インタビュー

ピンチが来るたびに、私は「チャンスだ」と思う。塾業界に教育イノベーションを起こす経営者の哲学

PROFILE
株式会社KECホールディングス 代表取締役
小椋義則

原点は、体の中に染み込んだ「行動する」という感覚

保育園からバスで一人旅

小さいころから、じっとしていられない性格でした。保育園児の頃から一人でバスに乗ってどこかに移動したり、小学生になると家出を試みたりしました。自分ではそれが特別なことだとは思っていなかったけれど、今思うと周りからはびっくりされることばかりをやっていたみたいです。

大学生になってからも、その感覚は変わりませんでした。新入生歓迎キャンプの実行委員長として100名ほどのスタッフをまとめ、当日300名の新入生を連れていくキャンプの運営を1年間担当しました。初めての海外旅行がインド・タイ・カンボジアのバックパッカーで、2回目の海外がアフリカのマリ共和国です。インターネットもガイドブックもない中で、現地の言葉がバラバラな国を1か月かけて横断しながら、現地の人の家に泊めてもらいながら移動しました。

「とりあえず活動する」という生き方の延長線上に、今がある気がしています。

営業の現場で経営者と向き合った

大学を卒業してマイナビに新卒で入社しました。配属されたのは新規事業部の立ち上げ部署です。中小企業の経営者をターゲットに、採用のフローや面接官研修、企業説明会の演出、組織分析、新人の受け入れ研修まで幅広く手がける部署でした。

入社直後から経営者のところへ営業に出て、そこから業績を上げ続けていました。経営者と直接向き合いながら、組織や人材の課題を考え続けたあの経験が、今の自分の土台になっていると思います。

理念が、組織の軸になる

父が始めた塾を継ぐとは思っていなかった

父親が教育事業をやっていたので、教育そのものには関心がありました。ただ、「塾を継ごう」なんて気持ちは当時まったくありませんでした。意味のある教育をきちんとつくっていくことが社会においてすごく大事だ、という感覚が自分の中に積み重なっていって、それが結果的に今の仕事につながっています。

社員と1泊2日で「あるべき教育」を議論した

代表に就任するタイミングで、大阪から競合他社が参入してきました。組織全体が「やばい」という気持ちでした。でも私はそこで「みんながどうしたらいいかわからないというときに、道を示せる人ってすごく重要じゃないか」と考えました。ピンチはチャンスに変えられる、という感覚が体に染み込んでいたから、恐怖よりも先に「どう動くか」を考えられました。

そこで社員合宿を1泊2日で開き、「自分たちのあるべき教育とは何か」を徹底的に話し合いました。その議論の中から生まれたのが、今の理念「人間大事の教育」です。10年・20年先にも続く自信を育てるという教育の方針も、その合宿から研ぎ澄まされていきました。

今では大学生のアルバイトスタッフが約1000名いますが、そこまで理念がしっかり浸透しているということで、他社からも見学に来ていただけるようになっています。これが KECグループの強みだと思っています。

採用は「生き様が合うかどうか」

採用活動でいつも確認しているのは、その人が自分の人生と本気で向き合ってきたかどうか、ということです。PDCAを回してきたかというより、自分がどういう生き方をしていきたいのか、どんな目標意識をもって取り組んできたのかを深掘りして、本当にどれだけ本気だったのかを見ています。

理念に共感しているかどうかだけじゃなくて、その人自身の生き様が弊社の理念に合致しているかどうかを大事にして採用活動をしています。

ピンチの記録が、次のピンチを乗り越える力になる

辛い瞬間をあえて動画で残す

経営していると、組織がパニックになる瞬間があります。コロナのときもそうでした。そういう状況を動画で記録しておくんです。乗り越えた後にみんなで見ると、涙がこぼれます。そして次のピンチが来たときに「あのときを乗り越えたよね」とその動画を見せると、「ここで負けたらあかん」という気持ちに自然となってくれます。

「ピンチをチャンスに変えて、そのピンチの記録をさらに次のチャンスに変えていく」、「絶対に何とかしたら道は切り開ける」、という強い信念を持つことが大事だと思っています。

「足るを知る」ことが、幸せへの入り口

毎年、家族で途上国にホームステイする

毎年、家族で発展途上国にホームステイしています。パプアニューギニアの部族の村に妻と娘3人と出かけたり、バングラデシュで現地の方の家に泊めてもらったりもします。

現地の人たちは電気もガスもない環境の中で、とても誇りをもって生きています。日本人からすると「不幸だ」と思いそうな状況でも、彼らは自分たちの生き方に誇りをもっているのです。それを目の当たりにするたびに、幸せって何なんだろう、と考えさせられます。

選択肢が多いことが、迷いを生む

インドを旅したとき、体の一部を傷つけられながら物乞いをして生きている子どもたちに出会いました。私たちからすれば耐え難い状況でも、その子たちはそれほど不幸に見えませんでした。それが自分の人生だと受け入れているからだと思います。

日本にいると、選択肢が多すぎて、迷うことが不幸を生んでいる気がしています。YouTube を見ると A という答えも B という答えも C という答えもあります。しかも、それに対して周りからどう思われるかばかりが気になってしまって、何もされていないのに一人でどんどん追い込まれていきます。

だからこそ「足るを知る」という意識をどこかで持つことが大事で、それはつまり「感謝する」ということだと思います。今日も友達と話せてありがとう、今日も仕事ができてありがとう、という感覚を持てるかどうかが大切です。

夢はいきなり作れない

若い世代によく伝えていることがあります。夢と憧れは違う。本当の意味で自分の人生に主体的に向き合う経験をどれだけ積み重ねてきたか、その中から自分の特技や「もっとやりたい」という気持ちが見えてきて、それが夢になっていくんだと思います。

いきなり夢を作ることはやっぱり難しいです。まず経験を積んで、そこから目標を作って実行していく。その繰り返しの先に、本当の意味での自己実現があると思っています。

AI×性格診断で、教育と組織をアップデートする

東京大学との共同開発

弊社では東京大学の藤本徹研究室の監修を通じて性格テストを開発してきました。そこに AI を組み込むことで、生徒一人ひとりの性格をかなり深いところまで把握できるようになってきました。

たとえば私と娘の性格診断を比べると、まったく違います。私は行動力重視のタイプで、娘は慎重なタイプです。AI がそれを踏まえて「質問した後すぐに答えを求めず、ゆっくり考えていいよと声をかけてみてください」「まず感情に共感してあげてから、一緒にゆっくり分析してあげてください」といった具体的な声かけのあり方まで教えてくれます。

これを社員同士のマネジメントや、生徒への声かけに活かしていこうと考えています。

6年かけて磨いた性格テストを、社外へ

この性格テストは社内で約 6 年かけて 3 種類開発してきました。これを今後は外部の企業にも使ってもらえるようリリースしていく予定で、組織づくりのコーチングや研修と組み合わせながら、企業の組織を強くするサポートをしていきたいと考えています。

教育に「イノベーション」を

売上は現在 36 億円ほどです。まだ小さい会社だという自覚はあります。でも目指しているのは、Amazon や YouTube が社会の構造を変えたように、教育のあり方をもっと正しい方向に変えられるようなイノベーションを起こすことです。

勉強することが社会に出てからの力に本当につながっているのか、AI が当たり前になった今、何を学び、何を身につけるべきなのか、その問いをずっと持ち続けながら、教育という領域で、もっと大きな変化を起こしていきたいと思っています。

編集後記

小椋さんとお話ししていて、一番印象に残ったのは「ピンチの瞬間を動画で残す」という話でした。経営者がポジティブな姿勢を語ることはよくありますが、辛い瞬間をあえて記録し、それを組織の財産にしていくという発想は、今まで聞いたことのないものでした。

また、毎年家族でパプアニューギニアやバングラデシュにホームステイしに行くという話も強烈でした。理念を語るだけでなく、自分の家族も含めて体で体験させていくという生き方が、KECグループの理念「人間大事の教育」の土台にあるのだと感じました。「夢はいきなり作れない。経験の積み重ねの中から見えてくる」という言葉は、就活を前にした自分自身にも刺さりました。まず動く、体で知る、その繰り返ししかないんだと改めて思わされたインタビューでした。