入るほど、それだけでは判断できなくなるということです。企業の購買においても、「AIで比較表を作りました。その結果、この商品が良いので買います」と言っても、,000万円の決裁は回わりません。だからこそ、展示会の重要性はむしろ高まっているんです。AIやオンラインでパソコンやスマホの画面で情報が取りやすくなればなるほど、相対的に五感を使って確認する生の情報の価値が上がる。これが展示会白書の調査からわかったことです。
もちろん、展示会の役割は少しずつ変わっています。昔は、今ではAIで簡単に出力できるような「一覧性を持ってざっと見たい」という意向もあったのですが、今はもう少し深いところまで知りたいというニーズに変わってきています。それは出展者側にも求められることで、「これはパソコンの画面でも見られるね」と思われてしまうと、来場者の興味を引くことはできません。展示会場に来たからこそ得ることができる情報や体験を提供するわざわざ来ていただく価値をつくる。それができないと、展示会としての価値は高まっていきません。そこのお手伝いをすることも、私のミッションだと思っています。
これからのビジョン
今後このノウハウをたくさんの人に広めていきたいと思っています。他に誰もやっていない分、もったいない出展がとても多いので、それをなくしていきたいんです。今、展示会場を見渡すと、感覚として8割くらいがもったいない状態です。よく考えておられるなぁ、すばらしいなぁというブースは2割ほどしかありません。これを逆転させたいと思っています。
出展者のブースの内容がよいということは、来場者にいい体験を提供できるということですから、来場者にとってもいいことです。来場者にとっていいということは、いい出会いが生まれて、経済がよくなり、世界がよくなる。展示会を起点に、それが実際に起こり得ると思っていて、そういう世界を作りたいと思っています。
学生へのメッセージ
何が役に立つかなんて、はじめからわかるものではありません。だから、何事も一生懸命やることだと思います。成功しようが失敗しようが、それはどちらでもいい。一生懸命やって失敗したことなら、それは価値のある失敗です。それがあとになって何につながってくるかは、あとになってみないとわからない話なので、無理に自分の行動に整合性を取ろうとしなくていいと思います。
「勝ち馬に乗りたい」という気持ちもあると思いますが、だいたいそういうのはうまくいきません。今、勝ち馬に乗ろうとしている人たちが集まっている会社は、10年後にはダメになっていることが多いからです。だからあまり、先のことを考えすぎずに、やりたいことを一生懸命やったほうがいいのではないかと思います。
これからは働き方も、求められる能力も、大きく変わっていくと思います。AIがいろいろなことをやってくれるようになる中で、自分がどうするかを考えるのは大切なことです。AIに聞けば、マクロ的、俯瞰的、客観的な最適解がだいたい出てきます。でも、みんながそれをやったら、全員が同じような答えにたどり着いて、差がつかなくなってしまいますよね。AIが出した答えを踏まえたうえで、自分はあえて逆を行く。逆を行くことだけが正解というわけではありませんが、自分の興味や関心、好みがこちらにあるからこちらに行く、という主観的な判断があっていいと思うんです。一般的な最大公約数の中で勝負していくのも一つのやり方ですが、そこから外れて自分の場所で勝負していくというのも、ありです。自分の興味とマッチングするところを見つけていく。それはビジネスのポジションの取り方も、まったく同じだと思います。
編集後記
今回、株式会社展示会営業マーケティングの清永健一様にお話をお伺いしました。阪神・淡路大震災を経験する中で自分にできることを探した学生時代のエピソードから、展示会というニッチなテーマを軸に独自のノウハウを積み上げてこられた経緯まで、一貫して「人と人が出会う場」への熱い思いを感じるインタビューでした。AIが普及するほど生の情報の価値が高まるというお話は、私自身、進路を考えるうえでもとても示唆に富んでいると感じます。貴重なお時間をいただき、ありがとうございました。