岡山の山奥で育った
生まれ育ったのは、岡山の一番高い山の麓にある小さな村です。近所を歩けば、右も左もみんな同じ苗字。そんな閉鎖的で繋がりが強い環境で育った私が、まさか将来海外に行きコーヒーの世界で生きていくとは思ってもいませんでした。
大学生の頃はコーヒーも全く飲めませんでした。就職活動のときに意識したのは「実力主義で評価してくれる会社」ということだけです。何社か受けるなかで、大手コーヒーチェーンのオンラインテストを受けたところ、1万5千人の応募者のなかで上位数十人に入ることができ、そのまま入社を決めました。
大手コーヒーチェーンで9年、そしてメルボルンへ
「カップ1杯」にこだわらないと発展しない
大手コーヒーチェーンに9年間勤めました。働くなかで感じたのは、会社が発展していくためには、お客様に届ける「カップ1杯」のコーヒーの質を上げなければならないということです。そんなときに知ったのが、世界中からバリスタが修行にくる「カフェの聖地」オーストラリア・メルボルンの存在でした。世界一おいしいコーヒーがそこにあるかもしれない。そう思い、ワーキングホリデー制度を使ってメルボルンに行くことを決め、会社を退職しました。当時の社長が休職期間を1年くださったこともあり、恵まれたかたちでの挑戦になりました。
来豪3日目に仕事が決まった
メルボルンでは、現地で2年以上のバリスタ経験がないと就業できないと言われています。実際、履歴書を100件配っても仕事が決まらない日本人をたくさん見てきました。私は履歴書を配る代わりに、偶然的に訪れた焙煎所のオーナーに、渡豪の目的だけを英語で覚えて伝えました。「カップ一杯にとことんこだわった世界一のコーヒーを探しに来た 」と。それを聞いたオーナーが卸し先を紹介してくれて、来豪3日目に仕事が決まりました。
半年でラテアート世界大会優勝 、そして永住権へ
仕事が決まってから半年後、ラテアートの世界大会で優勝することができました。それを見ていた現地のオーナーが「店を作ってあげる」と言ってくれて、一緒に店を立ち上げることに。そこからワークビザ、そして永住権の申請まで進み、結果としてオーストラリアには7年間住むことになりました。
自分たちで立ち上げた店は、ありがたいことに人気店になりました。メルボルンでは、言葉の壁や文化の違いがあるのに、コーヒーを通して地元で感じたような深い繋がりを肌で感じることができました。ある日、お客様から「あなたの名前が商標登録されているみたいだけど知ってる?」と教えられたこともあります。オーストラリアの商標制度のあり方を実感した出来事でした。
祖父母のために、永住権を取り下げて帰国した
永住権を維持するには5年のうち3年は現地に住み続ける必要があります。当時、祖父母が90代になっていて、飛行機での長距離移動が難しくなっていました。「優勝したコーヒーを、日本の人にも祖父母にも飲んでもらいたい」という思いもあり、永住権の申請を取り下げて帰国することを決めました。2019年7月に帰国し、9月に会社を設立、そのわずか1か月後にはカフェをオープンしています。
2019年、大阪でPATHFINDER XNOBUを開業
創業のきっかけは、自分自身の経験にあります。メルボルンでは、英語も話せない自分が異文化のなかで生活し、多国籍なチームのメンバーとともに働き、暮らしました。そうした「自分が普段使わない言語を使って、多様なバックグラウンドの人たちと生活する経験」が 、自分にとって何より大きな財産になったのです。この経験を、日本の若い人たちにもしてほしい。そんな思いから、カフェとあわせてバリスタスクール、留学サポートの事業を立ち上げました。
6日間で就業率91.4%
現地のバリスタスクールは、受講までに1か月ほど待たされるうえ、期間も5週間ほどかかります。しかも教えている内容が10年以上前のトレンドのままで、これでは現地のカフェに就職するのは難しいと感じていました。そこで私が始めたスクールは、たった6日間のカリキュラムです。現地で2年の経験が求められるなか、卒業後2週間以内にほとんどの受講生が就業を決めています。これまでに1,000人ほどの卒業生がおり、就業率は91.4%を実現しました。現地のローカルカフェで働くと、日本人ワーホリ生が集まりがちなCityの日本食料理店と比較して給与も高く、勤務時にネイティブスタッフとコミュニケーションが取れるので英語力も伸びます。
コロナ禍が、カフェ監修事業を生んだ
2019年10月にオープンしたばかりの店は、翌年3月のコロナ禍で大きく落ち込みました。しかし、そのなかで気づいたのは、夜の営業ができない居酒屋が、昼間営業できるカフェ業態に参入する動きです。「カフェを監修したい」と思っていたところに、新卒で働いてた会社の先輩からメールが届きました。コロナで営業できずにいたホテル1階にカフェを作りたいので、手伝ってほしいという内容でした。
最初はマシンの紹介とトレーニングだけの予定でしたが、コンセプト、ドリンクメニュー、スタッフの採用、店舗の図面チェックまですべてを任されることになりました。この経験が生きて、その後もカフェの監修の依頼が増えていきました。自分でカフェを1店舗作るには初期投資として2,000万円ほどかかりますが、監修であれば初期リスクを抑えながら、監修費用や豆の卸し、定期訪問のトレーニングフィーといった継続的な収益をつくることができます。
そして、2019年11月にもう1社、会社を立ち上げ、長野県白馬五竜スキー場でも「LIFT UP COFFEE」というメルボルンスタイルのカフェを運営しております。海外からのお客様が9割を占める環境で、バリスタを目指す人たちが3か月ほど寮に入って経験を積んだのち、ワーキングホリデーへ旅立つという流れもつくっています。
これからは地方創生型のカフェを
出店オファーはすべて断ってきた
この2年ほどで、有楽町や二子玉川、神戸の百貨店など、都心一等地からの出店オファーを5、6件いただきましたが、すべてお断りしてきました。都心に出店して儲けることに、あまり意欲が湧かなかったからです。
岡山の防災公園という挑戦
現在関心があるのは、私が育った岡山の県北部のように 、人口が減り続けている地域をなんとかしたいという思いです。たとえば、岡山の防災公園。防災意識を高めるために市が作っている施設ですが 、田舎ではなかなか人が集まりません。そこにカフェを置いて、体験するとコーヒーがもらえるような仕組みを作れれば、社会貢献の意味合いを持ったカフェになるはずです。従業員数は13人という小さな会社ですが、地方の観光地や自治体と組みながら、その土地にお金が落ち、若い人が住み着くきっかけになるようなカフェを増やしていきたいと考えています。
編集後記
今回の取材で印象的だったのは、下山さんが「会社を大きくしたい」というより、「自分と同じように困っている人を助けたい」という思いを軸に事業を広げてこられたことです。都心の一等地からの出店オファーをすべて断り、岡山の防災公園のように、まだ光の当たっていない地域に目を向ける姿勢に、開拓者(パスファインダー)という社名の意味を強く感じました。学生団体としても、こうした地方への視点を持つ経営者の存在を、もっと多くの人に知ってもらいたいと思います。