町医者に憧れて、医学部へ
私自身、小学校の頃から体があまり強くなくて、よく病院にかかっていました。小さな町でしたが、一軒だけお医者様のクリニックがあって、ほとんど毎回そこに通院していたんですよね。そこの先生がとても尊敬できる先生で、自分もこういう医者になりたいなと思うようになりました。
工学部から医学部への転身
とはいえ、いざ大学受験の時期になると、成績に応じて志望校を選ぶ、ごく一般的な受験をしました。工学部の機械系に合格して入学したものの、次第に「この道は自分が本当に進みたい道ではない」という思いが強くなっていきました。そして、小さい頃から抱いていた「医者になりたい」という夢をもう一度追いかけたいと考えるようになったんです。そこで大学を再受験し、医学部に進学しました。
大学に入学して二、三カ月ほどで進路を変える決意をしたため、その後は授業にもほとんど出席しませんでした。休学という形を取り、下宿先で受験勉強に打ち込み、翌年の春に再受験して医学部に合格しました。
アルバイトに明け暮れた日々
医学部に入ってからは実家を離れて下宿生活を送っていました。両親が生活費を支援してくれていましたが、あまり迷惑をかけたくないという思いもあり、アルバイトに精を出していましたね。同じ下宿先に医学部ではない先輩がいて、その紹介で夜間の掃除のアルバイトを始めました。夜のレストランや大きなデパートでワックスがけをする仕事です。
22時くらいから24時くらいまで働いて、宿に戻ってからはみんなでお茶漬けを夜食にして、2時ごろまで語り合う。そんな日々は、とても充実していて楽しかったですね。その時に身につけた窓拭きやワックスがけの技術は、今でもやろうと思えばいつでもできますよ。
この掃除のアルバイトには、今も忘れられない失敗談があります。あるレストランでのことでした。夜10時から掃除開始という約束通り、お客さんがまだ食事をしていることなど考えもせず、掃除を始めてしまったんです。すると、店の社長から激しく叱責されました。「お客様がまだ食事をされているのに、何をしているんだ!」と。
「商売とは何か」についてコンコンと説教されましたが、怒られた直後、「まずはこれを食べてから掃除しなさい」と、店のカレーを食べさせてくれたんです。とても繁盛しているレストランだったので、こういう社長さんの人柄だからこそ人が集まるのだと、当時の感動は今も鮮明に心に残っています。
ゼロから積み上げた病院づくり
開業したいとか、独立してやっていきたいという思いは、学生時代は特になかったんですよね。今も病院の院長という立場ですが、開業というよりは勤務医の延長で、病院という組織の中で研究もできるような、そういう道をずっと歩んできました。
データに基づく現場づくり
病院の中で、しっかりとデータに基づくマネジメントを行う部門を自分で立ち上げました。当時はそういう取り組みが全国の病院でも少しずつ出始めた時代です。事務スタッフもとてもやる気になってくれて、専門誌の取材を受けたり、記事を担当したりするスタッフも出てきました。みんなやりがいを持ってやってくれていたと思います。
気づけば大きくなっていた
病院の規模を最初から大きくしようという思いは、正直あまり持っていませんでした。患者さんが多くなり、病院の規模を大きくせざるを得なくて、ニーズに応じてどんどん大きくしていった結果が今の姿です。大きな改革をしていく中では、スタッフの理解がとても重要で、誰に、どの順番で話をして賛同を得ていくかというところは、失敗をしながら学んでいきました。
自利利他という原点
当院の理念の根っこにあるのが「自利利他」という仏法に説かれている精神です。これは病院発足の当時からずっと掲げてきたもので、三十数年ぶれずにやってきました。今では医療業界に限らず、一般の企業でも大切にされる考え方になっていますよね。稲盛和夫さんのような有名な実業家の方も、非常に強調されていました。企業に限らず、個人や組織が成長していくうえで欠かせない、基本的な真理に近い精神だと思います。
優しさは自然に生まれる
患者さんからよくいただく言葉として、うちの病院のスタッフは優しいという声があります。優しさと親切、これがキーワードだと思っています。これは誰かに「優しくしなさい」と言われて生まれるものではなく、自然と生まれてくるものなんですよね。
自利利他とは、相手を幸せにしようという精神です。自分自身が目の前の方をどうすれば幸せにできるかを、自分の仕事を通して実現しようとする。それが徹底していくと、一人ひとりが「上に言われたから行動する」のではなく、基本理念さえしっかり理解できていれば、あとは現場に任せられます。だからこそ、現場の力はとても強いと感じますね。
今は忙しい現場が多くて、余裕がなくなってくると、その分自分の心の余裕を失わないような工夫や体調管理も必要ですし、職員同士のチームプレイもとても重要だと思っています。
キャリアは後からついてくる
大学生の皆さんに向けてお伝えしたいのは、まさにこの自利利他の精神と通じるところがあります。自分のキャリアをどう積んでいくかに気持ちが向きがちなんですけど、それより優先されるのは、自分がいかに人のため、世のために何ができるかということです。世の中の幸せのために、自分以外の人のために何ができるかに意識を向けていくと、いろんな道が開けていって、そこからやりがいが出てきます。
先日、私がすごいなと思ったことがありました。病院の窓ガラスに、近くの高校の美術部の生徒さんがクレヨンでアートワークを描いてくれる企画を年に一回やっているんですけど、そのクレヨンはガラスに書いても綺麗に描けて拭き取りやすい、とてもいいクレヨンだったんです。目をつけた職員がクレヨンの会社の社長さんにメールを送ったところ、丁寧な返信をいただきました。そのクレヨンは、知的障害のある方たちと一緒にものづくりをしている会社が手がけているもので、「クレヨンを通して人を幸せにしたい」という思いが綴られていたんですよね。
チョークやクレヨンを作るという仕事の意味なんて、普通は深く考えませんよね。より綺麗な色になればいいという発想で終わってしまいがちです。でも実はそんな浅いものではなくて、障害のある方でもできる仕事であり、かつ世の中の人を幸せにするという意味があったんです。人の幸せというキーワードで、いろんなところがつながっていく。医療に限らず、すべての仕事には人を幸せにするという意味が必ずあるはずなんですよね。
そこまで掘り下げて、自分は何が向いているかを考えながら人の幸せを追求していく中で、必要なスキルや経験、学びは後から自然についてくるんだろうと私は思っています。キャリアを先に積んでいこうではなく、人のため、人の幸せのために自分はこの道で人生を使っていこうと、そこを追求していけば、キャリアは自然についてくると思いますね。
物語に耳をかたむける
会員登録者数は20万人を超えています。地元の方々にここまで愛していただいている理由の一つは、先ほどお伝えした優しさと親切だと思うんですけど、高齢の方が求めるものは体の健康だけではないんですよね。
長く生きてこられた方は、自分の人生に意味があったんだろうかというところに一番心を寄せられる方が多いです。医療の中には「ナラティブ・メディスン」という考え方があります。ナラティブとは物語という意味で、一人ひとりの方には人生の物語があって、そこに気づいて差し上げると、患者さん自身も自分の生きてきた道に意味を見つけることができるんですよね。
自動車の整備士を一筋にやってこられて、認知症になられた方がいらっしゃいました。夜になるとベッドの下に潜り込んでゴソゴソされるので、何をしているんですかと聞いたら、車を直しているんだと。自動車の整備士として一生歩んでこられた、その人生が戻ってくるんです。そこで「もしかしたら私の車も直してもらったかもしれませんね」「一生懸命直してくださったので、みんな安心して運転できました」と伝えて差し上げる。何十年も自動車一筋で生きてきても、そういうかたちで感謝を述べられた経験は、ほとんどない方が多いんですよね。
人生の終わりに近づいた時に、その方が一生捧げてこられた仕事の素晴らしさを一緒に振り返る。それも医療の現場では絶対に必要なことだと思います。薬で忘れさせるのではなく、そうすることで落ち着かれる方は多いんです。
病気を治すから、幸せにするへ
病院の物理的な大きさは、今くらいが最大規模で十分だと思っています。人口も減っていきますし、むしろ自利利他の精神で医療を実践する、そういう医療をともに行う仲間を、日本にとどまらず世界に広げていきたいと思っています。
これまでの医療は、病気を治せばそれで良しとされてきました。それが2000年、3000年以上続いてきた結果として、今は超高齢社会や認知症といった課題が増えています。これは、いわば医療自身が生んでしまった矛盾とも言えるんですよね。病気を治すことが医療のゴールではなくて、人を幸せにすることが医療のゴールだと考えれば、超高齢社会になっても、認知症の方がどれだけ増えても、それ自体は問題ではありません。高齢者が増えたことを悪い現象のように捉える向きもありますが、みんなが幸せであればとてもハッピーなことです。人を幸せにするというところに医療も転換していかなければならない時期に来ていると感じます。
高齢の方を幸せにして差し上げるのは、簡単なことではありません。若い方の場合は病気を治しさえすれば幸せになれますが、高齢の方を幸せにするのは少しレベルの高いことです。ただ、その分すごくやりがいがあります。自分のスキルや知識、キャリアが大いに生かされる場所でもあるので、これからこの道に進む方にとって、とてもやりがいのある分野だと思いますね。
編集後記
取材を通して印象に残ったのは、キャリアを先に考えるのではなく「人の幸せのために何ができるか」を起点にするという真鍋院長のお話でした。就職活動を目前に、つい自分の市場価値ばかり気にしてしまう私にとって、順番が逆かもしれないと気づかされる時間になりました。自利利他という言葉の重みを、社会に出る前に知ることができてよかったです。