インタビュー

「仲間がいれば、何度でも立ち上がれる」――全てを失った29歳が、ウェディングドレスで256万フォロワーを築くまで

PROFILE
冒険社プラコレ 代表取締役 CEO
武藤功樹

岐阜の小さな町からから始まった挑戦

負けず嫌いな少年時代

出身は岐阜県の美濃市という小さな町です。中学時代は駅伝で表彰されたり、学級委員長を務めたりと、いつも何かしらの代表ポジションにいました。高校は地区で一番偏差値の高いところに進み、体育祭では応援団の団長として優勝も経験。ラグビー部にも所属していたので、みんなのために助け合うことの大切さは、あの頃から体に染み込んでいる気がします。

大学は愛知大学に進学内でサッカーリーグを立ち上げたり、サークルの部長を務めたりと、ここでもリーダー的な役回りが多かったですね。今でいう学生団体の走りみたいな感じです。

もともと起業したいという強い意志があったわけではありません。ただ、小学生の頃の文集に「青年実業家になりたい」と書いていたのをあとから見つけて、「そんなこと思ってたんだ」と自分でも驚いたくらいです。当時は会社に入って出世したい、というくらいの感覚でした。

人生の教科書は「ONE PIECE」

ずっと好きなのが「ONE PIECE」(ワンピース)で、初期のバラティエ編あたりからずっと追い続けています。いつか自分が組織を作るなら、ワンピースみたいな会社にしよう――そう思い続けてきました。

ルフィの「一人では何にもできない自信がある」という言葉を私の人生で一番大切にしています。強みと弱みをお互いに補い合う仲間の集まり。ピラミッド型でも、四角い組織でもなく、もっと自由な形。それをずっと理想にしてました。

ワンピースを分析した書籍も数多くあり、日本の旧来型組織との違いや、新しい組織づくりついて書かれたものは本当に面白い。実は弊社はワンピースと1年間タイアップさせていただいたこともあります。ワンピースの女性キャラクターたちにウェディングドレスを提案するというコンセプトコラボレーションでした少年時代からの夢が、ひとつ形になった瞬間でしたね。

IT企業で圧倒的ナンバーワンにそして全てを失った

27歳、子会社社長へ

大学卒業後は、IT系の上場企業に就職しました。当時はITという言葉自体がまだ「怪しい」というイメージを持たれていた時代でしたが、マーケティングが好きだったこともあって、この業界確実に伸びると確信していました。

入社200〜300人規模の会社の中で圧倒的ナンバーワンにな、「営業といえば武藤」と言っていただけるほどの評価をいただきました。その後、新規事業を立ち上げ、27歳から29歳にかけて子会社の社長を務めることになります。順風満帆――誰の目にもそう映っていたはずです。

金曜日に告げられ、月曜日には席がなかった

ところが、ここから人生が大きく揺らぎます。子会社の社長とはいえ、私はを一切持っていませんでした。親会社の意向に沿うべき立場であることを当時の私はきちんと理解できていなかったんです当時いた取締役と経営をめぐる意見の相違が重なり、気づいた時には配置転換が決まっていて、後任には私の部下だったメンバーが就くことになりました。金曜日にそれを告げられ、月曜日にはもう会社に居場所がない。それほど、あっという間の出来事でした。
もっと知識と情報があれば防げたはずのことでした。労働基準法が子会社社長には適用されないことすら、当時は知らなかった。全てが遅かったんです。

名古屋で築いてきたキャリアも、人間関係も、一気に手元から消えていきました。ちょうど同じタイミングで離婚も重なり、それまで近くにいた友人や仲間とも、次第に距離ができていきました。名古屋には働く場所がなくな、単身東京に乗り込むしかありませんでした。あの時期はさすがにつらかったですね。まさか自分が」という感覚でした。

失って初めて、見えたもの

今にして思えば、答えはシンプルです。株を持っていなかった。ただそれだけのことでした。持っていたら、あんなことは起きなかった。ただ、の経験があったからこそ、社内政治を徹底的になくした会社を作ろうという覚悟が生まれました。どん底が、今の会社の原点になっています。

ウェディングドレスを「エンタメ」に変えた発想

一強に真正面からぶつからない

東京に来てから、ブライダルを軸に起業することを決めました。「人を幸せにすることが自分の幸せだ」というのは、昔からずっと変わらない軸です。ただ、ブライダルメディアには圧倒的なリーディングカンパニーが存在します。同じ土俵で、テレビCMや交通広告にお金をかける戦い方を挑んでもち目はない。そこで考えたのが、SNS一本でフォロワーを集め続けるという戦略でした。

当時はFacebookが普及し始め、Instagramがようやく走り出したくらいの時期。SNSをそこまで本気で運用している企業は、まだほとんどありませんでした。毎日Facebookでさまざまな投稿をしていた中で、一番エンゲージメント率が高かったのがウェディングドレスの写真だったんです。それを見た瞬間、「これだ」と思いました

ウェディングドレスはエンタメだ

ウェディングドレスという選択には明確な理由があります。結婚式のビジネスは、カップルが挙式を決めた一瞬しか接点を持てません。リピートがなく、出会うタイミングも限られています。でもウェディングドレスは違う。幼い頃、誰もが一度はシンデレラのドレスに憧れるように、女性にとってウェディングドレスは、人生を通じて愛されるコンテンツなんですよね。

見るだけで幸せになれる。映画の一場面のように、ボウリングや飲み会と同じように、誰かを幸せにできるエンターテイメント。ガンダムやワンピースの戦闘シーンを何度見ても飽きない、あの感覚と同じです。だからウェディングドレスだけに特化して発信し続けることを決めました。

結果として SNS総フォロワーは256万人まで増えていきました。誰も着目していなかったポジションを、ひたすら走り続けた結果です。

「上司がいない会社」で離職率10%以下を実現

仲間を評価するのは、仲間だ

弊社の組織の最大の特徴は「上司がいない」ことです。正確に言えば、評価者としての上司がいません。入社1日目のメンバー、入社10年目のメンバーを対等に評価できる360度評価の仕組みを取り入れています。

導入当初は、正直大混乱でした。「なぜ若手に評価されなければいけないのか」という戸惑いの声も多く、1年目から5年目くらいまでは、離職率が30〜40%推移する苦しい時期が続きました。それでも続けていくうちに大きな変化が起きたんです。
上司からではなく、仲間から評価を得ようとする。お客様から評価を得ようとする。そういう意識の変化が、少しずつ組織に広がっていきました。隣の人にお菓子を渡す、気持ちの良い挨拶をする。経営層が見えない小さな努力でも、仲間はちゃんと見ていて点数をつけてくれる。そういう循環が生まれると、仲間を大切にする文化が自然と育っていきました。

5年目以降離職率が10%を切り、近での退職者は年間わずか1人です。社内政治で全てを失った自分だからこそ、政治をゼロにした会社を作りたかった。あの経験が今につながっています。

「自由な未来」をつくるという10年来のビジョン

3つの自由

私たちのビジョンは「自由な未来をつくる」こと。自由を「選択肢が多い未来」と定義しています。

1つ目は、キャリアの自由。弊社にはディレクター、クリエイター、エンジニア、カフェスタッフとあらゆる職種のメンバーがいます。入社後にさまざまな部署を経験しながら、自分が一番輝けるポジションを見つけていける場所にしたい。弊社を卒業してテレビ局や有名企業といった次のステージへ羽ばたいていったメンバーもいます。Wantedlyでは月間500人ほど応募をいただき、日本で7番目にトレンドになったこともあります。

2つ目は、働き方の自由。ブライダル業界はプランナーさんの離職率がとても高い業界です。出産後に働き続けにくい構造があるからです。そんな中で、弊社はチャットサービスをベースにしているため在宅やフレックスに対応しやすく、女性がライフステージを越えて長く働ける環境をつくれています。

3つ目は、事業の自由です。「DRESSY」などのウェディングドレスメディアをSNSで伸ばしながら、体験型カフェ「DRESSY CAFE」のリアル展開も進めています。SNS運用支援や、自社開発の分析ツール「IG Analytics」を通じて、ブライダルの枠を越えた業界にも新しい価値を届けていきたいと考えています。

学生へ、いまやるべき二つのこと

まず会社をつくれ

今の自分が学生に戻れるとしたら、絶対に会社を作ります。法人でも個人事業主でもどちらでもいい。まず登記することが大事です。

特に重要なのが、税金の知識です。日本の税制の仕組みを若いうちに学んでおくと、将来の資金調達や金融機関との関係づくりがまるで違ってきます。補助金の活用方法も、社会人になって事業優先で走り始めると、なかなか手がつけられません。会社を作ることを目的に据えれば、そうた知識を自然とていける。今は10万円程度で会社を設立できますし、アイデア次第では4,000万円規模の資金調達だって夢ではありません。学生のうちにやっておけばよかったと、心から思います。

英語だけは必ず身につけておけ

もう一つは英語です。日本の少子化は今後さらに加速していきます。出生数がここまで減少している以上海外から働く仲間が増えていく社会は確実にくる。そ時、日本語しか話せなければ、マネジメントの選択肢そのものが狭まってしまうかもしれません。片言でもいい。英語でコミュニケーションできる最低限の力は、若いうちから積み上げておいてほしいですね。

編集後記

今回のお話を聞いて、武藤さんの強さの源泉は「負けず嫌い」と「人思い」の掛け合わせにあると感じました。子会社社長として全てを失うという経験は、想像するだけで胸が痛くなりますが、その苦しさが「社内政治のない会社を作る」という確固たる意志に変わっていたことが印象的でした。ウェディングドレスをエンタメと捉え、誰も着目していなかったポジションでSNSを愚直に積み上げてきた姿勢も、ただのビジネス戦略ではなく「人を幸せにしたい」という思いが根っこにあるから続けられたのだと思います。「まず登記せよ」「英語をやれ」というアドバイスも具体的で、残りの学生生活で実践できることがあると気づきました。自分もまず動いてみようと思います。