週刊誌編集者からWebへ
紙への未練
最初は週刊誌の編集をしていたんですよね。紙の雑誌を作ることが本当に楽しくて、自分の生きがいのように感じていました。そんな中で、その雑誌のWeb・スマホ・携帯担当を任されたことがきっかけで、Webの世界に足を踏み入れることになりました。正直に言うと、最初はあまり乗り気ではありませんでした。当時は携帯やスマホのWebサービスが盛り上がっていたこともあって異動になったのですが、紙の展示活動などにも関わっていたので、「なんで自分が」と思いながらのスタートでした。でも、後から振り返ると、あれが自分にとって大きな転機だったんですよね。妻からも「生活レベルを落とす気なの?」と言われるくらい、紙の出版業界は厳しい状況になっていました。結果的には、そのタイミングでWebに関わったことが、その後のキャリアにつながっていきました。
独立後の転機
コロナ禍での学び直し
会社員として長く働いていましたが、もともとは独立や起業を考えていたわけではありませんでした。ただ、ふとしたきっかけで副業を始めたところ、少しずつ成果が出るようになって、「自分の経験は他の会社でも通用するかもしれない」と感じるようになりました。
そして、2019年11月に独立を決めました。
ところが、その翌月からコロナ禍が始まったんです。
移動がなくなったことで時間はできましたが、予定していた案件もなくなりました。そこで、改めて体系的に学び直そうと思い、ウェブ解析士の資格取得に取り組みました。デジタルマーケティングの世界は、会社によって使う言葉や考え方が違いますし、相談できる横のつながりもありませんでした。だからこそ、一度基礎から整理し直したかったんですよね。自分の中では、雑誌からWebへの異動、資格取得、そして書籍の出版。
この3つが大きなターニングポイントだったと思っています。
八戸での起業
地方との単価差
ウェブ解析士の資格取得や書籍出版をきっかけに、青森県内での仕事も増えていきました。専門学校で講師をしたり、講演をしたりする中で、八戸の方々と話す機会も増えていったんです。そこで強く感じたのが、東京と地方の単価の差でした。東京では、エンジニアの1か月あたりの単価は100万円から150万円ほどになることがあります。一方で、八戸で同じような仕事の単価を聞くと、40万円から50万円ほどでした。ガソリン代も電気代も車の維持費も大きく変わらないのに、地方では同じような仕事をしても、得られる金額に大きな差がある。企業が地方へ進出する理由の一つに、人件費の安さがあることも事実だと思います。
人口減少への危機感
高校3年生を対象にした市役所のアンケートでは、85%が「八戸から出たい」と回答したそうです。
若い人がいなくなれば、街は高齢化し、ビジネスも縮小してしまいます。だったら、自分が東京と同じ100万円、150万円の給与を払えなくても、80万円くらいを目指せる仕事を八戸に持ってこようと思いました。それが、去年6月に会社を作る決意をした理由です。
最終的には、地元の人が「ここで働きたい」と思えるような大きな会社にしたい。そして、その会社づくりを通じて、八戸や青森県の人口減少を少しでも食い止める力になれればと思っています。
地方での壁
検索だけでは届かない
東京では、「Web集客 東京」「デジタルマーケティング 東京」といった検索で自社サイトが上位表示される状態を作れていました。生成AIで調べても情報が拾われるような状態になっていたので、その成功体験を青森でも試してみたんです。
株式会社吉和の森八戸Web制作集客という社名にして、「八戸 Web制作」「八戸 Web集客」で検索したときに上位表示されるように取り組みました。結果として、本来なら半年から1年ほどかかるところを、3か月ほどで上位表示まで持っていくことができました。
でも、問い合わせはほとんど来なかったんですよね。
紹介が生む信頼
そこで感じたのは、Webから問い合わせをする文化自体が、まだ地方では十分に根づいていないということでした。検索して情報を見ることはあっても、最終的には紹介だったり、何度もコミュニケーションを重ねたうえで依頼するという流れが多いんです。
今でも「広報はちのへ」のような紙の広報物を市役所へ取りに行く文化が残っています。そこにWebを使ってお金を払うという考え方を広げていくのは、簡単ではないと実感しました。地元での仕事も、実家に帰って母と食事をしたり、地元の方とご飯に行ったりする中で生まれることが多いです。
結局、人とのつながりの積み重ねが一番大きな力になるんですよね。
資金繰りの危機
黒字倒産の恐怖
広告運用代行では、広告費を一度立て替えて、その後に手数料や月額コンサル料をいただく形を取っています。調子が良いときは扱う金額もどんどん大きくなっていくのですが、ある時、クレジットカードの締め日のズレによって、入金と支払いのタイミングが合わなくなりそうになりました。裁判所に行くような状況にはなりませんでしたが、「黒字倒産ってこういうことなんだ」と背筋が冷たくなる経験でした。会社の通帳残高を見て、一瞬「これって個人の口座じゃないよね?」と思うくらい少なくなっていた時期もありました。本当に焦りましたね。
未来への想い
経験が道を作る
最終的には、地元の人が働きたいと思える会社を作りたいと思っています。
地元の人が働いて、給与という形で地域に還元していく。それによって人口減少を少しでも食い止めることが、自分にとって大きなミッションです。自分自身、学生時代から明確な目的があったわけではありませんでした。今の会社を立ち上げたのは49歳のときです。それまで郵便局、雑誌編集、Web会社、開発会社、不動産と、5つの仕事を経験してきました。
やりたいことは、ある日突然見つかるものだと思っています。
もちろん、最初から見えていればそれに越したことはありません。でも、なかなか見つからなくて当然だと思うんです。大切なのは、それまでにどれだけ経験を積み重ねられるかです。一つのことだけを経験してきた人と、複数の経験をしてきた人では、物事を見る視点が大きく変わります。だからこそ、チャンスがあれば、ぜひいろいろな経験をしてほしいと思っています。
編集後記
今回のインタビューを通して、東京と地方の「当たり前」がこれほど違うことに驚きました。単価の差や、Webから問い合わせをする文化の有無など、東京にいるだけでは気づけない視点をたくさんいただきました。森さんの、地元への強い思いと、失敗も含めて率直に語ってくださる姿勢がとても印象的でした。貴重なお話をありがとうございました。