ゲームと麻雀しかなかった大学時代
起業とは無縁の学生生活
大学は千葉工業大学の情報科学部情報工学科でした。正直に言うと、あまり面白いエピソードがなくて。卒業生の8割がゲームか麻雀かという二択の生活を送っていましたね。任天堂 DS でマリオカートをひたすらやってたくらいで、社長になりたいとか、こういう業界に行きたいとか、そういう気持ちはまったくなかったです。何も考えてなかったと思いますよ、23歳くらいのころは。
ファッションの現場で芽生えた疑問
小売から商社へ、ものづくりの解像度を上げる
社会人になってからは、自社サイトの運営や当選解析、ネット広告、SNS の運用、Amazon まで、わかってないと気が済まないタイプでもあったので、いろんなことを突き詰めてやっていました。探究心というか、自分が興味を持ったことは掘り下げていきたいという感覚が強くあって。
ただ、洋服のビジネスをやっていく上で、小売で学べることには限界があると感じていました。日本のものづくりって、今は 98% 以上が海外で生産されているんですが、小売にいると商社が全部間に入っていて、「こんなもの作ってください」と言ったらできあがってくるだけ。たとえばスカートを「3,000 円でください」と、仕入先に交渉するのですが、原価構造が何もわかっていない中で商談をするのがすごく嫌で、それで26 歳のときに商社へ転職したんです。
8年間、年間150品番を動かし続けた
商社では、クライアントさんのものづくりをすべて生産スキームから組み立てて、記事も提案しながら受注を受けて、年間 150〜200 品番を動かすというのを 8 年弱やらせてもらいました。その過程で見えてきたのが、アパレル業界って関わる人が全員ハッピーじゃないという感覚でした。
物が売れなくなると、小売は値段を下げるか仕入れを厳しくするかの負のスパイラルに入る。そうなるとものづくりも疲弊して、縫製工場、商社、生地屋、染色工場、紡績会社と、めちゃくちゃ多岐にわたる関係者がみんな薄利多売に引きずられていく。2000 年代ごろはものを作れれば売れる時代だったのに、その 10〜20 年で本当に激変していましたね。
年収 306 万という現実
仲良しのバイヤーさん、30 歳くらいの人と話したとき、「給料いくらですか?」と聞いたら「306 万円です」と言われて。アパレルに 10 数年いて、その先のキャリアも考えたときに、この世界を変えていきたいという気持ちが当時からありました。
3 回目の挑戦でたどり着いた、ユニフォームという世界
2 回落ちた転職活動
34 歳のとき、アパレル×テクノロジーのベンチャー企業に転職しました。ただこれ、実は 2 回落ちているんですよ。3 回目で受かっているという、かなり運命的な経緯があって。
最初は転職サイトからエントリーシートを送ったんですが、あっさり書類で落とされて。その後ビズリーチ経由でエージェントの方が声をかけてくれて、「転職サイト側が経歴だけ見て落としてる可能性があるから、口をきいてあげる」と言ってくれたんです。2 回目はトントン拍子で進んで、部長さんにも「ぜひ来てほしい」と言っていただいたんですが、役員面接でうまくはまらなくて落ちてしまって。めちゃくちゃ落ち込みましたね。
ところが年末にそのエージェントさんに「残念だったね。今度飯でも行こうね」と言われてご飯に行ったとき、「ぜひここに入りたかった」と相談したら——その 2 回目でよくしてくれた部長さんが、ちょうど人事を見ることになっていて。もう 1 回最終面接に呼んでいただいて、3 度目でようやく受かったんです。
ファッションの人間が、ユニフォームに出会う
入社してから、やりたかった SaaS のビジネスは枠が埋まっていると言われて、もう 1 つの事業部を勧められた。それがユニフォームでした。ファッションの業界にいると、ユニフォームなんて想像もしたことがなかったし、最初はまったくピンとこなかったんです。
でも実際にやってみると、企業のコンセプトをデザインに落とし込んで、そのユニフォームを着ることで企業価値がめちゃくちゃ上がるというビジネスモデルだった。原価の積み上げだけで疲弊するものづくりじゃなくて、ちゃんと高い利益率を確保しながらお客様にも満足していただける——それがすごく自分のやりたかったことに近かったんです。
死ぬ気でやった日々と、独立への覚悟
3 か月で 11 kg 痩せた
その後のベンチャー生活は、明日の飯が食えるかわからない世界線でした。会社として利益が出ていない中で、自分は本当に死ぬ気でやっていて。3 か月ほど食欲がなくなって、11 kg 痩せたこともありました。うつとかネガティブな感じじゃなくて、ただただ「絶対に結果を出してやる」というマインドで突き進んでいた時期です。
気持ちが届かなかった、その瞬間
ユニフォーム事業自体は好調でした。でも組織の構造改革があって、自分の中でどうしても納得いかない案件があって。当時事業部長として最大 19 人のメンバーを抱えていた中で、社長がたまたま東京に来たタイミングに「この件だけはどうしても納得できない」と時間をもらって直談判したんですが——その思いが通じなかった。
何のためにこんなに死ぬ気でやってるんだろう、という気持ちのやり場がわからなくなって。それが独立を考えた最初のきっかけの一つです。転職活動もしてみたんですが、自分がやりたかったデザイン性のあるユニフォームをやっている会社がほぼなくて。だったら自分でやるしかないと思って、独立を決めました。
「着るもので人生が変わる」——SHUTTLE WORKS が描く世界
ファッション感性×ユニフォーム業界
SHUTTLE WORKS(シャトルワークス)を立ち上げた根っこにあるのは、ファッションのエッセンスやデザイン性、感性をユニフォームに持ち込むことで、まったく違った見え方になるという確信です。
ユニフォーム業界って、ファッションが好きな人がなかなか来ない。逆にアパレル出身の人はユニフォームに目が向きにくい。私はたまたまファッションをずっと勉強してからユニフォームに入ったので、そこを掛け合わせることでこれまでにないものが生み出せると思っています。
ブルーカラーの人たちこそ、誇りを持って働いてほしい
一番伝えたいのは、働く一人ひとりが仕事に誇りを持って、本当の意味で生き生きできる世界をつくりたいということです。ブルーカラーの職人さんたちって、めちゃくちゃ尊敬しているんですよ。でもボロボロの作業服を着ていると、マインドがなかなかグッと入りにくいことってあると思っていて。
私が着ているのは「Fresh Service(フレッシュサービス)」というブランドなんですが、このブランドのコンセプト自体が「架空の運送会社のユニフォーム」なんですよ。着るものが変わると、人ってプロフェッショナルだと思えるようになる。洋服(ユニフォーム)は、仕事にスイッチを入れる日常の戦闘服と、自分自身が何より感じているので、だからこそ、そういう世界を、ブルーカラーの現場にも届けていきたいんです。
価値観——「感謝」と「行動の積み重ね」
当たり前じゃない、という感覚
大事にしている価値観は二つあって、まず「感謝を忘れないこと」です。前職で最大 19 人のメンバーを率いていたとき、その人たちがいないと事業は絶対に回らない。働いてくれていることって当たり前じゃないという感覚がずっとあったので、そこの思いは絶対に忘れることはないと思っています。
運も実力のうち——行動が縁をつくる
もう一つは、行動の積み重ねが今の自分をつくっているという信念です。今ご縁をいただいている方々との出会いも、紐解いていけば前職時代の副業先で意気投合した人がいて、その人が別の誰かを紹介してくれて、その方が主催するセミナーで別の方に出会って——という連鎖でつながっているんです。
「運も実力のうち」という言葉は、本質を捉えていると思っていて。待っていてもそういう話は来ない。動いていくことに意味のないものは絶対にないし、積み重ねた行動がやがて自信になる。本田圭佑さんの「量をやっていないやつに質を語る権利なし」という言葉が本当にそうだと思っていて、私自身も 20 代は商社の営業で何度も泣きながら、トラブルを乗り越えてきた。生地を顕微鏡で何十万回も触り続けた経験があるから、今「他の商社マンには負けない」という自信がある。その積み上げは絶対的なものになるんです。
学生へのメッセージ
AI の時代だからこそ、経験を買え
今の学生にどうしても伝えたいのは、20 代のうちとにかく経験に時間を投資してほしいということです。AI がどんどん身近になって、言い方や見せ方も高次元になっていく中で、ビジネスにおける人の力は絶対に残ると思っています。「この人から買いたい」という感情は、経験を積み重ねた人の言葉が持つ重みから来るもので、AI で調べてきた言い回しとはまったく違う。その差は、続けてきた人にしか出せないものです。
効率だけを求めて量をやらないまま質を語ろうとするのは、何も学んでいないフェーズにおいてはリスクがあると思っています。結果を出した、出さないよりも、とにかくやり続けること——その積み上げが 30 代以降の人生をまったく違うものにしてくれるはずです。
編集後記
今回は株式会社 SHUTTLE WORKS 代表取締役の遠藤 能元さんにお話をうかがいました。ファッション→小売→商社→ベンチャーと、まるでキャリアのすべてが今の事業に向かって組み立てられてきたようなお話で、正直、何度も鳥肌が立ちました。特に印象に残ったのが、「ユニフォームは経営課題を解決するツール」という視点です。採用ブランディングや組織文化の醸成といった言葉は経営書でもよく見かけますが、それを「着るもの」という具体的なプロダクトに落とし込んでいる点が、他にはない独自性だと感じました。「量をやらずに質を語る権利なし」という言葉は、就活や将来を漠然と考えている自分にも刺さりました。まず動く、とにかく積み上げる——遠藤さんの生き様そのものが、そのメッセージの説得力になっていました。