インタビュー

「いちかばちか」に賭けた独立 新卒10か月で辞めて選んだ道

「いちかばちか」に賭けた独立 新卒10か月で辞めて選んだ道
PROFILE
株式会社ICHIKABACHIKA 代表取締役
大河 陸

10か月で独立した理由

普通ではない選択

現在25歳になるのですが、もともとは新卒で入社した会社があり、そこで10か月ほど働いた後に独立しました。そもそも、その会社に入ろうと思った理由も、社内ベンチャー制度をはじめ、普通の会社にはない挑戦の機会がたくさんあったからなんですよね。もともと人と同じことをするのが好きではなく、人の下で働くことにも違和感を持つタイプでした。その性格を突き詰めていった結果、最終的に独立という選択になりました。

クリエイティブ事業の展開

動画とSNS支援

現在、弊社ではクリエイティブ事業を展開しています。具体的には、広告動画の制作とSNS運用代行をメインに行っています。広告動画では、オンラインサービスの広告動画を「UGC(ユーザー生成コンテンツ)」という形式で制作しています。
UGCとは、一般の方が撮影したような自然な動画表現のことです。あえて作り込まれた広告ではなく、リアルな体験に近い見せ方にすることで、より反響につながりやすくなります。SNS運用では、YouTube、TikTok、Instagramなど各媒体の特徴を理解したうえで、マーケティング視点でのコンサルティングから、動画撮影・編集まで一貫して支援しています。

民泊事業からの出発

独学で磨いた経験

こうしたノウハウは、どこかで体系的に学んだものではありません。最初に入社した会社はITベンチャーでしたが、大学2年生の頃には民泊事業を立ち上げていました。プログラミングは一切できない状態でしたが、社内ベンチャー制度を活用して、自分で事業を広げていったんです。SNS運用についても、起業してから自分たちで試行錯誤しながら、独学でノウハウを積み上げてきました。

目立ちたいという原点

埋もれない生き方

新しいことをゼロから立ち上げるのが好きなのかと聞かれると、たしかにそうだと思います。やっぱり、他の人と違うことをしないと埋もれてしまう。それが昔からすごく嫌だったんですよね。会社名にも、その考え方は表れていると思います。「いちかばちか」という少し変わった名前にしたのも、まず興味を持ってもらいたかったからです。ただ、実際に関わってみたら「しっかりしている」と思ってもらえる。そのギャップは大切にしています。礼儀や、人として筋を通すことは、むしろ誰よりも大事にしているつもりです。

仲間と築く組織

信頼で成り立つチーム

現在は、正社員3名、共同代表2名という体制で運営しています。もう一人の共同代表は、もともと新卒で入社した会社の上司でした。他のメンバーも、当時の内定者や、その上司の弟、内定者の友人など、以前からつながりのあるメンバーで構成されています。「友達同士で起業すると失敗する」とよく言われますが、原因を調べてみると、自分たちはそこを避けられていると感じています。関係性が近いからこそ、責任の所在を明確にすることや、必要な場面では上下関係を意識すること、腹を割って話し合うことを大切にしています。だからこそ、このチームでも成り立っているのだと思います。

ゼロからの起業経験

人脈なしの挑戦

これまでの苦労を一言で表すのは難しいのですが、幼少期の家庭環境は少し複雑でした。父親はいましたが、実質的には母親一人に育ててもらったような家庭でした。その経験が、自分自身の価値観やアイデンティティをつくる一つの要素になっていると思います。起業後の苦労で言えば、23歳で独立したこともあり、人脈も実績もない状態からどうやって売上をつくるのか、立ち上げ期が一番大変でした。

特に、人とのつながりをどう築いていくかという部分には本当に苦労しました。

次の成長への課題

25歳の壁

今の課題は、どうやって次のブレイクスルーを起こすかということです。紹介などを通じて事業規模は少しずつ広がっていますが、同時に「もっと上に行かなければ」という焦りもあります。「25歳なのに若いね」と言われるのではなく、「25歳に追いつかなければ」と思われるような存在になりたいんですよね。次のステージへどう進むのか、まだ完全には言語化できていませんが、そこを考え続けています。

身近な人から幸せにする

挑戦できる社会へ

この焦りは、自分の経営理念にもつながっています。偏見や差別、能力の違いによって挑戦する機会が失われることなく、挑戦したい人が平等にチャンスを得られる社会をつくりたいと思っています。そのためには、まず自分が幸せにできる人数を増やさなければいけません。大きな雇用を生み出せる会社に成長させて、まずは身近な人たちを幸せにする。それが、今の自分が最優先で取り組むべきことだと思っています。

教育への原点

母から受けた支援

もともと私は、お医者さんを目指していた時期がありました。母が看護師だった影響もあり、人に何かを与える仕事の魅力を感じていたんですよね。母一人で育ててもらいましたが、教育には惜しみなく投資してくれました。塾にも通わせてもらいました。一方で、それすら十分に受けられない子どもたちがいることに、高校生の頃から問題意識を持っていました。そこで、アフリカなどの貧困地域を教育によって豊かにしたい、という思いを持つようになりました。
ただ、実際に起業すると、目の前のキャッシュフローや社員のサポートに向き合うことで精一杯になり、将来の大きなビジョンを考える余裕がなくなっていきました。だから今は、まず身近な人を幸せにすることから始めたいと思っています。差別や偏見によって挑戦の機会が失われない社会をつくる。そのためにも、まずは自分の会社を大きくしていきたいです。

学生時代の自己投資

将来から逆算する

大学は大阪の大学に通っていて、ダンスサークルにも所属していました。当時は友達と飲みに行ったり、サークル活動を楽しんだりする普通の大学生活を送っていました。ただ、大学2年生頃から内定者アルバイトとして新卒の会社で働き始めたことで、少しずつ時間の使い方が変わっていきました。もちろん友達との時間も大切にしていましたが、以前ほど飲みに行く時間は減り、将来に向けた自己投資を意識するようになりました。振り返ると、学生時代に積み重ねた経験が今につながっています。お酒を楽しむことも大切ですが、将来から逆算して、学生のうちにどんな経験を積むかを考えることも大事だと思っています。

編集後記

大河さんのお話を聞いて、驚いたのは「焦り」の質でした。25歳という年齢を武器にするのではなく、追いつかれたくないと語る姿勢に、危機感の持ち方そのものが違うと感じました。学生時代の自己投資という言葉も、自分自身、サークルと勉強の間で揺れる身として、素直に刺さりました。目の前の一人を幸せにすることの積み重ねが、いつか大きな理想につながるという考え方は、これから社会に出る私たちにとってもヒントになる視点だと思います。