楽しさ優先で生きた学生時代
学歴より「楽しい」を選んだ
学生時代に何を頑張っていたかと聞かれても、正直あまり覚えていないんですよね。学歴と呼べるようなものもなくて、当時の私はとにかく楽しいと思うことばかりをしていました。
勉強でも遊びでも、分野はなんでもよくて、自分が楽しいと感じたほうへふらふらと向かっていくような人間だったと思います。バイトを頑張っていたという感覚もなくて、頑張っていたのはむしろ遊ぶことのほうでした。地元の仲間たちと、とにかく遊ぶことに一生懸命だったんです。
若いころから塗装の現場へ
最初に入った仕事は塗装業でした。塗料の材料をつくる作業をひたすら続けながら、空いた時間にスプレーをふかせてもらったり、実際に塗装をさせてもらったりして、少しずつ仕事を覚えていきました。当時から正社員として、フルで現場に入っていました。
罵声が飛ぶ、厳しい現場
とはいえ、月給は今では考えられないくらい安かったです。今のバイトの時給よりも低いと感じるくらいでした。それに昔の塗装業界は、罵声が飛ぶのが当たり前で、本当におっかない世界でした。
怒鳴られるだけでなく、言うより先に手が出るようなこともあって、今の現場とはまったく違う環境だったと思います。それでも頑張れていたのは、遊ぶためにお金が必要だったからというのが大きかったですね。
何も考えずに独立した
金持ちになりたかった
若いころから現場に出ていたものの、独立や起業をいつから考えていたかと言われると、はっきりとした瞬間はなくて、もっと早い段階から「お金持ちになりたい」という思いだけはずっとありました。20代の頃からその気持ちはあったのですが、なかなか踏み出すタイミングがなくて、独立できずにいた時期が長く続きました。
考えるほど怖くなる
独立するときも、正直なところ何もわかっていない状態で踏み切りました。考え抜いて準備をしてから独立したわけではなくて、むしろ何も考えずに飛び込んだという感覚です。考えれば考えるほど、怖くなって動けなくなってしまうものだと思います。
考え抜いた末に「この形なら間違いない」と確信を持って独立できる人もいるとは思いますが、そういう人はひとにぎりの中のひとにぎりだと感じます。何か挑戦したいのであれば、あれこれ考えるよりも、考えずに踏み出したほうがいいと思っています。
どの道失敗するならやってみる
実際に独立してからは、苦労の連続でした。それでも、もし当時の自分に戻って同じ選択をするかと聞かれたら、きっと同じ道を選ぶと思います。人生はどのみち失敗するものだと思うので、どうせ失敗するなら、やってみてから失敗したほうがいいじゃないかと。
失敗を恐れて何もしないのか、失敗してもいいと思って挑戦するのか、そのどちらかしかないと思うんです。もし学生さんに伝えるなら、本当に失敗したくないのであれば、しっかり勉強をして、公務員や士業など、いわゆる安定した道を選ぶのも一つの答えだと思います。
私自身、今会社を辞めてどこかに雇ってもらおうと思っても、雇ってくれるところはきっとないので、自分でやるしかありません。だからこそ、自分の好きな分野に特化して、その中でトップを目指すくらいの気持ちで取り組むことが大事だと思っています。
従業員ファーストの経営
人のために尽くせばお金は巡る
エース・リフォームは塗装からスタートして、今では古民家の再生や総合リフォームなど、幅広い事業を手がけています。事業を広げてきたのは、お客様のためを思って動くことが、結局は従業員やその家族のためにもなると考えているからです。
もともとは「お金持ちになりたい」という思いから独立しましたが、お金を得るためには人のために尽くさなければいけないというのが実感としてあります。自分だけが得をしようと考えていると、お金はむしろ逃げていってしまうものだと思うんです。
事業を広げすぎない理由
現場でお客様と接していく中で必要とされていることを汲み取りながら、事業を少しずつ広げてきました。これからも増えていく可能性はあると思いますが、多方面に手を広げるほど、従業員の負担も大きくなっていきます。
お客様のためになると思っても、従業員にとって無理のある形になってはいけないので、その判断は慎重にしたいと思っています。従業員がいなければ、私一人では何もできません。だからこそ、従業員と話し合いながら方向性を決めていくことを大切にしています。
メディア出演も従業員のため
CMやメディア出演に積極的なのも、根っこにあるのは従業員、とくに営業のためという思いです。会社のことを何も知らないお客様の前に立ったとき、名前を調べても何も出てこなければ、信用してもらうのは難しいですよね。
逆に検索したときに、社長の取り組みや従業員の活動、ボランティアの様子などが見つかれば、お客様にも会社の雰囲気を知ってもらいやすくなります。営業がしやすい状況をつくるための一つの手段として、メディア出演やCMに取り組んでいるという感覚です。
ロサンゼルスで学んだ「人の大切さ」
仲間がほとんどいなかった
人を大切にする考え方は、もともと持っていたものではなく、後から身につけたものです。きっかけはアメリカでの経験でした。日本にいた頃は、従業員もたくさん集まる時代だったので、辞めてもらってもまた補えるという感覚があり、自分の考えに賛同できないなら辞めてもいい、というくらいの気持ちで仕事をしていました。
ところが、ロサンゼルスに渡ってみると、一緒にやってくれる人間がほとんどいなかったんです。残ってくれたのは一人か二人ほどで、重いものを運んだり、移動させたりといった作業のたびに、仲間に電話をして手伝ってもらう必要がありました。
仲間になってくれる人がそもそも少ないので、一度仲間になってくれた人を大事にしなければ、みんな離れていってしまう。そうなれば自分一人では何もできなくなってしまうという状況でした。
床材選びに付き合った2週間
渡米して2年ほどは、日本にいたときの癖が抜けず、なかなか人を大事にできていなかったと思います。それでも、一緒にがんばってくれた仲間が何人かいて、その中で印象に残っている現場があります。
年配のご夫婦のお宅で、床を無垢材に張り替える仕事だったのですが、奥さんがとても優柔不断な方で、床材を決めるのにも一枚一枚すごく時間がかかりました。ようやく決めて貼りはじめても、貼ったあとに「やっぱりこれは嫌だ」と言われることもしばしばで、旦那さんまで巻き込んで、貼り直すかどうかを言い合うようなこともありました。
そんなやり取りを繰り返しながら、一緒に働く仲間たちと3人で、笑いながら2週間ほど仕事を進めていきました。日本の現場では施主のために黙々と作業を進めることが多いのですが、ロサンゼルスでのその現場は、施主も自分たちも楽しいという、ウィンウィンのような関係性でした。現場とはこうやってつくっていくものなんだと、そのときに学んだ気がします。
騙され続けた2年間
ロサンゼルスにいた2年間は、人に騙されることも多くありました。日本人同士のコミュニティが狭いこともあって、その中で騙し合うようなことが起きていたんです。知識があるふりをしていろいろ教えてくれる人がいても、結局は騙されていたとわかったり、発注した材料がいつまでも届かないと思っていたら、お金を使い込まれていたとわかったりしたこともありました。そうした経験を重ねながらも、一緒にやってくれる仲間たちのありがたさを身にしみて感じるようになっていきました。
従業員からの感謝の言葉
人を大事にする感覚が身についた状態で日本に帰国し、従業員と接するようになってから、ある従業員に言われた言葉が今でも忘れられません。アメリカに行く前の私のことは大嫌いだったけれど、帰ってきてからの今は大好きになりました、と伝えてくれたんです。
それを聞いたときは、照れくさい一方で、涙が出るくらいうれしかったです。人を大事にするというのはこういうことなんだと、そのときにあらためて実感しました。それからは、トップダウンで決めるべきところと従業員からのボトムアップを大事にするところとのバランスを少しずつ取れるようになってきたと思います。今もまだ勉強中の部分はありますが。
覚悟を決めた日
娘の卒業資格という現実
ロサンゼルスでの2年が経った頃、私自身も限界を感じて、「もう日本に帰りたい」と妻に話したことがあります。そのとき妻に言われたのが、子どもたちのことでした。4人いる子どものうち一番上の娘は、中学2年生で渡米して、現地のハイスクールの2年生になっていたタイミングだったんです。そこで日本に帰ってしまえば、娘には卒業資格が何も残らない。あなたのわがままで渡米して、子どもたちに苦労をかけているのに、その責任をどう取るつもりなのか、と問われました。
腹を括った瞬間に好転した
そこで、何としてでもこちらでやり切ると腹を括ったんです。甘えるのはやめて、とにかくやるしかないと気持ちを入れ直しました。すると、不思議なくらいそこから物事が好転していきました。支援金が入ってきたり、お客様との現場でうれしい出来事が重なったりして、コロナ禍で大変だった時期も含めて、後半の2年間は本当に楽しい時間になっていきました。結局アメリカには4年半ほど滞在し、一番上の娘もハイスクールの卒業証書を手にして、一緒に日本へ帰ってきました。
これからのエース・リフォーム
従業員がもっと稼げる会社へ
今後1〜3年で目指したいのは、会社自体が少しずつ大きくなっていくことです。それ以上に、従業員がたくさんお金を稼げる状態になっていってほしいと思っています。事業の拡大だけでなく、単価アップや利益率アップといった細かいところも、少しずつ上向かせていきたいです。
AIは「相談相手」として使う
AIの活用については、とくに支店長クラスの従業員に、積極的に使うようにと伝えています。扱いの難しい部下がいるときなど、人間関係の相談相手としてAIに頼ってみるのもひとつの方法だと思うからです。SNSに掲載する文章もほぼAIに書いてもらっていますし、ノートでは「エース・リフォーム小説部」という形で、従業員のエピソードをもとにした物語をAIと一緒に制作して公開しています。営業の従業員にとっても、会社を知ってもらうためのツールとして役立っているようです。
編集後記
今回お話を伺って、印象に残ったのは「考えずに動く」という言葉でした。私自身、将来の選択肢を前にすると、つい考えすぎて動けなくなってしまうことが多いので、考え抜くことが必ずしも正解ではないという視点は新鮮でした。とくにロサンゼルスでの経験から「人を大事にする」という考えに変わっていったお話は、規模の大小に関わらず、組織をつくるすべての人に通じるものがあると感じます。従業員のためを思うことが結果的に会社を成長させるという考え方は、これから社会に出る私たちにとっても、大きなヒントになるはずです。挑戦を後押しされたような、勇気をもらえる取材でした。