大学の同級生4人で、地方に飛び込んだ
私が長野で農業を始めたきっかけは、本当にただ「楽しそうだな」「わくわくするな」という単純な思いからでした。
友人の誘いで移住した
そもそものきっかけは、大学の同級生4人での移住です。そのうちの1人に小海町出身の知り合いがいて、その地域でワインを特産品化しようとぶどうの試験栽培が始まっており、新しい栽培の担い手を募集しているらしい、という話が流れてきました。その話を聞いた友人が「めっちゃ面白そう、俺ワインやりたい。でも1人だとあれだしな、一緒にやろうよ」と、私たちに声をかけてくれたんです。結果として4人で移住し、ワインを作ることになりました。
ただ、最初に言い出した友人は2年目ぐらいで辞め、もう1人も3年ほどで辞めてしまい、今残っているのは私を含めて2人だけです。株式会社ノーマンズとして、この2人でぶどう栽培とワイン作りを続けています。
答えの出ない5年間
移住して去年で5年目、ようやく最初のワインができました。しかも、まだ少量です。
5年経って、やっと始まり
ワインはぶどう、つまり果樹なので、植えてその年に収穫できるわけではありません。だいたい3年から4年は収穫まで時間がかかりますし、収穫してからワインに醸造して寝かせて、おいしく飲める状態になるまでにも1年近くかかります。そういう意味で、移住5年目でやっと最初のワインを出せました。5年経ったとはいえ、私としてはまだまだ「やっと始まった」ぐらいの感覚です。
変数が多すぎる仕事
もともと私はWeb系の仕事をしていたので、農業は初めてのことばかりでした。特に果樹は、その土地に合っている品種かどうか、植えて4年、5年経ってワインになり、その味を確かめた時に初めて分かります。Webの世界にいた頃は、広告を出せば数時間単位でデータがたまり、分析して改善する、というスピード感でPDCAサイクルを回せていました。それが農業だと、5年やってみて初めて「この品種は合わなかったか」と分かる。しかも、去年のぶどうの質が悪かったのか、土地に品種が合っていなかったのか、その年の気候が難しかっただけなのか、判断材料も多すぎて、なかなか正解が分かりません。自然相手に、正解の分からない今をずっと生きているような感覚です。そこが苦労でもあり、楽しさでもあります。
雨が降れば畑作業はできませんし、晴れていれば暑くても草刈りをしなければなりません。天気や気候は自分ではコントロールできないもの。それと一緒に生活しなければならないのも、苦労といえば苦労だと思います。
町にひとつ、ワイナリーを
今年はセカンドヴィンテージをリリースしているところで、同時にサードヴィンテージのもとになるぶどうもしっかり育てています。おいしいぶどうを、質も量もこだわって作り続けることがひとつの目標です。
1億円の借金を覚悟する
その先のビジョンとして、町にワイナリーを作りたいと考えています。今はまだ自分たちのワイナリーがなく、委託醸造という形で別のワイナリーにぶどうを持ち込み、醸造してもらっています。もちろん丸投げではなく、研修として一緒に醸造に関わらせてもらい、私たちの意見も伝えながら進めています。
小海町がワインを特産品化しようとしているのにワイナリーがなくては、私たちのワインは特産品とは言えません。町の事業としても、私自身の思いとしても、まずは町にひとつワイナリーを作ることが次の目標です。資金としては1億円から1億5000万円ほどかかる見込みです。そろそろ覚悟を決めて、1億円の借金をしなければいけない、というところに立っています。
50年先を見据えて
もうひとつ取り組んでいるのが、小海町ワインプロジェクトです。町のなかの小中学校や高校、美術館、協力してくれる個人や法人に、10本単位でぶどうを植えてもらい、町のみんなで育てたぶどうから、ひとつのワインを作ろうという取り組みです。私がまだ小海町地域おこし協力隊としてぶどうを作っていた頃、町主導で立ち上げたもので、まだぶどうがワインになるところまでは到達していません。
いずれワインにすることができるようになれば、小学生に収穫してもらい、中学生にラベルを描いてもらい、高校生にどう販売していくかを考えてもらう。そんなふうに、みんなでひとつのワインを作れたらと思っています。12歳の子どもが収穫したぶどうのワインを8年間取っておき、20歳になったときに、その子が自分で書いたオリジナルラベルを貼ってプレゼントする、というのも考えています。
正直、私が生きている間に、ワインが小海町の文化として本当の意味で根付くことはないと思っています。ワインの木は100年以上生きるものもあり、30年、40年、50年と経った木からしか出せない複雑な味わいもあります。私が植えた木の樹齢が50歳になる頃には、私はもう80歳を超えていて、おそらくワイン作りは続けていないでしょう。だから、私の代で理想のワインが完成するとは思っていません。それでも、この地域を活性化させるいい循環を作れて、次の世代に継いでくれる人が現れて、それがまた繰り返されていく。そんな50年、100年続く文化を、去年できた最初のワインから育てていけたらと思っています。
若い人に、地方の暮らしを知ってほしい
小海町は人口の大部分を高齢者が占めていて、若い人はあまりいません。それでも、私が友人を連れてくると、地域の方がとても喜んでくれます。何か活気が生まれる感覚があって、私自身もこの地域にとてもよくしてもらっています。若い人に少しでも地方や公民に興味を持ってもらいたくて、移住体験としての民泊も準備しているところです。
できない理由より、できる方法を
リスクを取らなければ、リターンや利益は得られません。やる、やらないを考えたとき、何かしら理由をつけてやらない選択をするのではなく、どうすればできるかを考え、頭を使い、工夫をして、その考えに沿って行動する。この姿勢を常に意識していくことが大切だと思っています。
10年、20年とずっとそうやって考えて行動してきた人と、できない理由、やらない理由ばかりを考えて何もしなかった人とでは、大きな差が生まれます。だからこそ、できることから、行動していってほしいと思います。
編集後記
長谷川さんのお話を伺って、いちばん印象に残ったのは「自分の代でワインの文化が完成するとは思っていない」という言葉です。50年、100年先を見据えながら、いま目の前のぶどうと向き合う姿勢に、事業への向き合い方のヒントをもらった気がします。就職活動をしていると、つい数年先のキャリアばかりを考えてしまいますが、本当に大切なのは、その先にどんな景色を見たいかなのかもしれません。1億円の覚悟を決めようとしている長谷川さんのこれからを、私も応援していきたいと思います。