脱サラの店から始まった、うなぎ専門店の歴史
弊社の創業は1988年で、もう38年になります。創業した当時、父と母の2人でお店を始めました。父はJRの前身である国鉄に勤めていましたが、いわゆる脱サラをして、うなぎの白焼き専門店を開いたのがはじまりです。「白焼き」というのは、たれのついていない、素焼きのことです。
大学時代からすでに飲食店を経営していた
私はその頃まだ高校生で、そこから名古屋の工業大学に進学しました。実は大学4年生のときには、もう自分で飲食店を経営していたんです。名古屋の栄という街で、もともとアルバイトをしていた飲食店を権利ごと譲っていただいて、内装も自分で変えて引き継いで開店しました。
大学時代のアルバイトは夜11時から朝7時までで、大学は朝9時や10時から。軽音楽部の部長も務めていましたし、週6回はアルバイトに入っていました。時給は700円からのスタートです。今の最低賃金でいうと1,100円くらいですから、当時はかなり安かったですね
父の死、一週間の修行で店を継いだ
うなぎの専門店をやるにあたって、いったん浜松に戻り、うなぎをさばく修行に出ていました。ただ、修行を始めてすぐに父が亡くなりまして、実際にさばく修行に行けたのは一週間だけです。技術も満足に身についていない状態で、母と二人三脚で店を続けていくことになりました。これが、今の仕事に携わる一番はじめのきっかけです。
もともと自分で飲食店を経営していた経験があったので、経営自体はまったくの未経験ではなかったものの、はじめてのことも多くありました。それでも父が亡くなってから一週間後には、もう店を開けていましたね。休みの日にはうなぎをさばく修行に通い続け、図書館でうなぎについて調べたり、土産物屋をまわってどんな商品がいくらで売られているかを1年かけて調べたりしていました。
事業内容と強み
食堂ではない、持ち帰りと地方発送の専門店
うなぎ屋といっても、弊社は店内で食べられる食堂ではありません。持ち帰りと地方発送を専門にしています。全国でもこういった業態のお店はあまりないと思います。今は宅配便で年間2万件ほどを全国にお届けしていて、静岡はもとより、東京や大阪の百貨店のお中元、お歳暮でも取り扱っていただいています。
私たちの場合、商品をお客様に手渡ししてから、実際に召し上がるまでにタイムラグがあります。安定した品質のよい商品を提供することとあわせて、お客様がどのように持ち運び、保管、調理してくださるかも、私たちにとって大事な要点なんです。だから調理方法をQRコードで動画にしてご案内したりして、わかりやすく説明をし、お口に入るまでの工程すべてにこだわっています。
「白焼き」は浜松のうなぎの歴史そのもの
弊社は全体の7割のお客様が白焼きを購入され、蒲焼のたれもあわせてご購入いただき、ご家庭で蒲焼に調理していただいています。実はこれは、静岡のこのあたり以外ではあまりない発想なんです。もともと家庭でうなぎを調理する文化がない地域が多いので。
なぜ浜松にこの文化があるかというと、白焼きはもともと養殖業者が池の近くの小屋で始めた提供したからです。その当時は保健所の許可がいらなかったんですね。浜名湖はかつて養殖業者が多いときで400件ほどあったといわれています。浜松は明治の時代からうなぎの養殖を始めた、いわば発祥の地。この歴史的な背景が、白焼き文化の土台になっています。
浜松の産業構造が生んだ「中食」文化
もう一つの理由が、浜松の産業構造です。浜松は人口約78万人で、工業と農業が盛んな地域です。現場仕事のあとは汚れているので、外食に立ち寄りにくい。そのぶんスーパーや専門店で買い物をして、自宅の食卓で食べる「中食」文化が発展してきました。全国の政令指定都市20市の中で、お刺身やシューマイ、餃子、うなぎ、冷凍食品といった品目の消費金額が上位10位以内に入っているのも浜松の特徴です。ちなみに工業石鹸も10位以内に入っています。うなぎの養殖から来る歴史の特徴と、浜松の産業から来る食文化の特徴。この両方があって、今の弊社の業態が成り立っています。
弊社では地下100mから地下水を汲み上げてうなぎを活かし、毎日さばいて焼いたものを提供しています。お客様の55%が地元のリピーターの方です。地域に根付いたお店として、ここまで支えていただいてきました。
今後のビジョン
固いうなぎも、無駄にしない
うなぎは不漁の年が多い食材です。地域資源として大切に扱う責任が、専門店には問われていると思っています。たとえば焼いてみて身が固かったうなぎ、そういうものは、常温で保存できるレトルトの炊き込みご飯の素やひつまぶしの素などに商品化しています。頭からエキスを抽出してタレに活用したり、ペットホテルやドッグラン、ペット関連のショップと連携してドッグフードにしたりと、捨てるところも大切な地域資源として商品にしています。
こうした商品は1本2,500円前後する通常のうなぎに対して、1,000円前後です。炊き込みご飯なら家族で、ドッグフードなら浜松は政令指定都市の中でも犬を飼う世帯が多い街ですから、そういった、もともとうなぎを召し上がっていなかった客層にアプローチできています。
うなぎ屋との距離を縮めていく
うなぎは今、食べに行くと1食5,000円ほどする食材になっています。若い世代はうなぎが高くなってから生まれ育っているので、もともと食べる文化自体がありません。収入が増えたからといって、食べる文化がない人が食べるようになるかというと、そこは弱いと思うんです。だからこそ、家族向けやペット向けといった低単価な商品を通じて、うなぎ屋への距離感を縮めていく。あわせて、うなぎの食文化の継承というのが、弊社の大きなビジョンです。
浜名湖産うなぎに高付加価値を
一方で、うなぎは記念日など「ハレの日」に召し上がるケースが増えてきました。そこで弊社では浜名湖産のうなぎであることを証明した産地証明書をお付けし、地元の蜂蜜や蔵元の日本酒を使った蒲焼のたれで焼き上げた、新しいブランドを立ち上げました。希少価値のあるものに高付加価値をつけて、ハレの日の食材としての市場を広げていくというのが、直近のビジョンです。もちろん、間口を広げることとブランディングを大事にすること、この両立が大切だと思っています。
学生へのメッセージ
商品の歴史を知り、地域に愛着を持つ
先日、浜松駅の近くの展示ホールで、商工会議所が主催する高校生向けのイベントに出展させていただきました。私たちの仕事は、浜松の歴史から来る食文化やうなぎの歴史といった、地域の歴史そのものに携わる仕事です。だからこそ、自分たちが扱う商品の歴史をまず知ること。そして、それによって地域に愛着を持つこと。いわゆるシビックプライドですね。この地域愛を持ったうえで、食文化を継承する立場に自分がいるという自覚を持ち、その歴史を背負って自分たちがどうあるべきか、どう進むべきかを考える。ここに働きがいがあると思っています。
若い世代とともに新しいものを
歴史が長い業界なので、どうしても年配の方が多いのですが、養殖業者もだんだん若返っていて、浜名湖でも組合が新しいブランドを立ち上げる動きが出てきています。経営者も30代~50代と若い世代に変わってきていて、そこから新しいものが生まれています。ぜひ学生の皆さんにもこの業界に入っていただいて、うなぎの分野で新しいものを作り出してほしいですね。やりがいのある業界だと思います。
浜松は面積が全国で二番目に大きく、海も山もある街です。私自身も地元の観光協会の会長や商工会の副会長を務めているのですが、地元のよさというのは、皆さんにもぜひ知っていただきたいと思っています。
編集後記
今回のインタビューを通じて、うなぎという食材ひとつにも、地域の歴史や産業構造が深く関わっていることを知ることができました。特に印象的だったのは、固いうなぎも無駄にせず商品化する姿勢や、若い世代とうなぎの距離を縮めるための工夫です。ビジョンの根底に「食文化の継承」という一貫した思いがあり、事業の多角化がその手段として位置づけられている点が、学生の私にとっても大きな学びになりました。地域の歴史を知り、愛着を持つことの大切さを改めて感じるインタビューでした。