学生時代はダンスと物理学科の二足のわらじ
ストリートダンスに明け暮れていた大学時代
高校まではバスケットボールをしていたのですが、大学に入ってから何かやってみたいと思っていたところ、神戸に住んでいた兄からダンスサークルの存在を教えてもらい、そのままストリートダンスにのめり込みました。1年生のころはそれなりに単位も取れていたのですが、ダンスの練習は夜中が中心になるので、2年生になるころには半期でわずかな単位しか取れなくなって、さすがにまずいなと思うくらいには夢中になっていました。
祖父の縁で決まった、初めての海外
そんな2年生のときに祖父が他界し、祖父の親戚にあたる経営者の方といろいろな話をする機会がありました。すると半年後くらいのタイミングで「海外に留学するならお金を出すよ」と声をかけていただいて、それをきっかけに留学を決意しました。それまで海外旅行すら行ったことがなかったので、初めての海外がイギリスの大学院という感じです。イギリスではビジネススクールに通って、日本の経営学部で学ぶような内容を2年間で学びました。振り返ると、この経験があったことでキャリアのスタート地点は良くなったと思っています。
学生時代は、ダンスをやりながらも本当はビジネスや経営が好きだったのに物理学科にいたり、留学のために英語を勉強したり、やらなければいけないこととやりたいことの間で揺れ動いていました。今思えば、そのモヤモヤも含めて自分らしい学生時代だったと感じています。
コンサルティング業界での修業時代
新卒で外資系大手総合コンサルティングファームに入社
新卒で入社したのは外資系大手総合コンサルティングファームでした。留学中、当時ちょうど「グローバル人材を採用しよう」というブームがあり、そこに乗る形で入社を決めました。コンサルティング業界には大学後半、留学に行く前から興味を持っていて、シンプルに「めちゃくちゃ働いて実力がつきそう」「響きがかっこいい」「給料もいい」という動機だったと思います。デロイトでは引き上げ上手な上司に恵まれたこともあり、3年ほどでシニアコンサルタントまで進むことができました。
自身の伸び代を実感した転職
それでもこのままではまずいと感じて転職を決めました。理由は、私のスキルとランクで求められることが一致していないと感じたことです。転職後も、新卒当時の最初の上司や、周囲にいたマッキンゼーやBCG、ドリームインキュベーター出身の方々と一緒に仕事をする中で、私は頭だけで勝負するスーパートップコンサルタントにはなれないと痛感しました。それまでのコンサルティングは「自分でいろいろ考えることに価値がある」というスタイルだと思っていたのですが、詳しい人の頭をきちんと借りながら価値を出すという働き方を知れたことが、大きな学びでした。
子どもの誕生で覚悟した働き方の見直し
次の転職はちょうど子どもが生まれたタイミングでした。朝7時、8時から翌日の朝4時ごろまで働くような日々が続いていて、これはまずいと思い転職を決意しました。転職先は新卒時代の最初の上司に誘われた会社です。コンサルティングだけでなく事業会社の立場も経験しておいたほうが視野が広がると考え、その会社に加わりました。その上司とは今も一緒に仕事をしていて、本当にありがたい関係が続いています。
仙台移住をきっかけに独立を決意
その後、独立して会社をつくるきっかけになったのは、妻の地元である仙台に移り住む必要が出てきたことでした。いずれは起業したいという思いがあったので、どのタイミングであっても会社を辞めて自分でやろうと考えていたのですが、仙台への移住が背中を押してくれた形です。ここまでのキャリアを振り返ると、大規模なコンサルティングと事業会社の現場、両方の経験を積めていたと思っています。
事業内容と強み
中堅・中小企業のDXと事業開発を支援
現在はコンサルティング事業として、事業開発とDX、AI活用による生産性支援を大きな柱にしています。お客さまは年商数十億円から数百億円後半億円ほどの中堅・中小企業が中心です。コンサルティングとしては製造業や建設業、スポーツの領域に関わっていて、観光や宿泊の領域は今まさに開拓を進めているところです。
経営と現場、両方がわかることが強み
私の強みを一言で言うのは難しいのですが、一緒に仕事をしている仲間と最適な体制を組めることがまず一つあります。加えて、コンサルティングという属人的な仕事の中で、中期経営計画や事業再生プランを描くような戦略側の経験と、事業会社で実際に人を動かして実装するような泥臭い経験の両方を積んできました。加えて、ノーコードツールレベルではありますが基礎的なデータの取り扱いや仕組みも事業目線で勝たれることも重なり、経営の視点を持ちながら現場の支援もできることが、自分らしい特徴だと思っています。
独立してからの難しさ
自分が止まれば会社も止まってしまう
会社を立ち上げてから一番大変なのは、まだ体制がそれほど大きくないため、私が止まると事業全体が止まってしまうリスクが高いことです。特に緊急度の高いタイミングでその課題を痛感します。だからこそ採用にも力を入れていて、8月にも新しく1人加わってもらう予定です。しかしながら、大企業をつくりたいというよりは、手の届く範囲の規模で、コンサルティング事業自体は少人数で回せれば十分だと考えていて、そのぶん新しい事業、たとえば宿泊施設の運営なども将来的にやっていきたいと思っています。
初めて向き合う、リード獲得という壁
もう一つ大変なのは売上をつくる部分です。これまで大きな会社の看板のもとで働いてきたので、商談自体は問題なくできるのですが、その手前にあるリードをつくってアポイントを取るという部分は、これまで真剣に向き合ってこなかった領域なので、今初めて本気で取り組んでいるところです。
採用は「一緒に海外旅行に行けるかどうか」
働いてくれる人を探すときの基準はかなり明確で、二人で飲みに行けるか、二人で泊まりの海外旅行に行けるかというところを大事にしています。もちろんビジネススキルや成長意欲、頑張り屋であることは前提として大事なのですが、一番のポイントは人として合うかどうかです。8月に加わってもらう方も、そういう相性の部分が決め手になりました。オフィスを持たずにフルリモートで運営しているのも、オフィスにコストをかけるよりメンバーに還元したいという考え方からきています。
「地方に人がとどまる理由」をつくりたい
今後のビジョンとしては、地方にいる会社だからこそ、人がその土地にとどまる理由の一つになりたいと思っています。たとえば宮城県の中にある会社が、東京に行かなくても東京と同じような仕事や給与水準を得られれば、それはとどまる理由の一つになるかもしれません。宮城にこだわっているわけではなく、京都でも同じような形をつくりたいと考えていて、自分たちの施設や事業があることで、その土地ならではの経験ができたり、いつかは地元に戻りたいという気持ちに応えられたりする、そんな地域が増えるといいなと思っています。そのために、大きな企業のコンサルティングだけでなく、地域の中で強みを持つ会社やこれから成長したい会社を支援して、そこで働く人たちがハッピーになる状態を目指しています。
いずれは京都にも拠点をつくりたいと考えています。コンサルティング事業をある程度成長させられたら、本当にやりたいのは宿泊事業やスポーツに関わる事業をつくることです。宿泊事業は観光資源が豊富な関西のほうが向いていると思うので、京都あたりで動かしたいと考えています。動き出しの目安としては、今年度から少しずつ動き出していきますが、今からあと1-2年ほどでコンサルティング事業を形にし、その後は新しい事業にどんどんフォーカスしていきたいと思っています。
就活生へのメッセージ
新卒というチケットをどこで使うかは、キャリアにおける最初の大きな意思決定だと思っています。ベンチャーであればインターンなどを通じて幅広い経験ができますが、個人的には最初は少し大きめな会社に行っておいたほうがいいのではないかと考えています。新卒のほうが入りやすいですし、その後のキャリアにおいて看板が一つあるかどうかは大きな違いを生みます。もちろん実力をつけたいならベンチャーが向いている面もありますが、独立してからも大きな企業と取引をする感覚は、大規模な組織にいた経験があるからこそ持てるものだと感じています。独立してしまえば自分自身が超零細のベンチャーのようなものなので、その経験はいつでもできると思っています。
もう一つ伝えたいのは、社会人に求められるスキルは数年単位で大きく変わっていくということです。現在は新卒の仕事の多くがAIでできると言われる時代になってきました。そういう時代だからこそ本当に価値があるのは、たとえば工事現場でアルバイトをした経験や、工場で荷積みをした経験のような、解像度の高い実体験だと思っています。就活の早い段階からインターンに取り組む人が増えていますが、一見意味がなさそうに見えることに時間を使うことが、実は大きな意味を持つこともたくさんあります。効率主義になりすぎず、旅行も含めていろいろな場所や経験を知っておいたほうが、その後の仕事の幅も広がっていくはずです。
編集後記
今回は、学生時代はダンスに明け暮れながらも、留学や大手コンサルティングファームでの経験を経て独立された佐金さんにお話を伺いました。印象的だったのは「地方に人がとどまる理由をつくりたい」という言葉です。効率だけを求めず、実体験を積む時間を大切にしてほしいというメッセージは、これから進路を考える私たち学生にとっても、大きなヒントになると感じました。