インタビュー

22歳で事業売却、24歳で会社売却。勝負の8割を決める環境の選び方

更新: 2026年5月31日
PROFILE
株式会社Next Paradigm2 代表取締役
大浴拓也

焦りから始まった学生時代


14連泊して何者かになろうとしたインターン時代

これを読んでいる読者の皆さんと同い年だった頃の話からさせてください。
実は僕、一浪しているんです。ずっと入りたかった大学に一浪した末に落ちて、後期入試でなんとか学費が自分で払える国立の大学に入ったんですけど、全然入りたい大学ではなかった。正直レベルを落とした、出遅れたという焦りが強かったです。
大学1年の夏にはもう「出遅れた分を取り戻さなきゃ」と思って、AIベンチャーでインターンを始めました。

きっかけはTwitter(現X)で見かけた「君もひと夏でAIエンジニアになれる」っていうアイデミー(2023年上場後、アクセンチュアにTOB済み)の社長のツイート。
プログラミングなんて全く触ったことなかったんですけど、これだ!と思って飛び込みました。志望校に落ちたっていう出遅れを”AIエンジニア”っていう肩書きで取り戻そうとしたんですね。

当時はまだアイデミーというサービスが立ち上がったばかり。30人くらいの規模で、めちゃくちゃ熱気があったんですよ。
そもそもみんながインターンになれるわけではなくて、、選抜試験として東大院で実際に使われる機械学習の講義資料を渡されるんですけど、それがもう難しくて。
プログラミングのプの字から始めた僕はオフィスに14連泊して、ほとんど住んでいるような状態で勉強しました(笑)。

でも、周りもみんな昼も夜もなく開発をしていて部活みたいな熱量で仕事に没頭していました。

一番最初の社会人経験で、圧倒的な熱量で昼も夜もなく働くのが当たり前だと思える環境に身を置けたことが幸運だったと思います。

「社長は超えられない」という気づきと起業の挫折

最終的には事業部長まで任せてもらえるようになったのですが、仕事でそれなりに結果を出せると、少し勘違いしちゃうんですよね。

自分なりに絶対にこうした方がいい!と思った提案でも、

最後は社長の判断一つでやらないことが決まる。それなら自分でやってやろうと思って、19歳の時に何を事業にするかも決めずに勢いで起業しました。

 

でも、現実は甘くなかったです。最初はサークルノリで当時流行っていたマッチングアプリを作っていたんですけど、「アプリがうまくいったらお金払うから!」って繋ぎ止めてた開発チームもどんどん空中分解していって。給料も払えないし、自分も役員報酬ゼロ。

会社として成立させることの難しさを、そこで思い知らされましたね。

 

紆余曲折を経て辿り着いたもの

 

赤字1000万からの大逆転と、国内最速のクラウドファンディング

初めてお客さんにお金を払ってもらえてサービスとなったのが、企業向け福利厚生サービスの「オフィス書店」です。

企業に毎月、クライアント企業のかかえる課題をテーマにしてビジネス書を貸し出すというシンプルなビジネスだったのですが、リリースして3ヶ月ほどでGMOさんやソニーさん、電通さん、Yahooさんといった大手企業中心に30社ほどの企業に導入いただけました。お届けするビジネス書を選定する過程で人事部の決済権を持つ方々と直接企業課題のヒアリングができる一方で、本をPRしたい出版社からは無料で献本をもらえる面白いモデルだったんですけど、本そのものを題材にしたサービスだったので収益化に苦戦して。

サービスとして求められている感覚がある一方で、累計赤字が1000万くらいまで膨らんで、投資家から預かったお金がどんどん溶けていくのを毎日肌身に感じていた時は、正直しんどかったです。

 

結局、元々の狙いの企業課題のヒアリングを通じて研修や人材を営業するという目的を、すぐに実現できる会社さんに事業売却としてお譲りしました。

売却が落ち着いて、「次、何をして投資家の方々にお金をお返ししようか。」そんな時にコロナ禍が始まって、オンライン診療が一時的に解禁されたんです。

「これからはオンラインで薬が処方してもらえるのが当たり前になる」と確信して、ピル特化のオンライン処方サービス『エニピル』を立ち上げました。

 

この事業は立ち上げから毎月売上が倍々成長して、打ち上げ花火を見ているようでした。その時、事業はどこの領域で何をするか(環境の選定)で勝負の8割が決まると実感しました。

しかし、今度は急成長ゆえの資金繰りに悩まされて。当時はまだまだ新しい資金調達方法

だった株式投資型クラウドファンディングにも挑戦しました。

結局、24時間で3000万円が集まって、当時の国内最速・最高額記録に。

その資金で一気にアクセルを踏んで、一部上場企業に会社売却。

株主として応援していただいた方々に恩返しをすることができました。

 

写真1枚から「思い出」を立体にする

今、手掛けているのが3Dフィギュア事業です。3Dフィギュアというのは、ワンピース

やラブブのようなIP(知財)がついたフィギュアではなく、思い出を形に残すためのフィギュアのことを独自に定義してます。

 

もともと3Dプリンターを触るのが好きというところから派生した事業なのですが、従来の3Dフィギュア製作って、何十台ものカメラがある大きな設備で実際にフィギュアにしたい人・ものをスキャンしなきゃいけなくて、お金も手間もコストも高くて一般人には縁遠いものでした。

 

「写真1枚からフィギュアが作れたら、もっと身近に思い出を残せるはず」

そう考えて、AIを使って写真から3Dモデルを起こす技術を確立しました。今は特にペットのフィギュアに注力しています。亡くなったペットや、大切な瞬間を形に残したいというニーズはすごく強くて。プリクラ感覚で、その場で自分たちのフィギュアが作れるようなサービスも構想してます。

キャラクターものではなく、思い出を形に残すためのフィギュアという新しい市場の先駆者になって、思い出フィギュア(3Dフィギュア)を飾ったりギフトにしたり、ということが当たり前になる未来を作りたいと考えています。

 

組織とこれから

社長との「距離」が一番近い、今がチャンス

今のフェーズは、まさにサービスが世の中に受け入れられてこれから伸ばしていくというタイミングです。今、弊社では一緒に事業を伸ばしてもらえるインターンを募集していますが、それは、入社した最初から直接、僕と仕事を通じたコミュニケーションを取れるポジションでの最後の募集です。

 

19でベンチャーに飛び込み20で起業して、これまで事業売却と会社売却を成功させましたが、インタビューでお伝えした通り、その過程では様々な苦労をしてきました。その時に得た知見をインターンとして入ってもらった人たちには仕事や雑談を通じて渡せるので、特に、将来起業したい学生や、ビジネス面で大きくスキルアップしたい学生にはすごく良い環境なんじゃないかなと思っています。(自画自賛ですが笑)

 

組織が大きくなればマネジメントレイヤーが厚くなり、僕とコミュニケーションを取るには組織内で昇進する必要がありますが、今はまだ僕が全部見られる。僕が社長のツイートをみて起業の世界に飛び込んだように、こういうチャンスをものにできる方とぜひ一緒に仕事をしたいと思っています。

 

編集後記

今回の大浴社長のお話を聞いて、一番印象的だったのは「環境が人を作る」という言葉の重みです。14連泊してまでスキルを習得したインターン時代や、19歳での起業、そして赤字1000万円からのエグジット。どのエピソードも凄まじい熱量ですが、それは常に自分を厳しい環境に置き続けてきた結果なのだと感じました。