インタビュー

「絶望するな、世界は一つじゃない」―2代目として継いだアナログ企業を、この2年半で変えてきた軌跡

「絶望するな、世界は一つじゃない」―2代目として継いだアナログ企業を、この2年半で変えてきた軌跡
PROFILE
株式会社エイ・エム・シィ 代表取締役
森下 直樹

血のつながりのない2代目としての船出

先代からのバトンタッチ

私たち株式会社エイ・エム・シィは、産業用フィルターの製造販売を手がける会社です。今期で33期目を迎えていますが、この会社を立ち上げたのは私ではなく、先代の社長でした。私は2代目にあたりますが、先代と血縁関係があるわけではありません。もともとはまったく違う業界で仕事をしていたのですが、先代が病気を患い、後継者を探しているタイミングでご縁があり、今の代表になりました。就任してから、まもなく2年半になります。

そういった経緯なので、いわゆる「創業秘話」のようなエピソードは、私自身には語れません。先代は前職で、繊維系の会社に技術者として勤めていました。その知見を生かして、産業用フィルターをつくる会社を立ち上げたいと独立したのが始まりです。当時50代だったと聞いています。

ファブレスから始まった33年

会社を立ち上げた当初は、工場を持たないファブレスの設計会社だったそうです。フィルターの材料や形状を設計し、実際の製造は他社に委託するところからスタートしました。その後、自分たちで工場を建て、製造も内製化して、今の33期に至っています。事業内容としては、一般的には産業用フィルターの製造販売という説明になります。

アナログな中小企業を、この2年半で変えてきた

台帳とカーボン用紙の会社だった

私が関わり始めたころは、典型的な中小企業でした。社員は工場を含めて30人ほど。本社は千葉県の柏、工場は茨城県の稲敷にあり、車で1時間ほど離れています。よくイメージされるような「みんなが1つの町工場に集まっている」という会社ではありませんでした。

先代は昭和ならではの職人気質だったのだと思います。パソコンやコンピューターへの不信感があり、業務はほぼすべて手作業。私が入った当時、会社のメールアドレスは1つしかありませんでした。お客さまの中にも、いまだにファックスで注文をくださる方や、メールをほとんど使わない方がいらっしゃいます。デジタル化どころか、パソコンさえ使っていなかったというのが正直なところです。すべて台帳で管理していて、カーボン用紙を使った複写伝票で手書き対応をしていたと知ったときは、私自身も驚きました。

パソコンとスマホから始めた変化

そこからは、当たり前のことですが、効率化に取り組んできました。まずはパソコンを導入し、ガラケーだった社員にはスマホを持ってもらう。大げさな「デジタル化」というより、地道な積み重ねです。2年半経った今では、AIの知見を持つ社員も加わり、ホームページも自前で2週間ほどでつくれるところまで来ました。

苦労というより、変化だったと捉えています。中小企業の製造業と聞くと、高齢化した職人ばかりの町工場をイメージされるかもしれませんが、実際はまったく違います。工場も清潔ですし、若い社員も多い。社員の平均年齢は42歳で、20代から70代まで幅広い世代が活躍しています。特に工場では、この1年ほどで20代の若手社員が多く入社しており、全体的に若々しく活気のある職場環境となっています。

本社をカフェのような空間に

今年の1月には、本社1階の事務所を大幅にリノベーションしました。固定席とフリーアドレスを組み合わせたつくりで、緑を多く取り入れ、コーヒーマシンや冷蔵の軽食も置いています。オフィスの中に、ちょっとしたカフェのような時間が生まれるようにという意図です。

人が集まる会社をつくるために大切にしていること

条件・環境・やりがいの3つ

中小企業にとって、まず「人が集まる会社」であることが欠かせません。そのために大事だと考えているのは、大きく3つです。1つ目は働く条件、当然ながら給与も含まれます。2つ目は働く環境で、これは物理的な環境と心理的な環境の両方を指します。3つ目は、仕事のやりがいと、そこで身につくスキルです。

物理的な環境については、今回の本社リノベーションもその一環です。心理的な環境というのは目に見えにくいものですが、パワーハラスメントやセクシャルハラスメントのような圧がかかる状態は良くありません。私が重視しているのは、オープンであることと、公平であることです。えこひいきがあったり、誰かに負担が偏っていると感じさせないよう、透明性のあるカルチャーをつくっていきたいと思っています。

プロフェッショナルが集まるチームでありたい

私自身は外資系企業を渡り歩いてきた人間なので、1つの会社にずっと勤め続けることが前提だとは思っていません。だからこそ、今この会社にいる社員それぞれが、自分の得意分野をしっかり積み上げてほしいと考えています。将来、転職やチャレンジを望むのであれば、それができるだけの実力を、この会社の中で培ってもらいたいのです。

会社に依存するのではなく、それぞれがプロフェッショナルとして独立できるくらいの実力を持ち、そのプロたちが集まって仕事をしている。そんなカルチャーになれば、かっこいいなと思っています。イメージとしては、映画「ミッション・インポッシブル」のように、それぞれが得意技を持つ人たちが集まって、何かを成し遂げていくチームです。

20代・学生のみなさんへ

得意なことは、やってみてから分かる

私が働き始めたのは1990年代ですが、そのころと比べても世界は大きく変わりました。「今の若者は」という言葉は、古代ローマの時代から言われ続けているそうです。それでも私が伝えたいのは、会社にぶら下がってクビにならないように過ごすのは、あまり面白くないだろうということです。

最初から「これが得意だ」と分かっている人は、そう多くありません。私を含めて、たいていの人は、やってみた結果として「これが得意だったんだ」と分かっていくものです。同じ会社に居続ける必要はないし、どこかに執着しすぎる必要もありません。ただ、どこにいても「これは少しできるかもしれない」ということを、少しずつ積み上げていくことが大切だと思っています。

時間を味方につける

これは資産形成にも通じる考え方です。資産家でもない限り、私たちが持っている唯一のものは時間です。20代のうちから月に5,000円でも1万円でも積み立てて投資をしていれば、40年後には数千万円、あるいは1億円ほどの資産になっているかもしれません。そこには複利の力が働いています。

お金だけでなく、経験やスキルも同じように複利で積み上がっていくものだと考えています。いろいろな人と話し、いろいろな経験を重ねる中で、「この線がいいかもしれない」と感じたことを地道に続けていく。10年経ったころには、それなりにできるようになっているものです。

そこに、今の時代ならではのAIという変化が加わります。産業革命以来の変化だと言う人もいるくらいで、私自身もそのくらいの規模の変化なのではないかと感じています。それを味方につけることもできますし、人生そのものを、AIだけに偏らせる必要もありません。

世界はひとつじゃない

大切なのは、世界がひとつしかないと思い込まないことです。ひとつの世界しかないと思ってしまうと、そこでうまくいかなかったときに、すべてが終わったように感じてしまいます。でも実際には、世界はいくつもあって、その中から自分が何かを選び取っている、あるいは自然とその世界に入っていっているだけなのだと思います。

スティーブ・ジョブズが大学の卒業式で語った、点と点がつながって線になるという話がありますが、あれは後から振り返れば当たり前のことです。過去の選択の延長線上に、今がある。あのとき違う選択をしていれば、違う結果になっていただけの話で、どちらが良かったかは分かりません。

よく成功者の本が並んでいますが、成功は真似できないと言われています。一方で、失敗にはある程度共通したパターンがあると言われていて、成功に学ぶより、失敗から学ぶ方が再現性は高いのかもしれません。世界はひとつではないのだから、良くも悪くも絶望する必要はないし、かといって無頓着になる必要もない。それが、私からのメッセージです。

編集後記

今回、2代目として会社を継がれた森下さんのお話を伺い、アナログな会社を地道な積み重ねで変えてきた過程がとても印象的でした。台帳とカーボン用紙で管理されていた会社が、2年半でパソコンやAIを取り入れるまでに変化したというお話からは、大きな改革も日々の小さな一歩の積み重ねなのだと感じました。「世界はひとつじゃない」という言葉は、就職活動やキャリアに悩む学生にとって、心強いメッセージになるのではないかと思います。貴重なお話をありがとうございました。