パソコンと音楽に明け暮れた学生時代
音楽が好きだった
学生時代は千葉工業大学の機械科にいました。機械いじりが好きだったのでその学科を選んだんですが、学生生活はずっと音楽に明け暮れていましたね。
バンドマンというと華やかなイメージがあるかもしれないですが、私は打ち込みで粛々と音楽と向き合っていたタイプです。当時出始めだったCubaseという打ち込み用のソフトを使って、ライブハウスに行ってスネアの音を録ってきたり、いろいろなスネアの音を合わせてニヤニヤしたり。かなり地味な感じでした。学業として誇れることはなかったかなというのが正直なところですね。親に申し訳ない。
ネット黎明期の就職活動
就職活動でインターネットを使い始めたような、そんな時代なんです。私は今46歳なので、もう25年くらい前のこと。当時、CADという設計図をパソコンで描くソフトが今後流行っていくだろうという話があって、じゃあパソコンでも勉強するか、くらいの感覚で就職先を探していました。本当に何もない状態で就職活動をしていたなと思います。そこからパソコンの面白さに目覚めていったのかなと。
祖母の認知症と医療ITの可能性
医療とITの出会い
入社後に配属されたのが、医療機関に少し携わるような部署でした。医療の現場って、今でこそITが入ってきていますが、当時はパソコンやインターネットとは全く無縁の世界。ここにはもっと可能性があるなと感じていたんです。
もうひとつ大きかったのが、祖母が認知症になったということ。私は祖母とずっと一緒に住んでいたということもあって、家族としてとても悲しい思いをしました。認知症というものを身をもって経験して、こういった方たちをいかに減らすかにチャレンジしてみようと。
パソコンの世界に入って、ヘルスケアの産業としての可能性も見えて、自分自身の実体験もあって。それが今の事業につながっていると思います。
iPhoneでのアプリ開発と起業の決意
会社を設立したのは2012年ですが、その5年くらい前にiPhoneが登場しました。iPhoneでアプリをつくれば、いろいろな人たちの役に立てるなという漠然とした思いがあって、個人でいくつかアプリをつくったんです。ただ、事業として広げていくには個人ではなく法人にしないと認められないし、広がっていかない。フリーランスとして活動もしましたが、やはり限界を感じて起業に踏み切りました。
「脳にいいアプリ」の誕生と進化
詰め込みすぎた4年間
2012年に創業してから2016年までの4年間で、お医者さんや大学の先生にお話を聞いて、いろいろなものを詰め込んだアプリをつくってしまったんですよね。2016年にベータ版として高齢者の運動施設に持っていったんですが、まあ使えなくて。情報が多すぎてみんな混乱してしまう。
そこから、いかにシンプルにするか、いかにそぎ落とすかということにシフトしました。ユーザーさんの意見と向き合いながら改修していく。それが2016年にずっとやっていたことです。弊社のアプリは一般的には少しダサく見えるかもしれませんが、高齢者の方にしっかり使っていただけるよう向き合った結果、今の形に集約できたのかなと。ユーザーさんと向き合う時間はとても大事でしたね。
学術的な裏付けが信頼を生む
2018年に第一生命保険さんに採択していただいたことは大きな転機でした。きっかけは、北欧にあるカロリンスカ研究所のFINGER研究です。歩くこと、食事管理、血圧管理といった複合的な活動によって認知症の予防効果が得られたという研究で、弊社のアプリの内容とかなり合致していたんです。
この研究は、弊社が開発を始めてから発表されたものでした。学術文献を追いながらアプリを開発してきた結果、たどり着くところが同じだったんですよね。第一生命保険さんもFINGER研究の成果に注目されていて、この研究内容を仕組み化しているサービスはないかと探されるなかで弊社を見つけていただいた。学術的なものをしっかり仕組み化するということが、いろいろな方々に認めてもらうには大事な要素なんだと、そこですごく感じました。
自治体との共創で広がる健康と地域経済
八王子市との出会い
普段歩いたり食事管理をしたりするとポイントが貯まり、地域の店舗で使える。そういう仕組みを自治体さんと一緒につくりたいと考えていたんです。
2020年に経済産業省の関東経済産業局が主催するガバメンチピッチがありました。自治体が課題を提示して、スタートアップに提案を求めるという場です。そこで東京都の八王子市が、弊社の考えていることとまさに同じ課題を掲げていました。高齢者が増えていくのに介護する人材は減る、介護予防の場にも毎回同じ人しか来なくて母数が増えない、それでは焼け石に水だからICTで広げていこう、参加者を増やすためにポイントを付与して経済的にも循環させようと。弊社の提案が採択されて、健康アプリとポイントの仕組みが八王子市に導入されていくことになりました。
弊社だけではサービスを広げるのはなかなか難しかった。自治体さんと同じ方向を見て、同じ課題に取り組むことで、ようやく広がっていったというのが弊社のやってきたことです。
持続可能な経済モデルへ
自治体さんに採択していただくと、アプリやサービスを使う人が純粋に増えていくので、その方向性は崩したくないと思っています。ただ、企業である以上、収益がないとサービスの維持も改善もできません。
今はアプリを使っていただいている市民の方にポイントを付与して、それを市内の店舗で使えるという仕組みはできている。ただ、ポイントの原資は自治体の税金です。税金が未来永劫使われるというのは現実的に難しい。だから弊社としては、アプリのユーザーさんと市内の店舗さんや健康関連の企業さんをつないでいくウェルネスプラットフォームをつくっているところです。
弊社のアプリには、バイタルデータや歩行速度、認知機能、食事の傾向、興味関心といった情報が蓄積されていきます。そのデータをもとに地域の企業さんや店舗さんとユーザーさんをマッチングしていけば、広告や販売の収益が生まれる。その収益の一部をポイント原資にあてていく。健康でありつつ経済性もあって、そこに雇用も生まれればいいなと。持続可能な社会をつくりながら経済も回していくということを、いろいろな自治体さんと全国で進められればと思っています。
ヘルスケアの未来を海外に
日本の知見を世界へ
正直に言うと、ヘルスケア事業をやっている企業は、どこもあまりうまくいっていないんですよね。売上がそこまで高まるわけではない、ということが見えてきている。国内だけで続けていくと、なかなか夢が見れない世界だなと感じています。
2年半ほど前に北米でヘルスケアのアプリを出しました。ただやはり、アプリ単体では海外でも難しい。アプリで健康管理をして、そこで取れたデータをもとに、その人の暮らしを支える商品やサービスを紹介していく。その仕組みを地域の生活に落とし込んでいくことが重要だと考えています。生活に根付かないと届かない。日本のヘルスケアの知見を海外に出していくということは、弊社が今取り組んでいるなかで一番面白いことだと思っています。広げていかないと、なかなか夢は見れないですから。
学生へのメッセージ
自分の意志が事業になる
私は祖母の認知症を経験して、その辛さを色々な人にしてほしくないという思いで、この事業を続けています。私も家族ができて子どもができて。この子供が将来、医療費や介護費がどんどん上がっていく社会で暮らしていくことを考えると、この子を守るためにも医療費や介護費を圧縮しなければいけない。
例えば、お金のためといったこともモチベーションに繋がるかもしれないですが、それだけだとなかなか続かないと思うんです。お金のためだけではなくて、自分がやりたいことや目指していることを一生懸命に頑張っていくと、いろいろなものが見えてくる。自分の意志を持って進んでいくことが、やがて事業にもつながっていくのかなと思っています。
編集後記
遠山さんのお話で一番印象に残ったのは、「ユーザーさんと向き合う時間が大事だった」という言葉です。4年かけてつくったアプリを高齢者の方が使えなかったという経験から、そぎ落とすことにシフトされた判断力と柔軟さに、ものづくりの本質を感じました。また、ヘルスケア×地域経済×海外展開という三軸のビジョンは、社会課題の解決と事業の持続可能性を両立させるモデルとして非常に学びが多かったです。自分自身も、目の前の課題にどう向き合い、どう形にしていくかを改めて考えさせられるインタビューでした。