インタビュー

「お金は指標に過ぎない」——高卒・工場勤務から13業種の経営者へ、NATY株式会社・加賀匠の歩き方

PROFILE
NATY株式会社 代表者
加賀 匠

学生時代と就職

奨学金が怖くて就職へ

正直に言うと、大学に行かなかった理由はシンプルで、奨学金が怖かったんです。実家がかなり苦しくて、借金を抱えたまま社会に出ることに踏み切れなくて。

通っていた高校が総合選択制という少し変わった仕組みで、2年生から自分で科目を選ぶスタイルだったんですよ。1年生のころはちゃんと説明を聞いていなくて、進学するつもりで授業を選んでいた。2年生になってすぐ、奨学金の話を詳しく聞いてから「これはやめよう」と決めました。進学の勉強だけしながら就職するという、ちょっと変な高校生活でしたね。

「人と喋らなくていい仕事」を選んだ理由

就職先を選ぶ基準は、「土日が休み」と「人と喋らなくていい」の2点だけでした。当時は本当に人と話すのが苦手で、工場の教材装甲業みたいな現場仕事を選んだんです。中学校の卒業アルバムに書いた将来の夢が「普通のサラリーマン」だったくらいで、やりたいことなんて何もなかった。

「安定」という幻想との決別

10年後の先輩が教えてくれたこと

工場で働きながら、手取りは13万円くらいでした。バイトとほぼ変わらない。それでも「まあ仕方ないか」と思っていたんですけど、10年上の先輩を見たら手取り 15〜16 万円で、あまり変わっていなかった。「10年経ってこれか」と思ったとき、さすがに嫌だなと気づいて。

働くことが当たり前、みたいな感覚が嫌だったんですよね。「暇だから働いてもいいかな」と選べる状態にしたかった。そこから 20歳ごろに副業をいろいろ試したんですけど、ことごとく失敗しました。

テレアポから訪問販売へ

21〜22 歳のころ、工場と居酒屋とテレアポの仕事を掛け持ちして、月 30 万円くらいを稼いでいました。そのテレアポの会社の社長に「13 万円だったらコンビニのバイトでも稼げるのに、それのどこが安定なんだ」と言われて、確かにそうだなと気づかされて。

それで紹介してもらったのが、インターネットの訪問販売でした。人と喋るのが苦手だったのに、なんで飛び込んだのかって話なんですけど、フルコミッション制で取れば取るだけ稼げるから、一旦やってみようと。

自分で売るより人に教えたり、チームを作る方がやりやすいと感覚的に思っていたので、最初から学生を集めて組織を作っていきました。年末までに月 100 万円を目標にして、10 月ごろには達成。メンバーの学生 30人ほどで、平均 50〜60 万円を稼ぐ組織になっていました。

でも、自分だけが儲かるのはあまりおもしろくないな、とその頃から思い始めて、意識が変わっていきましたね。

プライドを捨てた日

自分が「上に立てる場所」だけを選んでいた

訪問販売を始めた最初の 2 ヶ月、本当に1件も取れなかったんですよ。それまでの人生で、友達関係でも、バイトでも、挫折らしい挫折を経験したことがなかった。だから自分が優れた人間だと思っていた。

でも、ゼロが続く中でようやく気づいたんです。「自分が優れているんじゃなくて、自分が上に立てそうな場所を自然と選んでいただけだ」と。なんでもできるわけじゃなかった。

そこからプライドがなくなって、人の話を素直に聞けるようになりました。自信はありますけど、プライドとは別物だと思っています。

会社設立と、繰り返す「裏切り」

25 歳での法人設立

訪問販売から 5 年くらいかけて、25 歳のとき NATY株式会社を設立しました。その間も個人事業主として動きながら、元受けの会社に統括部長として入ったり、個人が上がりすぎて税務上の理由から法人にせざるを得なくなったり。元いた会社が潰れたタイミングで「このまま立ち止まっているのもどうか」と思って、本格的に会社を大きくすることを決めました。

300 万円と 2 度の横領

正直に言うと、こういうことはよくあります。3 年前に駆けつけサービスを立ち上げた人間が 300 万円を持って飛んだこともあるし、去年は預けていたお金がそのまま戻ってこないこともありました。

不思議なことに、金額が大きかった去年の件の方が、精神的なダメージは 300 万円のときより小さかったんですよ。所詮お金が飛んだだけで、事業は止まっていない。「これが 100 億円をやる準備なんだろうな」くらいに思っていました。

13 業種の経営と「企業支援」という軸

事業は発案者が別にいる

今、動いている事業が 13 業種くらいあって、その中で私が発案した事業は訪問販売くらいです。あとはほとんど、誰かが持ってきたアイデアをブラッシュアップして一緒にやっている。

弊社に来る方で多いのが、個人の方や学生さん、あるいは会社でも 1 つの事業しかやっていなくて 2 つ目・3 つ目に展開できない、という方々です。そういう方に対して、代理店として商材を提供しつつ、ただ渡して、はい、終わり!じゃなくて、ちゃんと伴走して事業を作る。コンサルティングと代理店をかけ合わせたようなイメージで、同じ方向を向いて一緒に稼ぐ形です。

それをずっと自然にやっていたら、信頼関係が生まれて「新規事業を一緒にやろう」という話が来るようになり、気づいたら 13 業種になっていました。

100 億は通過点になった

もともと 100 億円という目標を掲げていたんですけど、年末年始にモスバーガーやミキハウスの創業者の話を聞く機会があって、考えが変わりました。大手通信グループ関連の方と話したとき、 「4 年で 200 億くらい」と言われて、なんか悔しくなって。100 億はもう中間目標にしようと思って、最終的には国より大きい会社を作りたいと本気で思っています。

BlackRock(ブラックロック)みたいなアメリカの投資会社が、中国やアメリカ並みの資産規模を持っている、という話を見たとき、「会社が国を超えることはある」と気づいた。国は人間が作ったものだから、俺でもできないことはない、と思ったんです。数字は指標に過ぎなくて、数字を目標にすると何も生まれない。それに気づいてから、目線が変わりましたね。

ナレスク——学生市場を変えたい

学生が足元を見られていると感じた

あるイベントに参加したとき、違和感を強く感じたんですよ。企業が採用目的で来ていて、学生が「地域貢献がしたい」「こんなプロジェクトをやっています」と語るんだけど、普段は居酒屋でバイトしているわけです。それに対していいね!っていう起業家さんたちばかりで、その肯定が勘違いする学生を増やすと思っていて、無責任な発言はよくないと思いました。

学生のこの時期って、自分の価値でお金を稼ぐ感覚を養う、ものすごく大事な時間だと思うんです。そこで得た知識や行動が、ずっと生きてくる。なのに、足元を見る企業が多すぎるな、と感じて。翌週にはナレスク(ナレッジ・トゥ・アクションスクール)という事業を立ち上げました。

知識を行動に変える場所

ナレスクは「知識を行動に変えよう」という意味で、弊社だけで運営するんじゃなくて、箱としてみんなで運営する形にしています。ビジネスマナーや営業の研修をして、週末すぐに現場に出る。翌週また研修に来て、落とし込みができていたか確認して、できていたら次のステップへ。知識を必ずアウトプットする場所を作って、しかもそこで稼げる仕組みにしたかった。

社会人は 1 万 2000 円、学生は 9000 円、みたいな単価設定も変だと思っていて。同じ 1 日、同じ件数なら同じ価値じゃないですか。弊社にはそういう差別がなかった。学生が夏休みの 2 ヶ月で 200 万円を稼ぐこともザラにありますから、インターンとバイトの境目を変えていきたいんですよ。

経営者として大切にしていること

まず自分が満たされること

メンバーには必ず話すことがあって、まず自分が幸せでないといけない、ということです。明日ご飯を食べられるかどうかの状態で、親友に何かを与えられますか? できないですよね。与えたいと思っていても、自分に余裕がないのに人に与えようとするのは、きれいごとになってしまう。

まず自分が最低限満足する。そのうえで、一番身近な人——仲間でも家族でも——に向き合う。それができてから初めて、大阪とか日本とか世界と言える。最初から「地域貢献したい」と言う学生を見るたびに、まず自分が何者かになるべきだよと思ってしまいます。

やりがいは「仲間の成長」

やりがいを聞かれると、正直なところあまりないかもしれない、と思うんですよね。弊社の売上が目標通りいったとしても、それほど何も感じない。

でも、去年大学生で入ってきた子が丸 1 年で法人を立ち上げたり、売上 1000 万円だったのを 1 億円にした、という話を聞いたとき——こっちの方が「よしっ!」となりますね。幹部メンバーが毎月 50 万〜300 万円を自分の力で稼いでいて、それでもついてきてくれる。だから、その人たちに固定で 100 万円くらい払えるような会社にしたい、という気持ちが動力になっています。

今後の展望

世界に、若者に

今後、中国やアメリカにも拠点を作っていきたい。去年ブローカーとして中国に行かせてもらって、年末にはアメリカに旅行で行ったとき、日本人のままだとまずいな、とリアルに感じました。国という器は自国民でしか動かせないけど、会社は中国人でもアメリカ人でも動かせる。それが会社の強みだと思っていて。

まずは今年、学生市場をある程度きれいにしたい。ナレスクを通じて、これから上がっていく人たちに、ちゃんとした基盤を渡せたら。「学生は今だけにしか持てない強みがある」と本気で思っているので、その強みを最大限に生かせる場所を作り続けていきたいです。

 

編集後記

加賀さんの話を聞いて、印象に残ったのは「数字は指標に過ぎない」という言葉です。ひたすら前を向いている姿は、規模の大小じゃなく、軸の強さから来るのだと感じました。「まず自分が満たされること、そのうえで周りに与えること」という考え方は、私自身も「社会に貢献したい」と口にしながら、自分の足元が固まっているかどうか問い直させられました。学生のうちに現場でお金を稼ぐ経験を積む——それが本当のキャリアの入口なのかもしれません。