学生時代は「変な人間」の多い学校で過ごした
アメリカに1年間留学した
高校は千葉県の私立・市川学園に進学しました。そこは、強い個性を持った生徒が多く集まる学校でした。ミュージシャンなど、様々な分野で活躍する先輩も出るような校風で、私自身も「何をしていいか全然わからない」まま、高校1年生の時に突然アメリカに行きたいと言い出したんです。
高校2年の時に1年間、アメリカへ交換留学に行きました。単位は帰国後に振り替えられると聞いていたので、2年生の途中から3年生の途中で復帰できる想定だったのですが、帰国していろいろ調べたところ、もう一度2年生からやり直すことになってしまいました。1個下の学年に浪人生がいきなり紛れ込んでしまったかのような、強烈な気まずさを感じていました。しかし、おかげで2学年分の友達ができたのは良かったと思っています。
アメフト部の「主務」だった
大学4年間は、ほぼアメフトしかしていませんでした。当時は真剣に取り組んでいましたね。
私が担当していたのは「主務」という役割で、選手としての活動以外にも、合宿の手配やグラウンドの調整、新入生の勧誘計画など、試合以外のことを一手に引き受けていました。合宿のしおりを作ってみんなで歌を歌ったり、お祭り気質全開の、変なアメフト部員だったと思います。
三井不動産で24年間、街づくりに携わった
柏の葉で街づくりの原体験を得た
大学卒業後、新卒で三井不動産というデベロッパーに入社し、そこから24年間、会社員として勤めました。ビルやマンションの開発など、いわゆるデベロッパーの仕事は一通り経験させていただきました。
特に印象に残っているのは、柏の葉キャンパスシティプロジェクトです。大学や行政と一緒になって、ゼロから街をつくっていく基本構想に、若手のうちから携わらせてもらいました。大きな街をつくる喜びや楽しみを早い段階で経験できたのは、良かったと思っています。
シェアオフィス事業の立ち上げ
キャリアの後半は、新規事業畑を歩んでいました。会社の中で何か新しいことを仕掛ける立場です。そこで立ち上げたのが「ワークスタイリング」という、会社として初めてのサテライト型シェアオフィス事業でした。
それまでのオフィス事業は大きなオフィスフロアを、例えば「定期で5年間借りてください!」というスタイルが通常のビジネスモデルだったのですが、ワークスタイリングは一席一時間単位で利用できる仕組みを考案しました。企業ごとに社員向けのQRコードを発行し、そのQRコードを用いて社員の方がいつでもどこの拠点でも使えるようにして、月ごとの利用時間を集計して請求する。新たなモデルを社内で起案し、ローンチまでこぎつけました。
当時はWeWorkのような有名ブランドもまだ日本に進出していない時期で、シェアオフィスともコワーキングスペースとも少し違う、大学のサテライトキャンパスに近い「日本独自の仕組み」だったと思います。この事業は幸い軌道に乗り、今も拡大をつづけています。その後、新規事業を専門に扱う部署に配属されたのが、会社員としての最後のキャリアになりました。
人は、近くにいるだけではつながらない
街をつくっても人はつながっていなかった
毎朝、同じ時間の電車に乗り、毎日、同じ人の隣に座ったとしても、その人と知り合いになることは、ほとんどありません。
フードコートでも同じです。1週間、同じ時間に同じ席でご飯を食べ続けても、おそらく友達はできない。人は、ただ同じ場所にいるだけでは、つながらないんです。
私は三井不動産で、長く街づくりに携わってきました。建物をつくり、広場をつくり、人が集まる場所をつくる。けれど、どれだけ立派な空間をつくっても、その中にいる人同士が自然に知り合うとは限りません。
空間をつくることと、関係をつくることは、まったく別の仕事だった。
それが、私が会社員時代から感じ続けてきた違和感です。
会社も同じです。 直属の上司や同じチームのメンバーとは話す。でも、同じフロアにいる別の部署の人とは、半年たっても一度も話したことがない。実際にさまざまな組織を見ていると、「同じ会社にいるのに、お互いのことをほとんど知らない」という状態は、決して珍しくありません。
以前は、社員旅行や運動会、飲み会、ゴルフ、麻雀などが、人と人をつなぐ役割を担っていました。もちろん、それらに戻ればいいとは思いません。参加を強制するような関係づくりは、今の時代には合わないからです。
一方で、昔の仕組みを手放したあとに、新しいつながり方をまだ発明できていない。
リモートワークは問題を生み出したというより、それまで見えにくかった組織の分断を、一気に見えるようにしたのだと思います。
昔のように「社員旅行に行くぞ」「土日はゴルフや麻雀をやろう」というのも、今は歓迎されない時代になりました。それ自体は仕方のないことですが、人と人の関係性がどんどん希薄になっていく問題は、誰かが解決しなければいけないと感じたんです。
つながりを、善意や偶然に任せない
人のつながりは大事だと、誰もが言います。けれど実際には、「仲良くしてください」「交流してください」と呼びかけるだけで終わることが多い。懇親会を開いても、話すのはいつもの人同士。新しく入った人や、飲み会が苦手な人は、つながる機会そのものを持てないことがあります。
私は、この問題を善意やコミュニケーション能力のせいにしたくありませんでした。誰かが頑張らなければつながれないのではなく、自然に知り合える環境やきっかけを設計できないか。
街や建物を設計するように、人と人の関係も設計できるのではないか。
それをビジネスとして実装するために、Goldilocksを立ち上げました。
私たちが目指しているのは、全員を親友にすることではありません。つながりたくない人を、無理につなげることでもない。
ただ、「知らない人」を「少し知っている人」に変えることはできる。
一度話したことがある。顔と名前が一致している。何をしている人か、なんとなく分かる。それだけで、困ったときに相談できたり、エレベーターで自然に挨拶できたり、仕事の情報が流れやすくなったりします。
深い関係を一つつくることだけではなく、薄くても頼れる関係を、周囲に少しずつ増やしていく。それが、これからの組織や街には必要だと考えています。
そんな仕組みやサービスをつくろうという思いが、弊社の創業につながっています。この課題感は前職の会社員時代から薄々感じていたことで、海外出張先でも「今、世界中どこの都市も同じ問題を抱えている」という話をよく耳にしていました。
施設運営と独自サービス「JiwaJiwa」の二本柱で事業を展開
人がつながる瞬間を、リアルな場所で観察する
Goldilocksの事業には、リアルな施設の運営と、テクノロジーを使った関係づくりという二つの側面があります。
施設運営は、単に場所を貸すために行っているわけではありません。人は、どんなきっかけがあると初対面の人に話しかけられるのか。机をどう配置すると会話が生まれるのか。誰が最初に声をかけると、場の緊張がほぐれるのか。
そうした、人と人がつながる瞬間を観察し、試し続けるための場所でもあります。
日本橋の「+NARU NIHONBASHI」をはじめ、私たちが関わる施設では、イベントの内容だけでなく、受付での声のかけ方や自己紹介の方法、座る位置、食事の出し方まで試行錯誤しています。
関係は目に見えません。しかし、関係が生まれる条件は、少しずつ明らかにできる。施設は、私たちにとって「関係を研究する実験室」でもあるんです。
+NARU NIHONBASHIでは、年間を通してほぼ2日に1回のペースでイベントを開催しています。初めて顔を合わせる方同士が挨拶する場面が多いので、どんな自己紹介の仕方だとスムーズに話せるか、どんな座り位置がいいかといった細かい試行錯誤を続けています。イベントは弊社が企画する場合もあれば、会員さんご自身が「こんなことをやってみたい」と持ち込んでくださる場合もあります。
たとえば、「コミューナルディナー」という、知らない人同士が一つのテーブルで食事をする取り組みがあります。
多いときには30人ほどが集まりますが、ただ同じテーブルにつけば、全員が自然に話し始めるわけではありません。最初の一言をどうつくるか、誰と誰が隣に座るか、途中で会話が止まったときにどうするか。小さな設計によって、場の空気は大きく変わります。
食事には、人をつなぐ力があります。しかし、その力を引き出すには、きっかけが必要です。
私たちはイベントを開催しているというより、人と人の間に何が起きるのかを、現場で学び続けているのだと思います。
組織の「風通し」を、感覚ではなく構造として見る
施設で得てきた知見を、企業や組織の中で使える仕組みにしたものが「JiwaJiwa」です。
JiwaJiwaでは、簡単な質問を通じて、組織の中で誰と誰が話したことがあるのか、誰が孤立しているのか、どの部署とどの部署の間に接点がないのかを把握します。その結果を、人と人の関係を示すネットワーク図として可視化します。
目的は、人を評価することではありません。
「仲の良い会社ですね」という感覚的な話で終わらせず、組織のどこに関係の偏りや分断があるのかを見つけること。そして、つながることで情報や知識が流れやすくなる人同士に、会話のきっかけを届けることです。
趣味が同じ人を紹介するだけでは、いつもと似た人同士が集まってしまいます。JiwaJiwaが目指すのは、自分では選ばなかったけれど、話してみると新しい発見がある相手との接点をつくることです。
人間関係を偶然に任せず、組織全体の風通しを少しずつ良くしていく。私たちは、これを「関係工学」と呼んでいます。
そのうえで「本当はつながると組織にとってスムーズになりそうなのに、まだ話したことがない」というペアを見つけ、対話をおすすめする仕組みです。
これまで、こうしたつながりづくりはゴルフや麻雀、社員旅行、飲み会といった場に頼ってきました。しかしながら、飲み会を開けば、人はつながると思われがちです。でも実際には、仲の良い人同士が同じテーブルに座り、いつものメンバーで話して終わることも多い。飲み会が苦手な人、育児や介護で夜の時間に参加できない人は、つながる機会そのものを失ってしまいます。
しかも、開催した側には「盛り上がった」という印象は残っても、誰と誰の関係が新しく生まれたのか、組織全体の風通しがどう変わったのかは分かりません。
JiwaJiwaは、飲み会を否定するサービスではありません。せっかく人が集まる場を、偶然任せにせず、普段話していない人同士が出会える時間に変える仕組みです。
ご相談いただくのは、少なくとも30人以上、場合によっては数百人規模の企業が多いです。大企業の場合も、まずは営業一部のような部署単位から始めるのが良いと考えています。中途入社が増え、これまでなかったような専門職も増えている今、忙しく働いていると半年経っても周囲10人ほどしか知らない、ということも珍しくありません。
人と人の関係は、会社の隠れた資産です。
相談できる人がいることで、一人で問題を抱え込まずに済む。自分の居場所があると感じられれば、孤独や離職の防止にもつながる。これは、エンゲージメントの側面です。
もう一つは、イノベーションです。
自分とは違う仕事をしている人と知り合うことで、分からないことを教えてもらえたり、別の部署が持っている知識と自分のアイデアが結びついたりする。新しい価値は、個人の能力だけでなく、人と人の間から生まれます。
だから私たちは、交流会を盛り上げることだけを目的にしていません。関係が変わることで、組織の中にどのような変化が起きるのかまで捉えたいと考えています。
半径100メートルの中に、頼れる人を増やす
現在、JiwaJiwaは企業で活用していただくことが多いのですが、私たちが最終的に扱いたいのは、会社の中だけの人間関係ではありません。
マンション、学校、図書館、病院、商業施設、地域。私たちの周りには、毎日たくさんの人がいるのに、互いを知らないまま過ごしている場所がたくさんあります。
遠くにいる友達とはSNSでつながっている。でも、隣に住んでいる人が誰なのかは知らない。災害が起きたとき、子どもが困ったとき、ちょっとした助けが必要なとき、本当に大切になるのは、半径100メートルにいる人かもしれません。
私たちのミッションは、「半径100メートルの人と人をつなぐ」ことです。
すべての人と深く付き合う必要はない。ただ、周囲にいる「知らない人」が、少しずつ「知っている人」に変わっていく。そんな街や社会をつくりたいと思っています。
たとえば図書館で、一冊の本を手に取ったとき、その本を先週読んだ人が、すぐ近くにいるかもしれない。もしお互いが「少しなら話してもいい」と思っていたら、コーヒーを飲みながら3分だけ感想を聞くことができる。名前も知らなかった二人が、一冊の本をきっかけに知り合いになる。今は偶然にしか起こらないその瞬間を、無理なく、自然に増やすことができたらいい。テクノロジーで人を画面の中に閉じ込めるのではなく、テクノロジーを使って、現実の人と人が出会う。私たちがつくりたいのは、そういう未来です。
学校のゼミでも、卒業するまで一度も話さなかった人がいる、というのはよくあることです。飲み会に出られなかった人はつながる機会を失ってしまう。そうではなく、1年間を通して自然といろいろな人と話せるような仕組みをつくっていきたいですね。
「普遍的なもの」を軸に持ってほしい
現在のビジネス環境は変化が速く、いろいろなノイズが聞こえてくる時代だと思います。この学びは来年には陳腐化してしまうのではないか、5年後にはこの職業自体がなくなってしまうのではないかと、皆さんが感じている以上に複雑な環境にいらっしゃるのではないでしょうか。
何度考えても戻ってきてしまう問いを、大切にする
これから伸びる業界は何か。AIに奪われない仕事は何か。そうしたことを考えるのも、もちろん必要です。でも、環境は想像以上の速さで変わります。「儲かりそう」「成長しそう」という理由だけで選んだものは、前提が変わったときに、自分の軸まで失いやすい。私の場合、会社員時代から何度考えても戻ってきてしまう問いがありました。なぜ、これだけ多くの人が同じ場所にいるのに、知り合わないのか。どうしたら、人は無理なくつながれるのか。気づけば、寝ても覚めても、人と人のつながりのことを考えていました。その問いは、会社を辞めても、事業を始めても変わりませんでした。
皆さんにも、何度離れても、なぜかまた考えてしまうことがあるかもしれません。それは、すぐに仕事や事業にならなくても、自分が長く取り組めるテーマになる可能性があります。
変わり続ける時代だからこそ、流行ではなく、自分がどうしても気になってしまう普遍的な問いを、一つ持っておくといいのではないかと思います。
私にとって、その声とは「人と人のつながりが大事だ」という思いに他なりません。 こうした普遍的なものは、どれだけツールが発達しても廃れずに残っていきます。儲かりそうだから、伸びそうだからという理由だけで選んでしまうと、環境の変化とともにすぐにブレてしまいます。自分が信じられる軸を一つ持っておくと、キャリアの中であまりブレずに進んでいけるのではないかと思います。
編集後記
今回、川路さんのお話を伺って印象的だったのは、「建物だけでは人はつながらない」という気づきから、ビジネスとして課題解決に挑もうとされている姿勢でした。私自身も学生団体の運営などで人と人のつながりの難しさを感じることがあるので、JiwaJiwaという仕組みには純粋に興味を持ちました。デベロッパー時代の原体験がそのまま創業のきっかけになっている点も、キャリアの選び方を考えるうえでとても参考になりました。貴重なお話をありがとうございました。