インタビュー

「眼鏡を快適にするのが仕事です」―江戸川区から、世界にない眼鏡部品をつくり続ける

PROFILE
株式会社ハセガワ・ビコー 代表取締役
工藤勲

バブル世代、スキーに明け暮れた学生時代

スキー映画に心を動かされた

学生時代は、とにかくスキーをしていましたね。今の人はあまりやらないかもしれませんが、私はバブル世代、本当にスキーが流行った時期でした。お金も時間も、人間関係も、ほとんどそこに使っていました。

きっかけは、ちょうど大学の頃に「私をスキーに連れてって」という映画をやっていたんです。原田知世さんという女優さんが主演で、バブル時代の商社をモデルにしたOLさんや、それに携わる男性たちがスキーで遊ぶ、ラブストーリーのような映画だったんですけど、それを見てハマりました。

冬になると、スキー場周辺に泊まり込んで、スキー教室の準備をするスタッフのアルバイトをやったりしていました。

法学部で学んだこと

大学では法学部に所属していました。法律の仕事に就いたわけではないんですけど、法律を学びたいと思って大学に入ったんです。あと、人よりちょっと長めに大学に通いましたね。まあ、ただの留年なんですけど(笑)

保険会社の8年間を経て、眼鏡業界へ

収入に惹かれて保険会社へ

大学を五年ほどかけて卒業したあと、最初に就職したのは損害保険会社でした。理由はシンプルで、収入ですね。そこで八年ほど働いていました。配属されたのは営業部署ではなく、営業さん(保険の外交をする社員)を支援する部署におりました。保険の外交をされる方を教育する部署のサポートをしたり、成績が良い方を表彰したり、そのような仕事をしていました。

「眼鏡を快適にする」に惹かれて転職

八年勤めたあと、今の会社、株式会社ハセガワ・ビコーに転職しました。当時はインターネットで自由にいろいろ調べられる時代になっていたので、会社を探していたときに、私自身も眼鏡をかけているんですけど、「どこにもないものを作っている会社」というところに惹かれたんです。

眼鏡フレームを作っている会社はたくさんあります。でも弊社は「眼鏡を快適にするのが仕事です」というフレーズを掲げていて、それを見て、眼鏡を快適にするってどういうことだろう、と単純に興味を持ちました。先代の社長の考え方やものづくりへの取り組み方、ライバルの少ない業種というところにも惹かれて、規模は保険会社よりだいぶ小さくなるんですけど、飛び込んでみようと思いました。

世界にどこにもない眼鏡部品をつくる

シリコンの鼻当ては世界初

眼鏡って、基本的には鼻当てと耳当てしか肌に接しないんです。弊社の先代は、この鼻当てが痛いという声を聞いて、柔らかいシリコンで作ろうと考えました。先代は世界で初めてシリコン製の鼻当てを開発したエンジニアなんです。

シリコンパッドが生まれたのは1980年ごろで、私の入社前のことです。もともと先代社長は眼鏡の小売店の従業員をしていて、お客さんから鼻が痛い、耳が痛いと言われるうちに、もっと柔らかいもので作ればいいんじゃないかと考えついたそうです。ただ当時は、シリコンは肌に触れるものという概念がなく、工業用に使われることが多かった。そこでシリコンの原料メーカーに何度も足を運んで、最初は相手にされなかったみたいですけど、通ううちに向こうも聞く耳を持ってくれるようになって、開発できたと聞いています。

メガロックが生まれた理由

弊社の代表的な製品に「メガロック」というものがあります。眼鏡のツルに差し込むだけで、眼鏡が前にずれてこないようにする、すごく柔らかいシリコン製品で、スポーツをされる方に特に使われています。このような便利グッズを作っている会社はほかにないので、そこで差別化ができていると思っています。あとは視力検査のときにかける眼鏡なども、他社があまりやっていないところに取り組んできました。

眼鏡って、フレームをどれくらい曲げるか、鼻の幅をどう調整するかなど、眼鏡屋さんの腕によって装用感が左右されることが多いんです。弊社の製品は、そこを部品側でお手伝いしようとしています。

他社と同じものは絶対に作らない

弊社の強みは、こういう組み立てが大変な部品を作れる人がいることと、その構造を考えられる人がいることだと思っています。それから、メガロックのようなアイデアを考案して生み出せる、不便を見つけられる人間が揃っていることですね。

他社がやっている同じことは絶対にやらないと決めていて、全く違うものしか作らないようにしています。思いつかなかったら新製品は発売しない、そういうふうに決めています。この考えは、営業を中心に社内でも浸透していると思います。

人を育てる、任せる

女性が8割の職場

弊社は今二十一名ほどいますが、そのうち八割が女性です。組み立てや検品、梱包を担当してくれていて、彼女たちがいないと弊社の製品は成り立ちません。男性の社員は、いろんな製造業の経験があり、ものづくりへの興味を持って転職してきた人が多いです。

社員には、これをやれ、あれをやれとは、あまり細かく言わないようにしています。考えついたことがあったら持ってきてもらって、それがいいと思えば一緒にやろうという感じですね。うまくいかなくても、うまくいかなかった原因がわかればそれでいいと、いつも言っています。

眼鏡の小売店は、店主の高齢化や後継者不足で年々減っていて、一日に一店舗減っているとも言われています。だからこそ、後進を育てることをとても大事にしています。

目安箱から生まれるアイデア

月に一回、全社員に対してアイデア提案の機会を設けています。任意ではあるんですけど、小さな箱を用意していて、そこに自分で書いたアイデアを入れてもらう、目安箱のようなものですね。作業を効率化するためのアイデアや新製品のアイデアなど、いろいろ出てきます。普段から不便を探しましょうと伝えているので、そこからアイデアが生まれてくるんだと思います。

誰もが見ることを諦めない眼鏡へ

介護の現場に眼鏡がない

日本では眼鏡をかけている人が人口の半分以上いると言われています。ただ、介護施設に入っていたり、認知症だったり、体が自由に動かせない方の中にも目の悪い方はたくさんいるのに、そういう方がかけられる眼鏡がないんです。

普通の眼鏡は、そういった方々には適していません。そこで去年から、そういった方々のための眼鏡フレームを新しく作りました。極力、金属を使わずに、柔らかい素材で出来ており、掛けていて負担が少ない眼鏡フレームです。横になって寝ても柔らかいので痛くない、普段の「おうちメガネ」としてもお使いいただくことができます。

見ることを諦めてしまうと認知症が進むとも言われています。目から入ってくる情報は八割とも言われていて、新聞を読まない、テレビも見ない、景色も見ないとなると、感動もなくなって物忘れにもつながってしまいます。そういったことを少しでも防ぎたいという思いで、この眼鏡を作りました。

日本メガネ大賞を受賞

この介護用の眼鏡で、去年、日本メガネ大賞(テクノロジー部門)をいただきました。眼鏡の会社が何百社も集まって東京ビッグサイトで展示会を行うのですが、そこに出品し審査員の方に選んでいただいたものです。

眼鏡業界という地場産業

鯖江という眼鏡の町

眼鏡業界のビジネスモデルは、大きく分けると、眼鏡市場さんやジンズさん、ゾフさんのような小売をする会社と、眼鏡フレームを作る製造メーカー、それから眼鏡レンズを作る製造メーカーに分かれています。製造メーカーの営業マンは、大きなキャリーケースに眼鏡フレームやレンズのサンプルを入れて出張して、眼鏡屋さんに紹介して注文をもらうスタイルが主流になっております。

福井県鯖江市は、眼鏡の工場が多く集まる「めがねの街」。弊社も鯖江に出張して、企画されるメガネフレームに弊社の鼻当てや耳当てを使ってもらえないかという営業をしております。

現物を見せる商売

眼鏡の提案営業はオンラインでのやり取りがほとんどありません。メッキの色ひとつとっても画面によって見え方が変わりますし、柔らかさや軽さは画面からは伝わらないので、現物を持って会いに行くのが基本です。3Dでデザインする会社もあるので、そういう場合はリモートになることもありますが、原則は対面だと思っています。

学生へ伝えたいこと

ものへの興味を持ってほしい

バブル世代の私が言っても説得力はないかもしれませんが、とにかくいろんな業界を見てもらいたいです。今はAIが台頭してきて、IT企業に注目が集まっていますし、そういった会社のほうが製造業よりも馴染みやすかったり、待遇が良い場合もあるかも知れません。一方でモノに関しては製造メーカーが作り出していますから、普段何気なく使っているモノに対する興味を、今一度持ってもらえたらうれしいです。これはどうやって作られているんだろう、誰が考えたんだろう、そういうことを思ってもらえたらと思います。

編集後記

工藤様のお話を伺って、眼鏡ひとつとっても、鼻当てや耳当てといった細部にまで「不快をなくす」という発想が込められていることに驚きました。他社と同じものは作らないという姿勢や、社員の方が自由に発想できる環境づくりは、ものづくりの会社だからこそのこだわりだと感じます。AIやITが注目される時代だからこそ、実際に手を動かしてものをつくる産業の大切さを、あらためて考えさせられるインタビューでした。