インタビュー

「自分の手で稼いでみたい」その思いが、家業への扉を開いた

「自分の手で稼いでみたい」その思いが、家業への扉を開いた
PROFILE
株式会社マルワ 代表取締役社長
鳥原 裕史

気が抜けていた学生時代

目標を果たしたあとの4年間

大学に入るという目標を果たしたあとは、正直、気が抜けた学生生活を送っていました。特別に何かを目指していたわけではなく、遊びたいから大学に行く、というくらいの感覚だったと思います。

当時から家業を継ぐようなイメージがあったかというと、まったくなかったですね。父がどんな仕事をしているかは理解していましたが、自分は自分で飯を食っていくものだと思っていて、家業に頼ることも、継ぐことも、当時は考えたことがありませんでした。

「自分の力で稼いでみたい」その一心で

派遣会社で芽生えた挑戦心

大学を出て就職したのは、ベンチャー企業のような雰囲気の派遣会社でした。いろいろな仕事のチャンスをもらいながら働くうち、会社のお金の流れや機会を管理し、計画する立場を任せてもらえるようになりました。

そうした経験を積む中で、会社の数字と向き合う面白さを知ると同時に、自分の力でもっと大きな挑戦をしてみたいという思いが芽生えていきました。それが「自分で会社をつくるのも面白いかもしれない」と考えるきっかけになったんです。

父に「継ぐ人はいるの」と聞いた日

そう考えていたときに、ふと頭に浮かんだのが実家の家業でした。そういえばあれはどうなっているんだろうと思い、父に「誰か継ぐ人はいるの」と尋ねたのが、すべてのはじまりです。

父からは、以前にもそれとなく継いでほしいという話をされたことはありました。ただ、いつまでにとはっきり言われていたわけではありませんし、家業に入った当時の私は任された仕事自体が楽しくて、継ぐことなど考えてもいませんでした。それが入社して7年、8年が経ったころ、代表取締役社長に就任することになったんです。

環境美化という、最初のハードル

「当たり前」が一番難しかった

代替わりしたタイミングで、父から大事にしなさいと言われたのが、環境美化でした。株式会社マルワは今も二人代表制なので、父が代表取締役会長として、経営とは別の視点で会社を見てくれています。

前職は営業でどんどん攻めていくような会社だったので、営業活動そのものは何とでもできる自信がありました。一方で、机をきれいにするといった、周りの社員にとっては当たり前のことが、私にはとてもハードルが高かったんです。正直、そんなにきれい好きな性格でもないので、そのあたりは今もよく言われますね。

印刷だけではない、事務局運営という仕事

従来の印刷会社とは、まったく違う

株式会社マルワは、もともとは印刷一本でやっていた会社です。そこから印刷物をつくるためのデザインを手がける部署を設置し、印刷したものを製本したりパンフレットに仕上げたりする機械も導入して、今は一貫生産ができる体制になっています。

とはいえ、斜陽産業と呼ばれる印刷業界そのものが、時代の流れとともに印刷物を減らしていく方向にあるのは事実です。そこで今は、制作部の中でホームページや動画の制作・編集まで手がけるようになりました。ここまでは、多くの印刷会社さんも裾野を広げている領域だと思います。私たちがそこから少し変えたのが、イベントなどの事務局運営という仕事です。

イベントの裏側を、まるごと引き受ける

電話番号を発行して問い合わせ窓口をつくったり、講師を選定したり、会場を選んだりといった、イベント運営そのものを受託しています。そうすると、そこに必ず印刷物が関わってきます。チラシやポスターなどもまとめてパッケージで受けてしまおうと考えたのが、このスタイルのきっかけです。

この領域で競合になるのは広告代理店です。ただ、私たちには社内に製造部門があるので、コストを抑えながらも質が高いと褒めていただけることが多く、今はそちらの仕事が増えています。就職活動中の学生さんには「印刷機を持っている広告代理店」と説明すると、一番分かりやすいかもしれません。

二つの強みと、環境への向き合い方

社内一貫だから、質もコストも両立できる

他社さんとの違いを聞かれたときにまずお伝えしているのが、企画からデザイン、製造までを社内で完結できる強みです。サービスの質を高く保ちながら、結果としてコストも抑えられる。この一石二鳥の形が、まず一つ目の強みです。

印刷を通じたSDGsへの取り組み

二つ目の強みが、環境への取り組みです。SDGsという言葉が広まるずっと前から、環境に配慮した素材選びや、FSCマークをはじめとするさまざまな認証の取得に力を入れてきました。印刷という切り口で環境活動に踏み込んでいる会社は、あまり多くないと思います。

広告代理店のような立ち位置を、もっと深める

行政の仕事から広がった信頼

ビジョンとしてお伝えしたいのは、広告代理店のような立ち位置での仕事を始めてから、まだ3年、4年ほどしか経っていないということです。ここをさらに深掘りし、この立ち位置で印刷会社として勝負していきたいと考えています。

もともと行政のお仕事を通じて、自分たちにこういうことができますとお伝えしていくうちに、イベント系の相談をいただけるようになりました。行政の仕事をしっかりやっていくと、担当者が異動した先でも声をかけていただけることが多くあります。既存のお客様との関係を大切にする姿勢が、今の仕事の広がりにつながっています。加えて、印刷という仕事柄、もともと広告代理店やテレビ局とのつながりがあったことも、大きな後押しになりました。

焦らず、コツコツと社風を変える

後継者だからこそ、ブレーキをかける

従業員はパートさんを含めて30名です。組織文化として大事にしているのは、後継者という立場だからこそ、焦って自分の色に染めようとしないことです。事業と違って、会社の風土はぽんと変えられるものではないと感じています。

自分より社歴の長い社員がたくさんいる中で、浸透させるには時間がかかるものです。急がず、諦めず、50年後を見据えて少しずつ自分の色にしていけたらと思っています。

採用は、お金をかけずにコツコツと

採用に関しては、もともと派遣会社にいた経験もあり、お金をかけずにできる方法を選んでいます。今で言うリファラル採用(社員からの紹介による採用)のような、口コミによる採用を大切にしていて、助成金などの制度もあわせて活用しています。

大人な会社の、あたたかい空気

制度より先に、働き方があった

弊社の魅力は、大きく二つあると思っています。一つは、印刷と代理店のような立ち位置で仕事をしているからこそ、自分の発想がお客様に響いたり、自分が企画したものが採用されたりする瞬間があることです。自分だからできた、と思える仕事に出会える環境だと感じています。

もう一つは、30名ほどの中小企業ならではの、休みの取りやすさです。制度をつくる前から、みんなが自然とそういう働き方をしてきたので、取りやすい空気が根付いています。女性だけでなく男性にも、子どもの用事や好きなライブのために休むことに対して、何で休むんだという空気はありません。

アットホームというより「大人な会社」

よくアットホームと言われますが、私自身はそれよりも「大人な会社」という表現がしっくりきます。自分の仕事は自分である程度コントロールしなければいけないという前提はありつつ、柔らかい空気のある職場だと思います。女性の社員も多いですね。

これから働く人たちへ

情報より先に、泥臭さを

学生の皆さんに伝えたいのは、素直であってほしいということです。今はいろいろな情報をツールとして手に入れられるぶん、仕事でも何でも器用にこなせるように思います。ただ、結局は泥臭く仕事をしてきた人のほうが、5年、10年経ったときに、人としての厚みが出ていると感じています。

スマホを見ている時間があれば、少しでもお客様と話す時間をつくってほしい。特に若いうちは、大変だと思うことを積極的にやってほしいと思います。どうせ結婚などのライフイベントで、思うように動けない時期は必ずやってきます。だからこそ、最初の1年、2年、3年は、大変だと思うことに取り組んでほしいです。

3年は、辞めずに続けてほしい

もう一つ伝えたいのは、辞めずに3年は続けてほしいということです。1年、2年で辞めてしまうと、簡単に辞めるという癖がついてしまいます。「石の上にも三年」という言葉のとおり、まずは粘ってやってみてほしいですね。

あわせて、退職代行のような形で、一番言いにくいことを人に任せるのもおすすめしません。その姿勢は、プライベートなど、ほかの場面にも影響してしまうと思うからです。

編集後記

今回のお話で一番印象的だったのは、鳥原さんが後継者としての焦りをあえて抑えているという姿勢でした。私自身、学生団体の運営で「早く変えたい」と思ってしまうことが多いのですが、50年後を見据えてコツコツ取り組むという考え方には、多くの学びがありました。印刷という枠を超えて広告代理店のような立ち位置を築いてきた背景にも、地道な信頼の積み重ねがあることが伝わってきました。3年は粘ってほしいというメッセージは、就職活動を控える身として、しっかり受け止めたいと思います。