就職活動、選んだのは「裁量」だった
バブルが終わる時代に
ちょうどバブル経済が終わる時期に就職活動をしていました。大企業に入ることが正解、という空気が強い時代でしたが、私が就職先を選ぶ時に重視したのは会社の規模ではありませんでした。「どれだけ自分で動けるか」という裁量権と、編集・出版に関わる仕事かどうか——その二点でした。
入社当初は営業として、お客様の案件を個別に担当していました。当時はそれほど組織が細かく分かれておらず、一人がいろんなことをやりながら、会社の成長とともに役割分担が整備されていく、そういう時代でしたね。
なぜ、この会社だったのか
終身雇用の文化が色濃く残っていた時代です。転職が当たり前ではない中で、就職先を決める基準は「仕事の中身」と「一緒に働く仲間」でした。大きな組織の歯車になるよりも、自分の手で仕事をつくっていきたい。そういう気持ちが、この会社を選ばせたんだと思います。
「IR」という未知の領域へ
日本企業が変わり始めた
入社後しばらくして、日本企業が直接金融へとシフトしていく流れが加速してきました。投資家向けに会社の情報を発信する「IR(インベスター・リレーションズ)」という概念が、日本でも本格的に普及し始めた時期です。
そのIR支援事業の立ち上げプロジェクトに参画することになりました。それまでの企業広報は主に商品やサービスの情報発信でしたが、IRはまったく違いました。「この会社はなぜ存在するのか、どこへ向かうのか」を、投資家や資本市場に向けて伝える仕事です。
伝える相手も、メッセージの性質も、求められる論理構成も、何もかもが違う。そのギャップを乗り越えながら、試行錯誤で事業の基礎をつくっていきました。
「環境報告書」との出会い
誰も知らない言葉から始まった
IR支援と並行して取り組んでいたのが、環境・CSR報告の支援でした。1990年代後半、初めて環境報告書の制作に携わった時、お客様に「なぜこれが必要であるか」を説明するところから始めていました。「環境報告書」という言葉自体を知っている人が、社会にほとんどいなかった時代です。
それが2000年代にCSR報告書になり、2010年代には統合報告書へと進化していく。財務情報と非財務情報を統合して「会社の価値創造ストーリー」を一冊にまとめる——その変遷を、ずっと現場の第一線で見てきました。
「統合報告」の時代を牽引する
2010年代、IRとCSRという二つの文脈が「統合報告」という形でひとつに融合していきます。そのタイミングで、現在の当社事業の柱となる商品・サービスの開発を牽引できたことには大きな意味があり、その開発は私のキャリアの中でも特に重要な仕事だったと思っています。
リーマンショックも、東日本大震災も、コロナ禍も経験してきました。そのたびに企業のコミュニケーションのあり方は問い直されてきました。どんな局面でも、「企業が社会に対して何をどう伝えるか」という問いは消えません。むしろ危機の時ほど、その重要性が増すことを身をもって学びました。
企業が評価される、三つの市場
資本市場・商品市場・労働市場
近年、企業は三つの市場で評価される必要性が高まっていると感じています。
一つ目は資本市場。資金調達のために、投資家に対して自社の価値をどう伝えるかというIRの領域です。
二つ目は商品市場。商品やサービスをどう選んでもらうか、特にBtoB企業のマーケティング支援がここに当たります。
そして三つ目が労働市場。採用PRはもちろん、すでに働いている社員に向けたインナープロモーションも含まれます。
かつては、それぞれが別々の部署で、別々の相手に向けて発信するものでした。しかし今は、投資家が採用サイトを見て、求職者が統合報告書を読む時代です。三つの市場で語られる企業像がバラバラでは、どこからも信頼されません。この三つを中心に、その他のステークホルダーも踏まえて包括的に支援していくことが、私たちの考える企業ブランディングです。
顧客数より、一社との深さ
だからこそ大切にしているのは、お客様の数を増やすよりも、一社に対してどれだけ幅広い支援ができるかという点です。統合報告書、サステナビリティ報告書、グローバルPR、採用PR。一社のお客様に対して提供できる「商材」を増やしていくことが、三つの市場を貫く一貫したメッセージにつながり、長期的な信頼を築いていくのだと考えています。
「視座」を育てる仕事
若い人に伝えたいこと
この仕事の面白さは、業界や企業規模を問わず、多様な企業と関わりながら、社会や世界の変化をいち早く捉えられることだと思っています。当社の採用活動で大切にしているのは、自律性や素直さ、そして自己実現への志があることです。スキルはもちろん大事ですが、それ以上に「視座」を上げていける人かどうか。
大学でのサステナビリティ教育にも携わっており、学生に伝えたいのは「社会課題を解決することがビジネスになる」という視点です。就職先を選ぶ時、規模ではなく「自分がその会社で何をできるか」で考えてほしいと思っています。
これからのコミュニケーションニーズ
大企業を中心に、企業が伝えなければならない情報はどんどん増えています。特に海外の従業員や投資家に向けたコミュニケーションは、多言語対応も含めてまだ追いついていない企業が多い。企業のコミュニケーションニーズは、これからさらに高まっていくと見ています。
編集後記
IR支援から始まり、環境報告、CSR、統合報告、サステナビリティ・コミュニケーションへ——平石さんのキャリアはそのまま、日本企業の「情報開示の歴史」と重なっています。「誰も知らない言葉から始めた」という環境報告書の話が印象的でした。社会が気づく前から、伝えることの意味を問い続けてきた人の言葉には、静かな重みがありました。