「大学受験に失敗した」——その事実が、中川拓哉さんのキャリアをつくった。武蔵野大学を卒業し、パーソルキャリア株式会社を経て、株式会社明光キャリアパートナーズの代表取締役社長に就任。HR という領域に人生を賭ける理由は、コンプレックスから始まり、今は「人への恩返し」へと変わった。
失敗から火がついた、学生時代
浪人失敗が喪失感に変わった
現役時代に合格していた大学より低いランクの大学に最終的に入学した——そのことが、当時の私にはとてつもない喪失感でした。「このままじゃ、人間として何も成し得ないんじゃないか」という感覚が大きなコンプレックスになって。それを払拭するには、仕事の道しかないと思ってしまったんですよね。だから学生時代から、経験を積むことに全力でした。
19 歳で飲食店のコンサルへ
最初にやったのが、飲食店の経営コンサルです。19 歳の私に何ができるかなんてわからなくて、「好きなものとパッションを掛け合わせたら何かできないか」という感覚だけがあった。それで何十件もの飲食店に飛び込み営業をかけて、話を聞いてくださったお店に対して 40 日間、毎日違う資料を持って通い続けました。最終的にコンサル費用を月々いただける関係になれた時は、本当に嬉しかったですね。
D2C のアパレルとメディアも運営
飲食のほかに、インスタグラムで服を買う文化が出始めた頃に D2C のアパレルブランドも立ち上げていました。マーケットが出来上がったタイミングに事業を張れたのは、タイミングがよかったなと思います。メディア系の事業も並行してやっていて、学生時代はとにかくいろいろなことにチャレンジしていた感じです。単位をとるのがすごく大変でしたけど(笑)。
HR という軸を決めた就活
学生のうちにそれだけ動き回っていたので、新卒就活では複数の会社から内定をいただけました。その中でパーソルキャリア株式会社に入社を決めたのは、会社からの期待値が明確に高いと感じたからです。そこで 2 年と 10 ヶ月ほど働いて、また自分で会社を作りました。事業は順調で、すぐバイアウトできる状態にもなったんですが、正直あまり楽しくなかった。「お金は入るけど、自分がやりたいことじゃない」と感じて、やめることにしました。
原動力が「自分」から「人」へ
運と縁に恵まれてきたと気づいた
就活でうまくいった時に気づいたんです。「これは結局、運と縁だったな」と。高校時代からずっと人の相談に乗っていて、ライブ配信でフォロワーも集まっていた。受験は失敗したけど、仕事では人に恵まれてやってこられた。その経験を返していきたいと思ったら、原動力が内側から外側に向かっていきました。自分のコンプレックスを解消したいという気持ちから、人のキャリアをよくしたいという気持ちへ。だから HR がやりたいのは、もう自然な流れだったんですよね。
「ALL THE WIN 」というバリュー
弊社のバリューの一つに「ALL THE WIN」という言葉があります。「WIN」は「勝つ」じゃなくて、「幸せになる」という意味で使っています。お客さんも、お客さんのご家族も、私たちも、私たちの家族も——関わるすべての方々が幸せになってほしい、という思いで作った言葉です。目の前のお客さんや社員が喜んでいる瞬間が、一番嬉しいとやっぱり思いますね。それは 4 年間変わっていない。
質にこだわり続ける事業設計
内定率は業界平均の 8 倍
弊社でやっている日本人向けの人材紹介には、キャリスター(ポテンシャル層向け)と Strategy Career (20〜30 代ハイクラス向け)の 2 つのサービスがあります。このマーケットの平均内定率は 5〜10% と言われている中、弊社は現在 40% 前後を維持しています。その理由の一つが、一人の候補者さんに対してアドバイザーが複数人つくというモデルです。多角的な視点でフィードバックできるからなんですが、当然、人件費はかかる。経済合理性だけで見たら非効率ですよね。それでも、質を落としたくないという思いでやっています。
面談の回数は平均 10 回以上
多くの会社が電話面談 1〜2 回で終わらせる中、弊社はアベレージで 10 回以上の面談を重ねます。丁寧にやりすぎて大変だろうとも思うんですが、それがそのまま内定率に直結しているので、ここは絶対にブラさない。「量の経済規模」で戦うやり方は選ばない、というのが弊社の立ち位置です。
40 年の教育コンテンツを外国人支援に活かす
外国人向けの領域では、子会社であるリバースでコンサルティングファームや投資銀行を目指す方向けのコーチングをやっているほか、MEIKO GLOBAL というブランドで外国人向けの日本語学習 e ラーニングツール「Japany(ジャパニー)」を提供しています。明光義塾が 40 年かけて積み上げてきた教育コンテンツの知見が、ここに活きていると感じています。質が全然違うんですよね。
自治体との連携が広がっている
神奈川県との包括事業連携協定をはじめ、いろいろな自治体さんと連携しています。また、EPA(経済連携協定)の枠組みのもとで、ベトナムに学校を作って入国前の日本語教育をするといった取り組みも進めています。まだ外国人の教育支援に対するプライオリティが高くない企業さんもいらっしゃいますが、やっとこれから本格的に勝負できるフェーズになってきたという感覚です。
3 年以内にトップシェアを取りにいく
3 倍成長、そして各領域でトップへ
3 年以内に全体の売上を今の 3 倍ほどの規模にしたいと思っています。日本語学習 e ラーニングのマーケットではトップシェアを、外国人人材紹介の領域でも特定のカテゴリでナンバーワンを取れている状態が理想です。自治体さんとの連携やあらゆるチャネルからのアプローチが広がっているので、ここから一気に仕掛けていきたいですね。
AI は「仕事のあり方」を変える
AI で職がなくなってもおかしくないとは思っています。弊社でも社内のほとんどのサービスを解約して、AI を使って自社プロダクトを内製し直しているくらいです。私はコーディングができない人間ですが、それでもここまで作れてしまう。ただ一方で、AI を指示したり抽象化したりする人間は引き続き必要です。仕事のロールが変わる、という感覚が正確かもしれません。弊社はもともと教育の会社なので、AI 活用の教育や導入支援を中小企業向けに安価に提供していくことも、近いうちに展開していく予定です。
しんどい時こそ「おもろくする」
タスクと仕事は違う
しんどい瞬間は、もちろんあります。ただ私がずっと思っているのは、「待ってて面白くなることはない」ということです。仕事というのは、原型のままでは面白くない。タスクをこなしているだけの人はずっとしんどいし、仕事を楽しんでいる人との差はそこにあると思っていて。
じゃあどうするかというと、自分の「得意」を正確にメタ認知して、それを仕事の中に掛け合わせていく。得意なものをずっとやり続けると、気づいたらタスクをこなしている感覚から逸脱して、めちゃくちゃ面白い仕事をしている感覚に変わっていくんですよね。しんどいなと思った時ほど、「どうやったらこれを楽しく変えられるか」を考えるようにしています。それがメンタルのレバーみたいになっている感じです。
学生へのメッセージ
就職先を選ぶうえで、周りの環境や声を頼りながらこだわりを持つことは大切だと思います。ただそれと同時に伝えたいのが、「意図した素振りをすること」と「仕事を楽しくするためのアクションを知ること」の 2 つです。原型のまま面白くないものを、得意なことと掛け合わせて面白くしていく。その感覚を持って働けると、キャリアはぐっとよくなるんじゃないかなと思います。
編集後記
「仕事とタスクは違う」——この言葉が、取材を終えてもずっと頭から離れませんでした。新卒 1〜2 年で離職してしまう同世代の友人が多い中で、その背景にはこの感覚の欠如があるのかもしれないとあらためて思います。中川社長のお話で印象的だったのは、コンプレックスをバネにしながらも、最終的には「人への恩返し」という外向きの動機に変わっていったところです。
内側の矢印が外側に向いた時に、仕事は本当の意味で楽しくなるのかもしれません。自分自身の起業活動においても、何のためにやっているのかを問い直す、とてもよい機会になりました。