理論化学一筋だった学生時代
静岡の企業を知らずに過ごした10年
私はもともと理論化学の領域で博士課程まで進んでいて、狭く深くを突き詰めるタイプの理系人材だったんですよね。ただ、理論化学というのは実験している方々との連携が欠かせない分野で、証明した数式が正しいかどうかを検証してもらう必要があるんです。なので、いろいろな実験系の研究者とのやりとりは研究としてもやっていましたし、私自身、他分野の方の研究を聞くのがもともと好きだったんですよね。
学会も、直接関係のないものにあえて足を運んだりしていて。私は静岡大学にいたんですけど、たまたま同じ会議で全然違う領域の方々と話す機会があったりもして、いろいろな領域に興味が湧く機会は結構多かったんです。ただ、大学に十年近くいたにもかかわらず、地元・静岡の企業のことを知る機会はほとんどなかったんですよね。そこは振り返ると、少しもったいない時間だったなという気持ちがあります。
NEDOに入って知った、国の産業戦略のリアル
技術で勝って市場で負ける
大学院を出たあと、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構、いわゆるNEDOの技術戦略研究センターに入りました。ちょうどその部署が立ち上がったばかりのタイミングで、卒業と重なったんです。私自身、博士の活動と並行して知財アナリストという資格も取っていて、知財情報をもとに企業の戦略を考える、要は「技術で勝って市場で負ける」ことのないようにするための知識を身につけていました。それを生かせて、なおかつ個人的に好きだったいろいろな先端技術を見られる仕事はないかなと思っていたところに、ちょうどこの話を聞いて、面白そうだと思ってNEDOに入ったんです。
NEDOのミッションは、エネルギー・地球環境問題の解決という社会課題解決の側面と、産業技術力の強化、つまり外貨を稼ぐという側面の両方を担うことなんですよね。扱う領域は医療と原子力以外の産業すべてで、非常に幅が広い。各産業が十年後のためにどんな開発をすべきかを考えて、国に予算要求をして、年間数億円、多いものだと数十億円というお金を企業や研究機関に渡して開発を進めてもらう。そうして開発されたものを社会実装してもらって、儲けてもらう。そんな循環を推進する組織なんです。
私はそこで、国のプロジェクトの企画立案の方法論を整備したり、実際の企画立案の伴走をしたり、自分自身が企画立案をすることもしていました。SDGsの担当もしていたので国連本部の会議に参加したり、企業や研究所を訪ねて仕事の中身を見せてもらったり、幅広い視察の機会をたくさんいただいていたのは、率直に面白い仕事だったなと思っています。
ルールを作る側に回る―弁理士事務所での挑戦
ルール形成戦略を広める仲間探し
NEDOにいたとき、国として技術開発にお金を出していても産業競争力の強化に結びつかないというジレンマをずっと感じていました。日本という国は技術力自体はそこそこあるのに、なぜ市場で負けるのか。市場で勝つための方法は、昔と今とでは違っていて、今は「普及させること」が必須なんですよね。しかも、その普及は外貨を獲得するためのものでないと意味がない。国内市場が豊富な中国のような国とは事情が違うんです。
日本は人口一億人足らずの国なので、国際的に普及させるにはどうしたらいいかを考えたとき、参考にしたのがヨーロッパのやり方でした。自分たちにとって都合のいいルールを作る、いわゆるルール形成戦略です。ただ、それを扱えるコンサルタントが国内にはほとんどいなかったんですよね。だったら、そのサポートをするコンサルタントを自分たちで育てようと思い、弁理士事務所に移って戦略コンサルティングの部署を立ち上げました。五年弱のあいだ、首席のコンサルタントとして責任を持ってやっていて、実は今もそうした案件をいくつか受けています。
起業のきっかけは、海外の子どもたちの目の輝き
スタジオ10Xとの出会い
今の会社でやりたいことを見つけられる環境作りというテーマにたどり着いたのは、実はこれもNEDO時代の経験がきっかけなんです。新規事業を担当する大企業の方々とワークショップをしていたときに、まさにこのテーマが出てきて、私自身とても共感していました。国連本部で会議をするとき、合間にミニセミナーやワークショップが併設されていて、そこに顔を出すと、海外の子どもたち、中学生や高校生も含めてですけど、彼らと日本人の前向きな姿勢の違いや、大人を含めた目の輝きの違いをすごく感じてしまったんですよね。ポジティブなマインドを持てているか、そもそもやりたいことをやれているか、というところに差があるなと。
ただ当時は産業競争力強化のほうに強い思いを持っていたので、まずは弁理士事務所でその活動をしていました。その中で、ルール形成戦略をスタートアップの業界にも広めなきゃという思いから、スタートアップ支援にも関わるようになったんです。2024年の11月ごろ、スタートアップ支援の仲間から新しいプログラムを立ち上げるので参加してくれそうな人はいないかと声がかかったのが、東京都の協定事業「スタジオ10X」でした。ちょうど私は五年程度で活動の軸を変えるようにしていたタイミングだったので、次はスタートアップ側に回ろうと決めて、もともとやりたかった「やりたいことを見つける環境作り」というテーマをスタジオ10Xの中でブラッシュアップし、創業したという流れです。
いろいろな企業を視察するのが単純に好きで、そこから新しい気づきを得る、専門用語で言うセンスメイキングというものが、イノベーションのための戦略作りに直結していたんですよね。ただそれ以上に、個人としてポジティブなマインドになってやりたいことを見つけられるというのは、それ自体すごく意味のあることだと思っていて。学生時代から好きだった、いろいろな企業を見る、いろいろなことを知るということを実現したかった側面もあります。
「やりたいこと」を試食する場所をつくる
メニュー表だけでは伝わらない
弊社が目指しているのは、やりたいことを見つける環境作りを、いろいろな仕事体験という形で実現していくことなんです。世の中にはキッザニアのようなものや、各自治体が実施するミニキッザニアのような取り組みがあって、子ども向けはまあまあ充実しているんですよね。ただ、子どものときは楽しかっただけで終わってしまう。だんだんと職業とは何なのかを考え、自分が働く姿をイメージし始める中学生、高校生、大学生ぐらいになると、キッザニアは十五歳未満が対象なので外れてしまいますし、自治体の取り組みも基本的に小学生向けなので、知る機会自体がほとんどなくなってしまうんですよね。
そこを知ってもらう機会を作りたいと思っています。しかも、一つのものだけを知るのではなく、いろいろなものを知ることで気づきを得てほしい。よく「ウィルハラ」という言葉がありますよね。何がやりたいのかを聞くこと自体がハラスメントだと言われている。でも、よく考えたら当たり前なんです。その部署にどんな仕事があるかも、世の中にどんな仕事があるかもわからないのに、白紙のメニューを渡されて選べと言われているようなものなので。
合同説明会などでよくあるメニュー表、つまり仕事内容と月収が書いてあるだけでは、正直わからないと思っています。必要なのは試食なんですよね。メニュー表があるだけでなく、実際に試食までして、自分にとって好きか嫌いかを考えてもらう。その先のステップとしてインターンシップの受託もしていますが、まずは試食の機会を作ることを今いちばん大事にしています。それを集積型の仕事体験という形で、弊社では「見つけいろ」というブランドで展開していて、今もっとも力を入れていることです。
大人にも届けたい仕事体験
隣の部署すら知らない
学生さんだけでなく、私たちが言う「大人」にはシニアの方まで含まれています。たとえばビジネス街を歩いていると、どこか疲れ切っていたり、業務をただこなしているように見えたりする方が少なくありません。もう一人の役員がキャリアコンサルタントで、そうした大人たちから相談を受ける仕事をしていた経験があるんですが、調べてみると、どの年代でも自分が本当にやりたいことやそのやりがいがわからないという大人が実は多いんです。
働き始めれば自分の仕事はわかりますが、隣の部署が何をしているかもわからないし、社外のことはもっとわからない。周りを見ていないので、今やっているこの仕事が本当にやりたいことなのかどうかもわからないんですよね。だからこそ、いろいろな仕事を味見していく中で、やっぱり今の仕事が一番いいと思う人もいるでしょうし、社内で似たような仕事を見つけて、社内異動制度を使って手を挙げる人もいるかもしれない。今の仕事の新しい取り組み方を他者の仕事を体験することで学べるかもしれない。そういうことも含めて、大人たちにも仕事体験を届けたいと思っています。
先日の横浜開港祭では一か所で複数の仕事体験ができる集積型の仕事体験「みつけイロ」を展開させていただいて、横浜国立大学や神奈川大学といった横浜の学生さんを始めとし、上智大学等都内の学生さんにも運営のお手伝いをいただきました。事務局からの依頼で子ども向けのイベントとして実施し、フジテレビの「News Live α」でも取り上げてもらったんですが、運営サイドに学生さんが入ることの効果は大きいと感じています。学習効果に関する研究では、いちばん効果が高いのは「教えること」で、二番目が「体験」、三番目が動画や音声、四番目がテキストという順なんですよね。参加者向けにはさすがに「教えてください」とはいかないので体験という形をとっていますが、運営を手伝ってくださる学生さんには、それぞれの仕事へのより深い理解が得られていると感じています。
全国各地に仕事体験を常設したい
東京は物産展、地方は地域創生
長期的には、全国各地でその土地の仕事を体験できる場を常設型にしていきたいと思っています。すべてを弊社が運営するのではなく、その土地で活動されている方々、たとえば地元の学生団体などと連携しながら質を落とさずに一緒に運営していきたいんですよね。
東京では東京の仕事に加えて、地方出身の方向けの機会も作りたいと思っています。私自身、静岡県出身なんですが、静岡県民は東京に住んでいる人がとても多いんですよね。地方での暮らしに興味を持ったとしても、地方にどんな仕事があるかわからないから戻れない、という方が結構多くて。そうした方々に向けて、仕事体験の物産展のような形で、都心では物産展と東京の仕事の体験機会を、地方では地域創生の意味も込めて各地の仕事体験を届けていく。これが当たり前にある世の中にしていきたいんです。
そのために直近で取り組んでいるのが、各地で開催される人が集まるイベントに交渉して出展枠をいただき、仕事体験イベントを出展させてもらうことです。横浜開港祭はその一つで、今度は7月25日に静岡でも、地元でそうした取り組みをされている方々と一緒に展開する予定です。(※7月25日のイベントは終了いたしました。次回は8月7日@神田を予定しています。詳細は弊社HPを御覧ください。)こうしたケースを各地で点々と増やしていくことに、今いちばん力を入れています。
当社の事業が他社の仕事体験と大きく違うのは、仕事の魅力抽出からコンテンツ企画、運営までをワンストップでやっていることなんです。このプロセスを通じて、従業員の方自身が自分たちの仕事の魅力に改めて気づいてくれるケースも多くて。学生さんと一緒に企画から取り組めたらもっと面白いのになという思いもあります。ヒアリングして魅力を抽出するところが、実は企業の中身を一番知れる機会になるんですよね。ボランティアという形でぜひ体験してほしいと思っています。
学生へのメッセージ
とりあえずやってみたら、というのが一番ですね。食わず嫌いをせず、まずはやってみる。イメージだけではわからない、意外な発見が体感を通じて得られると思うので、それはうちの仕事体験に限らず、いろいろなことを通じて自分が好きか嫌いかを体験してみるといいんじゃないかなと思います。
編集後記
大学で研究に打ち込みながらも、社会に出て感じた「知る機会がない」というもどかしさを、事業として形にしてきた仲上さんの歩みが印象的でした。NEDOでの経験や海外の子どもたちとの出会いが、遠回りに見えて実はすべてつながっていることに驚きました。「やりたいことを見つける」ためには、まず知ること、そして試食してみることが大切だという言葉は、就職活動を控える私たち学生にとっても背中を押される内容でした。私自身も、食わず嫌いをせずいろいろなことに挑戦していきたいと思います。