好きなものを、隠して生きていた学生時代
虫好きは「言えない」ものだった
私は小さいころからカブトムシが好きで、小学生のころは「ムシキング」というカードゲームにずっとハマっていました。ただ、中学生になるにつれて、虫好きってあまりイメージがよくないような気がしてきて。好きなことは好きなんですけど、家の中でひっそり飼うくらいにとどめていました。目の前にカブトムシを置かれて踏み絵のようなことをされても、絶対に踏めないくらいには好きなんですけどね。弊社では、これを社員みんなで「カブトムシコンプレックス」と呼んでいます。
高校を中退し、通信制へ
学生時代の成績は正直かなり悪いほうで、中学校もほとんど通っていませんでした。高校には進学したものの、1年生のときに素行が悪いという理由で退学になってしまって。そこから通信制の高校で、高校卒業の資格を取りました。
13校受けて、1校だけ合格した
その後、大学を13、14校ほど一気に受けたら、青山学院大学だけ合格しました。ほとんど勉強していなかったので、受験は3科目で受けられる文系で挑んだのですが、受かったのが経済学部だけだったんです。ただ、経済学部は統計学が必修で、それなりに数学の知識が必要になってきます。隣の友達がこっそり答案を見せてくれようとしたこともあったのですが、そもそも何が書いてあるのか分からないくらい難しくて。結局、統計学の単位を落としてしまい、これは卒業できないなと気づくことになりました。
双子の兄と歩んだ、遠回りの創業
インターンで芽生えた起業心
単位を落として卒業が難しいと分かってから、渋谷のベンチャー企業でインターンをさせてもらうようになりました。もともと自分で会社をやりたいという思いは中学生、高校生のころからぼんやりとあったのですが、インターンを通じてスタートアップの世界のおもしろさに気づいたんです。私には一卵性の双子の兄がいて、当時は高校卒業後に東京メトロで働いていました。その兄に「一緒に会社をやったらおもしろいよな」と声をかけて、2人して当時の私の学費をすべて使って、会社を立てました。
学費を使い切り、半年で失敗
ただ、この1社目の事業は半年ほどで失敗してしまいます。実は、私は中学校に上がるタイミングで家出をしていて、母方の祖父母の家に身を寄せ、そこで育ててもらっていたんです。苗字も、もともとは違う苗字だったのですが、養子縁組をして石田になったという背景があります。祖父母は、自分たちも年齢を重ねているからと、大学を卒業できる分の学費を私に預けて、自分で管理するようにと言ってくれていました。私はそのお金を1社目の事業にすべて注ぎ込んでしまい、半年足らずで使い切ってしまったんです。2人とも一文無しになり、私は大学の学費を使い切ったこともあって中退。兄も仕事を辞めていたので、「もう地元に戻るしかない」と2人で秋田県に戻りました。
虫捕りから見つけた、次のビジネス
秋田に戻ってから、今度は本当に熱中できるビジネスをやろうという話になりました。あるとき、祖母の家に行くとムシキングのカードが出てきて、それを見ながら「虫を捕りに行こうか」という話になり、2人でカブトムシを捕まえに行くようになったんです。ただ、1週間ほど夏の間通っても、なぜかメスしか捕れなくて。悔しさもあり、祖母に「カブトムシをネットで買っていいか」と聞いてみました。祖母はおそらく普通の日本のカブトムシを想像していて、1匹500円くらいのものだと思っていたのでしょう。クレジットカードを貸してくれたので、「よし、一番高いカブトムシを買おう」と、1匹30万円ほどする海外のヘラクレスオオカブトを2人で買いました。メスも仕入れて最初は50万円ほど使ったのですが、そこから繁殖を重ね、半年から1年ほどで、それが250万円ほどの規模になったんです。これはなかなかおもしろいということで会社にしようという話になり、今の弊社が出来上がりました。最初はただカブトムシを増やして売るだけの、いわば「カブトムシ屋さん」でした。
ゴミをカブトムシで資源に変える事業
社名とロゴに込めた意味
弊社の事業内容は社名の通りで、カブトムシによる資源循環をおこなっています。業界にはカブトムシ派とクワガタ派がいるので、社名だけだとクワガタ好きの方から「クワガタじゃないんだ」と言われることがあるのですが、ロゴは二股の角をモチーフにしていて、クワガタの角も表現しています。途切れない循環という意味も込めた、循環型のマークになっています。
国の認定と、注目される兄弟
カブトムシによる資源循環というビジネスを評価いただき、経済産業省指定のベンチャー企業として認定(「J-Startup TOHOKU」3次選定)を受けたほか、環境省からは「環境スタートアップ事業構想賞」を受賞し、農林水産省からは「広域認定農業法人」として、カブトムシもお米や野菜と同じように農業として認めていただいています。メディアにも取り上げていただく機会が増え、去年はForbes JAPANの「30 UNDER 30」に、双子の兄と2人で選んでいただきました。兄は2、3年前に弊社を離れ、今は本社を置いている秋田県大館(おおだて)市の市長を務めていて、こちらも全国で現職最年少市長として注目していただいています。
ゴミが、餌になり、肥料になり、命になる
弊社の事業の全体像は、真ん中にカブトムシがいます。まず、廃棄物になってしまうものを各地の拠点付近から集めてきて、カブトムシの餌にします。すると糞が出るので、これを肥料や有機堆肥として活用します。そして育ったカブトムシは、夏には国内40から50か所ほどでおこなう教育イベントで活用したり、ペットとして販売したりします。もともと創業の原点もペット販売にあります。さらに先端分野では、タンパク源や医薬品原料としての活用ができないか、研究開発も進めています。カブトムシ好きな人間ばかり集まって、幼虫や成虫をすりつぶして粉末にするような研究をしているので、悪く言えばマッドサイエンティストの集まりのようになっているのですが、それも未来の可能性を広げるためだと思ってやっています。
資金が30万円まで減った日
銀行融資と、増えすぎた雑虫
創業してすぐの段階で、祖父母からさらに500万円ほど出してもらい、それを元手に仕入れを続けていました。そんな折、地元の秋田銀行からビジネスコンテストに出てほしいと声をかけていただき、出場したところ最優秀賞をいただきました。すると銀行側から融資の提案をいただき、総額で1,500万円ほど借りることになったんです。そのお金でカブトムシの生産施設を大型化したのですが、大型化したことで今度は雑虫がかなり繁殖してしまい、カブトムシの餌を食べてしまうようになりました。もともと1、2か月に1回で済んでいた餌の交換が1週間ごとに必要になり、餌代は通常の4倍から8倍ほどにふくらんでしまったんです。
銀行員との対話から生まれた発想
これはまずいということで口座残高を見てみると、会社の口座には30万円ほどしか残っていませんでした。融資をしてくださっていた銀行の担当者が現場を見に来た際、「これはかなりまずいのではないか」と指摘されて。私も正直に「本当にまずいです」と伝えていたのですが、実は一番焦っていたのはその銀行員の方でした。回収できなくなったらどうしようと、私たち以上に真剣にヒアリングしてくださって、「餌がただで手に入ればいいのに」というような話を一緒にするなかで、「取引先に似たような素材を廃棄している会社があるかもしれない」と紹介してくれたんです。そこからさまざまな廃棄物を送っていただき、カブトムシに与える仮説検証を約1年ほど繰り返しました。祖母には、虫を追い出したと思ったら今度はゴミが大量に届くと、また大クレームを受けたのですが、そのなかで「これだ」という素材にたどり着くことができました。
廃棄物活用が生んだ、独自の優位性
この廃棄物活用によって、育成費をほぼかけずにカブトムシを作れるようになりました。当時は昆虫ベンチャーへの注目が高まっていた時期で、コオロギやミールワームを扱う他の昆虫ベンチャーも視察に行ったのですが、いずれも餌の値段やタンパク質の添加コストが大きくかかっていました。カブトムシは廃棄物をそのまま餌にでき、タンパク質を添加する必要もありません。そこで、カブトムシを将来的な魚や鳥の餌となるタンパク源として、原価を抑えながら供給できるビジネスに育てていこうと考えるようになりました。自治体と連携して産業廃棄物の処理免許を取得できた場合は、廃棄物を受け入れる段階で処理費をいただき、それをカブトムシの餌にして販売するので、両方から収益が生まれる仕組みになっています。免許取得が難しい自治体に対しては、自治体の長に直接お会いして、廃棄物をカブトムシに食べさせる形に変えませんかとご提案し、委託費をいただきながら一緒に資源循環のプロジェクトに取り組んでいます。
兄の退任と、体制づくり
兄が大館市長選挙への立候補を決めて弊社を離れたときは、その年の事業計画から大きく外れてしまいました。兄も相当な戦力だったので、影響は小さくありませんでしたが、結果的に兄は市長になることができましたし、私たち兄弟だけに依存しない体制をつくろうと役員を採用し、増やすきっかけにもなりました。
カブトムシが「ヒーロー」と呼ばれる未来へ
川上を押さえる戦略
弊社の事業は、廃棄物が出てくるところから資源化し、それを販売していく商流になっています。逆に言えば、廃棄物が手に入らなくなることが最大の事業リスクです。だからこそ、廃棄物が生まれる川上の部分をしっかり押さえることが重要だと考えていて、事業提携を進めながら、必要に応じてM&Aや資本提携も視野に、きのこの種菌をつくるメーカーのような一次産業の川上企業との関係づくりを進めています。M&A経験のある役員や、もともとファンドに携わっていた役員にも加わってもらいながら、原料を担当する役員も置いて、生き物であるカブトムシを安定して増やしていける体制づくりに力を入れています。
拠点は国内160か所に
現在、生産拠点は120か所、イベント拠点は40か所ほどで、あわせて160か所ほどの規模になりました。国内での展開は今年から来年にかけて、ひとつの集大成を迎えると感じています。その先の3年後、4年後、5年後を見据えると、焼却炉を持たない国も世界にはたくさんあるので、そういった国への展開を進めていきたいと考えています。日本では燃やせば処理できますが、燃やすこともできず道路脇に廃棄物を山積みにしてしまう国も少なくありません。そうした国にも展開していくことで、いずれはカブトムシが世界中の誰から見ても「本当にヒーローだ」と言ってもらえる世界線を目指すのが、弊社のビジョンです。
課題は「カブトムシ好き」の採用
弊社はスタートアップのなかでも決算状況はよいほうだと思っていて、売り上げも過去4期にわたって倍増を続けながら、しっかり黒字を維持できています。最近も銀行から4.2億円ほどの融資を受け、投資家からも2億円弱ほど出資いただき、資金面はかなり充実してきました。一方で弱みを挙げるとすれば、やはり人材です。弊社にはカブトムシ好きが集まってくる会社なので、カブトムシが好きで、かつ一緒に働きたいと思ってくれるような方を見つけて採用していくのがなかなか大変なんです。カブトムシに興味があっても、それを仕事にできる会社は少ないと感じている方も多いと思うので、こういったメディアを通じて弊社の取り組みを知っていただき、興味を持つ方が自然と集まってくる体制をつくっていきたいと思っています。
若い世代へのメッセージ
実は、カブトムシに関するベンチャーは世界各国にありそうで、日本からしか生まれていません。日本人はカブトムシが好きな国民性で、海外でカブトムシを見せてもゴキブリと勘違いされてしまうくらいなんです。昔から世界各国のカブトムシを日本に持ち帰ってきた歴史があるので、品種改良をしようと思えばさまざまな種類を手に入れることができますし、先人たちのおかげでカブトムシの事業をやる土台がすでに整っています。他の国では多くの種類が輸出入の規制にかかってしまい、手に入れることが難しいので、日本には大きな優位性があります。これほどカブトムシが好きな国は日本くらいしかないので、少しでもカブトムシに興味がある方は、熱狂的でなくてもかまいません。ぜひ一緒に、国内だけでなく世界中に同じビジネスモデルを広げて、未利用資源やゴミを資源に変えるビジネスに携わってみませんか。
編集後記
学生時代のお話から、家出や中退といった経験を経て、好きなことをそのまま事業にされてきた石田さんのお話は、とても印象に残るものでした。前職の経験を生かして起業する方が多いなか、子どものころからの「好き」を貫いて事業化していく姿勢は珍しく、同世代としても勇気をもらえる内容だったと感じます。廃棄物を資源に変えるという発想が、資金繰りの危機のなかから生まれてきた過程も興味深く、今後の海外展開にも注目していきたいです。貴重なお話をありがとうございました。