教育学部から、住宅業界へ
熱中したことは特になかった
大学時代は正直に言うと、熱中していたことは特になかったんですよね。もともと学校の先生になろうと思っていたので、教育系の勉強を中心にしていました。建築とはまったく関係のないところからのスタートです。
父はすこし変わった人間で、いろいろな事業をやっていたのですが、「どうせ大学を出たら仕事をバリバリしないといけないんだから、大学時代は遊びなさい」と、いつも言われていました。だからアルバイトもそれほどしていなくて、お金がほしいときに単発でやるくらい。一番長く続いたのは、プールバー(ビリヤードをしながらお酒を飲めるお店)で3か月ほど働いたことでした。
給料の差で進路を決めた
教育学部から就職活動をするのは、当時としても珍しいことでした。ただ、あの時代はバブルで、学校の先生の給料がとても安かったんです。反対に証券会社やハウスメーカーの給料がとても高いという話題があって、証券とハウスメーカーを中心に就職活動をしていました。当時の給料で5~6万円ほどの差があって、いまでいう10万円くらいの感覚に近いと思います。絶対にそちらのほうがいいなと思って、決めました。
積水ハウスで学んだ、住宅営業のいろは
バブル期の新人時代
最初に就職したのは、積水ハウスという会社です。ちょうど入社した年が創業30周年目で、新卒採用をとても強化していた時期でした。ブラックのようなイメージはまったくなくて、殴られるようなこともいっさいなかったですね。
私の部署は注文住宅だったので、総合展示場に来場されたお客さまを接客して間取りを決めて契約し、そこから設計やコーディネーターにつないでいくという流れでした。バブルだったこともあって、1年目からかなり売れていましたし、営業自体もそれほど手を抜かず、早く仕事を終えて仙台の国分町に飲みに行くような、楽しい日々を過ごしていました。
石巻での単独配属が転機に
積水ハウスには12年ほどいて、28歳のときに全国で最年少の店長にならせていただきました。きっかけは、たまたま石巻というエリアに配属されたことです。東日本大震災で津波の被害があったあのエリアで、単独の展示場だったんですよね。単独の展示場だと、ある程度気に入って来場されるお客さまが多いので、そのぶん成約率を高く受注できたのが、うまくいった理由のひとつだと思います。
そこで学んだのは、お客さまの本音を引き出す関わり方です。人は何かしらの目的があって家を建てます。何のために家を建てるのか、なぜ家を建てようと思ったのかを理解して共感してあげることで、ほかの営業には言っていないような本音を話してもらえるようになるんですよね。そうすると提案にも差が出ますし、関係性もどんどん近づいていきます。この人に任せたほうがいいと思ってもらえる。そんな流れができていました。後輩たちにもこのノウハウを伝えたところ、みんなよく売れるようになって、それでエリアを任せてもらえるようになった経緯です。
ヘッドハンティングを重ねた5年間
保険業界への転職
石巻でのやりがいがあった一方で、だんだん組織の中で生きていくのが難しくなってきて、独立を意識しはじめました。そんなときにヘッドハンティングのような形で声をかけていただき、プルデンシャルへ移りました。保険はもう天井知らずだと聞いていたので、めちゃめちゃ稼いでやろうという、少し血気にはやったような転職でした。
5年ほど保険の仕事をしましたが、正直まったく面白くなかったです。バックには積水ハウス時代の人脈もあったので、稼ぐこと自体には苦労しませんでした。ただ、入院や死亡といった保険金請求のショッキングな出来事に立ち会うたびに、これは住宅とはまったく逆の仕事だと感じていました。住宅は未来をつくる仕事ですが、保険はそうではないんですよね。
経営を学んだ、父の死という出来事
40歳を前にして、自分で会社をやりたいという思いが強くなっていたころ、父が亡くなりました。うちの母は継母で、相続で揉めてしまったんです。この出来事をきっかけに、住宅業界における経営のあり方について、深く学ばせてもらうことになりました。
そこから、埼玉の会社で統括部長を経験したのち、 神戸の会社に呼んでいただき、社長室長のような立場で経営全般と売上戦略を担当しました。その後は奈良の会社で住宅事業部の経営全般に携わり、いずれはトップに立って運営したいと思ったタイミングで、最終的にはヘッドハンティングという形で社長に就任することになりました。
あったか子育て応援住宅を、長野で
子育てしやすい家は、老後も安心な家
現在はあったか子育て応援住宅として、注文住宅事業をメインにおこなっています。子育て応援住宅という名前のとおり、子どもは宝であり、子どもが元気によく育つことが日本の経済の活性化にもつながる。そんな家づくりの基盤になれたらという思いから、この事業をつくりました。
もうひとつ大切にしているのが、子育てに適した家は、実は老後になってからも安心して住める家になるという考え方です。子どもはちょっとした高低差でつまずいたりしますが、子どもが住みやすい家は、年をとってからも住みやすい家に必ずつながります。幼少期から老齢期まで、誰もが安心して暮らせる家づくりを根底のコンセプトにしています。
まだまだ小さな会社なので、長野県の松本周辺をしっかりテリトリーとして、そこで売上を伸ばしていくという考え方でやっています。
大手より安く、同じものを
大手ハウスメーカーさんは、企業母体も社員も多いぶん、固定費がかかります。総合展示場への出店やカタログの制作にも、相当なコストがかかっているんですよね。同じものであっても、弊社なら2,000万円で建てられるものが、大手さんだと3,000万円ぐらいになる。そういうことが実際に起きています。それでもみなさんが大手を選ぶのは、コマーシャルがあって安心だ、会社が大きいから安心だという、安心感を求めているからだと思います。ただこれからは、質を求める時代がくるはずです。
弊社では、ひとりの設計担当が30棟ほどの現場を見られる仕組みをつくっています。選ぶものや間取りをある程度固定化することで、効率化しているんです。大手さんは自由設計が売りなので、ひとりの担当が10棟ほどしか見られません。それだけで社員を3人分増やさないといけなくなります。効率化を進めて、そのぶん価格を抑えるという考え方で展開しています。
間取りにもこだわっていて、子どもと対面できる対面キッチンをかならず設けたり、キッチンから洗面脱衣室までの家事動線を一直線にしたりしています。食器洗い乾燥機も、通常の4人家族用ではなく大型タイプを標準採用したり、浴室を自動で洗ってくれる設備を取り入れたりと、家事の効率を高めて家族の時間を増やしてもらう提案をしています。こういう設備は本来もっと提案したいものですが、価格が高くてなかなか難しいのが実情です。そこを業務効率化によって、皆さんの手が届く金額にしていく。これが、小さな会社だからこそできることだと思っています。
家が建てづらい時代に、できること
値上がりは業界全体の課題
資材の高騰は正直に感じています。ただ、値上がりしているのは弊社だけでなく他社も同じなので、結局そこで差はあまり詰まっていないという感覚です。今後、家の価格が下がる見込みがあるかというと、正直厳しいと思います。オイルショックやコロナ禍を経て、落ち着いたからといって値段が下がったという経験は、これまでにありません。このまま高い水準が維持されていくのだろうというのが、正直なところです。
とはいえ、事業者としては受注を続けていかなければなりません。業務の効率化を高めて、価格を抑えていく努力が必要です。たとえば、注文を受けてから完成までいまは約1年かかりますが、これを半年サイクルにできれば、回転率は倍になります。多少利益は落としても、消費者にとってはお得な提供ができると考えています。
AIが変える住宅業界の勢力図
AIが住宅の現場にどう入ってくるかというお話ですが、私はこの1年ほどで大きく変わってくると思っています。ただ、大手ハウスメーカーさんはこれに対応しきれないはずです。すでに多くの社員を抱えているので、業務が効率化されたときに、その社員をどうするのかという問題が必ず出てくるからです。AIの技術が進めば進むほど、少人数の企業のほうがより活性化していくと感じています。
学生へ伝えたいこと
大きな会社の歯車になるより
これからの就職活動では、安定や安心、福利厚生といった目線で会社を見る人が多いと思いますが、業務がどんどん効率化されていく中で、人の存在価値は薄れていくケースも出てくるはずです。大手に入って、その中のひとつの歯車になってしまったら、それで終わってしまうかもしれません。それよりも、キラッと光る小さな会社を見つけて、その会社を大きくするために自分が活躍するんだという目線で会社を探すことが、とても大事だと思っています。
小さな会社に入って、お客さま目線で改善を重ねながら、大きな売上をつくっていくチャンスは、いまものすごくあります。そこで一生懸命に頑張ったり、ノウハウを学びながら独立を目指したりすることも、大手より小さな会社のほうがしやすいはずです。弊社自身も、2030年までに30棟ほどの規模から200棟まで持っていくことを目指しています。そのために、いいものを安く提供する方法を、これからも追求していきたいと考えています。
いい住宅会社の見分け方
家を建てる会社を選ぶときは、営業担当に「御社はどんな思いで家をつくっているんですか」と聞いてみてほしいです。この質問に準備なく答えられる営業は、実はあまりいません。そこで詰まってしまう人もいれば、自分の思いや会社の思いをきちんと語れる人もいます。そう答えられるように教育している会社は安心だと思いますし、逆に適当に答えるような会社では、家を建てないほうがいいと思います。
自分にしかできないことを
祖父が大工をしていて、小さいころにいろいろな現場に連れて行ってもらった記憶があります。そこから自然と、住宅というものに導かれていった気がしていて、学生時代に戻ってもまた住宅の仕事を選ぶと思います。20代のころ、お客さまから娘さんをたくさん紹介していただいたこともありました。新築祝いの席で上座に座らされ、最初の挨拶をさせてもらうこともありました。20代の若造にそんな経験はなかなかできません。これが仕事をする価値なんだと、強く感じた出来事でした。
働くというのは「傍(はた)を楽にする」ことだと、昔の上司によく言われました。周りの人にいかに楽をしてもらうか、楽しんでもらうかが仕事なのだと。この考え方が、私の原点になっていると思います。AIがどんどん発達して人の価値が失われていくような時代だからこそ、自分にしかできないことや自分の思いを、どれだけ形にできるかが大切になってくるはずです。お金は儲けたい、金持ちになりたいという思いも大事かもしれませんが、その前にやるべきことを、いつも考えて仕事をすることが大切だと思います。
最後にひとつ伝えたいのは、自己肯定感についてです。自分の価値を、いちばん認めてほしいのは自分自身なんですよね。私自身も、いつも自分には価値があると思い続けています。失敗もたくさんしてきましたが、まずは自分で自分を認めてあげること。そこから始まるのだと思います。
編集後記
今回のインタビューを通して、印象に残ったのは「安心よりチャレンジ」という言葉でした。就職活動では、つい福利厚生や安定を重視しがちですが、AI時代においては、自分にしかできない価値をどう見出すかが問われているのだと感じました。積水ハウス、保険会社、そして複数のヘッドハンティングを経て、いまの経営に至るまでの道のりには、遠回りに見えて実はすべてがつながっているような、不思議な一貫性がありました。学生起業に興味がある身としても、小さな組織だからこそできる挑戦のかたちに、大きな刺激をもらいました。