医療とは無縁だった学生時代
福岡の喫茶店が原点
大学は福岡だったんですけど、学生時代はとにかく読書と音楽鑑賞と映画鑑賞に夢中で、当時は医療の世界に進むなんて考えてもいなかったですね。授業が終われば本を読んだり映画を観たりして過ごしていて、いわゆる「将来のキャリアを見据えて動く」みたいなタイプではなかったです。
アルバイトは繁華街の喫茶店と、小学校の警備員。プール監視の仕事もやっていて、どれも学生時代を通してずっと続けていました。振り返ると、仕事の内容はまったく違いましたが、それぞれの現場でいろいろな人と関わった経験は、自分の視野を広げてくれたように思います。
医療業界を意識した勉強をしていたわけでもなく、関連する仕事を目指していたわけでもありませんでした。当時は医療との接点もほとんどなく、将来その分野で何かを成し遂げたいというビジョンはまだ見えていませんでしたね。
旭化成への入社
就活ではビール会社などの発酵関連企業も受けていました。大学でバイオ系を学んでいたこともあって、学んだことを生かせる仕事ができればいいな、という感覚があったと思います。当時はバイオ関連の就職先も今ほど多くなくて、選択肢は限られていました。
内定した旭化成では当初、合成ゴムや化成品を扱う営業職からキャリアがスタートする予定でした。「バイオの採用枠が埋まっているから、まずは営業からスタートしてほしい」という話で、当時の私は職種に強いこだわりがあったわけではなく、自然に受け止めていました。ところが、実際に配属されたのは、医療機器の研究拠点でした。正直、まったく想定していない配属でしたが、振り返ると、それが今の仕事につながる最初のきっかけだったのかもしれません。本当に、人の歩む道というのはどこで変化するかわからないものですね。
大学時代に、自分の専門だけに閉じこもらず、いろいろなものに興味を持つ姿勢が自然と身についていたのだと思います。振り返ると、それが今のキャリアの土台になっているなと感じます。
研究開発から社長へ
一貫して製品開発に携わった
入社してからずっと、研究開発・製品開発の仕事を中心にキャリアを積んできました。製品の研究開発では、それを実際に使う医療現場との接点を持ちながら、海外を含むさまざまなフィールドで経験を重ねてきました。2025年4月には社長を任されることになりましたが、振り返ると、一貫して「ものづくり」と「医療現場」をつなぐ仕事に携わってきた、それが私のキャリアの特徴なのかもしれません。
与えられた環境に飛び込み、その中で成長できた
実は過去に何度か海外駐在を経験しているのですが、最初の赴任当初は、英語もほとんど話せない状態でした。内心はかなりの不安でしたね。ただ、現地で生活し仕事をするなかで、少しずつ英語でのコミュニケーションにも慣れていきました。振り返ると、自分が変わったというよりその環境に身を置いたことで自然と成長できたのだと思います。環境が人に与える影響の大きさを実感した経験でしたね。
信頼関係を築く難しさ
一番苦労したのは、言語そのものよりも、ビジネスレベルでのコミュニケーション能力が追いつかないということでした。日常会話ができるようになっても、交渉の場や技術的な議論になるとまったく足りない。海外の企業との信頼関係をどうやって築いていくか、そこが本当に難しかったですね。
エンジニアとして重要なプロジェクトを任されているのに、言葉が十分に出てこない中で相手の信頼を得ていかなければならない。言葉で十分に伝えられない分、技術の成果、日々のやりとりで信頼を積み重ねていくしかありませんでした。あの経験は決して楽ではありませんでしたが、振り返ると自分を大きく成長させてくれた時間だったと思っています。
血液と向き合う医療機器メーカー
透析フィルターが出発点
弊社の事業は、腎臓の代替治療に使う人工透析のフィルターの開発・製造から始まりました。現在の中核事業の一つが「アフェレシス」です。あまり聞き慣れない言葉かもしれませんが、血液から病気の原因となる特定の成分を取り除く血液浄化療法で、難病治療などでも活用されています。旭化成メディカルは、こうした血液浄化技術を強みに事業を展開してきました。
加えて、集中治療領域も将来に向けた重要な柱として育てています。私たちは血液に直接触れる製品を数多く扱っているので、品質への要求は非常に高い。その期待に応え続けることが、ものづくりの根幹だと思っています。
品質と安全性が最大の強み
弊社の強みは、やはり品質と安全性だと思っています。医療機器は小さなトラブルでも患者さんに大きな影響を与えかねません。だからこそ、血液適合性や使いやすさも含めて、安心して使っていただける製品づくりを徹底してきました。それが長年評価を頂いている理由の一つだと思っています。
世界の患者に届けたい
海外展開のその先へ
私が目指しているのは、日本だけでなく世界中の患者さんに私たちの技術を届けることです。その実現に向けて、海外拠点を軸にした事業展開を進めています。
現在は欧州や中国に事業基盤があり、これらの地域での更なる成長に加えて、今後は医療需要の拡大が見込まれるASEAN市場にも力をいれていきたいと考えています。
人口規模や医療ニーズを考えると、私たちの技術で貢献できる患者さんはまだ数多くいるはずです。そうした可能性が、海外展開を進める原動力になっています。
そして将来的には、世界最大級の医療機器市場であるアメリカへの挑戦も視野にいれています。過去に一度撤退した経験がありますが、私たちの技術を必要としている患者さんがいる限り、再びチャレンジする意義はあると考えています。
乗り越えるべき経営課題
海外展開を進めるうえでの課題は、大きく3つあります。人材の確保、物流インフラの整備、そして生産性の向上です。特に海外市場で安定して製品を供給するためには、物流体制の強化が欠かせません。また、生産性向上に向けては、AIの活用も重要だと考えています。ただ限られた経営資源の中で何を優先するかは常に考えなければいけない。
まずは、海外展開の成長戦略として推進し、その実現を支える人材確保や業務効率化にも取り組んでいきたいと考えています。
人を育て、組織をつくる
新しいことに挑戦できる人、未知の環境でも飛び込める人材を求めて
海外事業を伸ばしていくには、異なる考え方や文化を持つ人たちと協働できる人材が欠かせません。そういう未知の環境にも自分から飛び込み、そこで新しい価値を生み出していけるような方と一緒に働きたいと思っています。
新卒もキャリアも、どちらも大切です。経験豊富な人材を迎えることと、日本で育った人材を海外に送り出して成長してもらうこと。その両方を進めていきたい。ものづくりに興味があって、医療に貢献したいという思いを持っている方であれば、経験以上にその意欲を大切にしたいと思っています。
2027年4月、完全独立へ
弊社は旭化成からのカーブアウトを経て、現在は独立した会社としての体制づくりを進めています。これまでは旭化成グループの採用基盤を活用してきましたが、今後は自社として採用や人材育成の仕組みをさらに強化していく段階にあります。
2027年4月1日には新社名「株式会社ミライフケア」として新たなスタートを切る予定です。日本国内の従業員数は約1000名です。新卒採用は年間10名から20名程度を想定しており、今後の成長を支える人材との出会いを大切にしていきたいと考えています。
独立によって経営の自由度はさらに高まります。これまで培ってきた血液浄化技術を強みに、よりスピーディーに意思決定を行いながら、国内外の患者さんへ新たな価値を届けていきたいと思っています。
命に関わる仕事だからこそ
「あなたのデバイスで救われた」
医療現場で医師や患者さんと接していると、医療に向き合う真摯な姿勢に触れる機会がたくさんあります。そのたびに、自分たちが手がけている製品の責任の重さを実感します。
忘れられない話があります。デバイスの日本導入を担当した社員が、ある医師から「日本に導入したこのデバイスが患者さんの治療に役立った」と電話をいただいたことがあったそうなんです。初めての症例だったこともあり、その話を聞いたときは、自分たちの仕事が確かに医療現場や患者さんにつながっていることを改めて実感しました。
自分たちが導入した製品が、実際の医療現場で使われ、患者さんの力になっている。その実感が得られることはこの仕事の大きなやりがいだと思っています。
編集後記
稲留社長のお話を伺って印象に残ったのは、「医療に携わるつもりはなかった」というスタート地点から、研究開発ひとすじにキャリアを重ね、いまや世界中の患者さんに治療を届けようとされている、その一貫した歩みです。とくに、海外赴任でほとんど英語が話せない中から信頼を勝ち取っていったエピソードには、挑戦することの大切さを改めて教えていただきました。AI活用や物流整備など中堅企業ならではの経営課題にも真正面から向き合いながら、2027年の完全独立に向けて新たな一歩を踏み出す旭化成メディカル。これからの展開がとても楽しみです。