インタビュー

ワインショップのバイトから見えた、宗教という「誰も知らない市場」

ワインショップのバイトから見えた、宗教という「誰も知らない市場」
PROFILE
Kosher Foods Japan株式会社 代表取締役
五十嵐優樹

東京駅のワインショップで、社会人と机を並べた学生時代

大学より新幹線通学とバイト先を優先していた

大学3年生までは自宅から新幹線で通う生活をしていて、その通学途中に東京駅があったので、ほとんど大学には行かず、東京駅にあったワインショップでアルバイトをしていました。上の世代の方たちと交流を深めることに時間を使っていて、大学はあくまで卒業して単位が取れればいい、というくらいの学生時代でした。

そのワインショップは、大手鉄道会社が運営しているお店でした。私以外は全員年上だったので、今でもそのころ知り合った方たちと交流が続いていますし、そこから卒業してサントリーのような飲料メーカーに進んだ方たちとのつながりも残っています。ワインの作り手がどのように商品を作り、どうブランディングされていくのかを、現場で学べたことが大きかったです。食への興味は、このころから芽生えていたのだと思います。

タイの奥地で、植物の呼吸を測っていた

さすがに卒論の時期は通えないので、大学4年の途中から通っていた大学の近くに家を借りました。研究テーマは国内にはあまり興味がなく、海外を選びました。当時、京都議定書が締結されて、国と国のあいだでCO2の排出権のやり取りができるようになった、その走りの時期です。今でいうカーボンオフセットの研究として、タイの、日本という国すら知らないような奥地で植物の呼吸を測る調査をしていました。振り返ると、漠然と海外で働きたいという気持ちだけがあった学生時代でした。

農林水産省からイスラエル、パレスチナへ

食料自給率と向き合う日々

大学卒業後は農林水産省に入省しました。主に食料安全保障や耕作放棄地対策に携わっていて、農家さんや農地がどんどん減っていくなか、やりたい若者もいない状況で、どうやって食料自給率100%を目指していくかを考える仕事です。地震や戦争が起きたときに自給率が低いと、食べるものがなくなってしまう危機的な状況に陥ります。そうならないように、未然にどう防ぐかを考え続けていました。

イスラエルで学んだ、起業のハードルの低さ

そこから外務省に出向して、イスラエルとパレスチナに携わることになりました。イスラエルはスタートアップ大国で、高校生でもどんどん起業していくような文化があります。その空気に触れて、起業のハードルが自分のなかで下がったと感じました。あわせて、ユダヤの方たちの聖地であるエルサレム(ヘブライ語で「平和の都」の意)があったので、そこでイスラム教やキリスト教、ユダヤ教の食について学び、こうしたマーケットがあるのだと初めて知ったことも、今につながる原体験のひとつです。

ガザで見た、メディアだけでは伝わらない現実

もうひとつ、パレスチナ側の仕事もしていました。ガザに入って、国連などと一緒に病院や学校、インフラの整備をしていて、こうした社会問題の解決にも携われたらいいなと感じています。私の本業は株式会社FDS(エフディーエス)というもうひとつの会社で、そちらでは核シェルターや植物工場、空気から水を作る技術などを扱っています。この延長線上で、ユダヤ教やイスラム教の「食」の課題を解決していく必要があると考え、コーシャフードジャパンを立ち上げました。

宗教という壁を越えるために

日本人のほとんどが、宗教のことを知らない

宗教が絡むビジネスは大変そうに見えるかもしれません。外務省にいたとき、日本食を海外に普及させる仕事を自分で企画してやっていた時期があって、日本の企業さんから「輸出したい」という声をたくさんいただきました。ですが、イスラエルやパレスチナといった国では、宗教に対応した食品でないと、なかなか難しいという現実があります。どうすれば認証が取れるのか、逆に日本側の企業さんにどう理解してもらうかを説明したり、講演をしたりしながら理解を深めてきました。日本の場合、宗教についてほとんどの方が無知に近いというのが、まず大きな課題です。

現地で見た景色を、生の声で届けたい

あわせて、イスラエルとパレスチナに対するイメージが非常に悪いという現実もあります。これは完全にメディアの責任だと私は考えていて、一方的で偏った情報発信だけが続くと、ある意味洗脳に近い状態になってしまいます。実際に現地に行って自分の目で見ると、必ずしもメディアが報道していることがすべてではありません。だからこそ、自分で体験した情報を生の声としていろいろな方に届け、ひとつずつ理解を深めていただく活動を今も続けています。

組織のなかでは動かせなかったから、独立を選んだ

市場規模だけで判断されてしまう歯がゆさ

農水省という立場で仕事を続けていくと、自分のやりたい仕事だけでなく、いろいろな部署に異動になります。そうすると、どうしてもやりたいことができなくなってしまいます。組織のなかでも宗教という部分を理解している方はほとんどいなくて、海外にいたときに「この市場は今後非常に伸びていくので、日本企業を含めて推進していきましょう」と報告を上げても、市場規模だけを見て「これは後回しでいい」という結論になってしまうことがありました。それであれば、自分でそういったサービスを求めている方たち向けにやったほうが、事業としてもきちんと回っていくし、世の中のためにもなると考えて立ち上げました。

誰でも会社を起こせるとわかった

イスラエルに行って「誰でも会社を起こせるんだ」と実感したことがきっかけです。あわせて、自分がやってみないと、あとで後悔するだろうという気持ちも大きかったです。

Kosher Foods Japanの強みと事業内容

10年以上かけて築いた、認証機関とのつながり

私がイスラエルにいたのは2015年から2018年の3年間です。この期間で、イスラエル政府や企業とのパイプを作り、日本人があまり持っていない宗教対応の知識や知見、認証機関とのコネクションを、2015年から今まで10年以上維持し続けてきました。ユダヤの方たち、イスラムの方たちと長く付き合ってきたことは、他の日本企業にはなかなか真似できない部分だと思っています。

認証の「出口」まで押さえている

くわえて、この認証機関を自分たちで握っていることも強みです。他の機関や企業さんが同じようなサービスをやろうとしても、私たちが大本のところや、ニッチな市場の出口まで押さえているので、簡単には参入しにくい状況になっています。

創業して直面した壁

少人数で、経営から輸出手続きまでこなす

これはどのスタートアップも経験することだと思いますが、資金調達や、官の側からの支援は、立ち上げから何年か実績を積まないとなかなか得られません。この点はかなり苦労しました。資金がないなかで限られた人数で回していくので、経営から企画、営業、輸出手続きまで、すべて自分でやらなければいけないところも大変でした。これまでは特定の仕事だけを組織の一員としてやっていればよかった分、余計にそのギャップを感じました。

ニッチだからこそ、良い商品は一瞬で広まる

プロモーションなしで注文が入るECサイト

ユダヤの方たちは世界で2,000万人ほどしかいない、非常に小さくてニッチな市場です。そのぶん、良い商品は一瞬で広まります。弊社はプロモーションを一切かけていないのですが、ECサイトを立ち上げたらすぐに注文が来るような状況で、ユダヤ向けの食品が日本ではいかに貴重かを、世の中の方たちが探し求めているのだと実感しています。

BtoBではリピートにつながりやすい

BtoC(消費者向け)でどこまでリピートにつながるかはまだわからない部分もありますが、BtoB(企業向け)では、リピートにつながりやすいと感じています。まだあまり開拓されていない分野なので、「ユダヤ向けの抹茶です」「日本酒です」というだけで「それはいいね」と、比較的スムーズに商談が進むことが多いです。

目指すのは、誰もが食べたいものを食べられる世界

宗教だけでなく、アレルギーにも対応していく

会社としては、まだ扱えていない分野の商品もあるので、宗教に対応した商品を扱う、総合商社的な会社にしていきたいと思っています。ユダヤだけでなく、あらゆる宗教やアレルギーなど、どの方も食べたいものを食べられる状態を、日本だけでなく世界中でつくっていきたいです。

仲間集めと、資金調達という課題

このビジョンをかなえるための課題は、仲間集めと資金調達です。宗教が絡んでくると、なかなか理解を得られないこともありますし、メディアを見て一方的な感情を持ち、イスラエルのような国に協力したくないと感じる方もいます。こうした意識を変えていくことも、自分たちでやらなければいけない仕事のひとつだと思っています。

一緒に働く仲間に求めること

一緒に働くうえで大切にしているのは、多様性のなかできちんと順応していける方かどうかです。たとえばイスラム教の方とユダヤ教の方が同じ場にいたときに、一方だけを支持するような方は、弊社には合いません。みんなが手をつないでハッピーに進んでいけるような思想を持っている方と、一緒に働きたいと思っています。

学生へのメッセージ

大学4年間で、仲間とやりたいことを見つける

学生時代は、勉強も当然必要ですが、いかに仲間をつくっていくかが非常に重要だと思っています。あわせて、自分のやりたいことを、この4年間のあいだに見つけていただくことも大切です。ただ大学に通って卒業して、就職して、という過ごし方をしてしまうと、社会に出てから「思っていたのと違うな」「やる気が出ないな」と感じてしまうこともあると思います。大学の4年間は非常に貴重な時間なので、有効に使ってほしいですし、日本だけでなく、一度は世界に出てほしいとも伝えています。日本だけにいると、わからないことが非常に多いです。世界から見た日本がどう見えているのかを知ると、社会に出たときに視野が広く仕事に対応できるようになるので、遊びでもいいから海外に行って、現地の文化に触れてもらうことをおすすめしています。

「楽そう」で選んだ公務員は、まったく楽ではなかった

大学時代は、完全に不純な動機で公務員を目指していました。定時で帰れて、定年までクビになることもなく、年功序列で給料が上がっていく、というイメージを持っていたのだと思います。実際は、入省してすぐに月200時間以上残業したりすることもありましたし、給料も民間企業に比べると半分以下です。年休が取れるのかと思ったら、仕事が忙しいので、とりあえず消化したことにしよう、というような形になることもあり、なかなかハードな仕事だと思います。一方で、大きな仕事に携われるので、そこにやりがいを感じたり、社会のためになっていると実感できたりする方には、非常に向いている仕事だとも思います。公務員試験は、実は民間企業に入るより楽だと感じています。過去問をひたすら解いて、傾向と対策だけを試験前の数か月で詰め込みました。民間の場合は、大学時代に何をやってきたかや、ボランティア活動の経験などを聞かれることが多いと思いますが、そういった対策よりは、公務員のほうが試験には受かりやすいだろうと感じています。

編集後記

五十嵐さんのお話をうかがいました。新幹線通学からタイでの研究、農水省、イスラエル、パレスチナと、選択の連続で今の事業にたどり着いたキャリアに驚かされましたが、根底には「自分の目で見て、生の声で伝える」という一貫した姿勢があると感じました。宗教という言葉に、正直まだあまりなじみがなかったのですが、世界には約2,000万人という規模の市場があり、そこに真剣に向き合っている経営者がいることを知り、視野が広がりました。学生時代の「仲間づくり」というアドバイスは、就職活動を控える私自身にも刺さる言葉でした。