進学校を出て、なぜか大学に行かなかった
西海岸カルチャーに憧れてアメリカへ
進学校に通っていたので、まわりはみんな大学に進学するのが当たり前でした。それでも私は、大学に行く意味を見いだせなくて。当時、ハマっていたスケートボードやメロコアパンクのカルチャーが、アメリカ西海岸、とくにロサンゼルス発祥だったこともあって、その世界に憧れて「アメリカに行きたい」という気持ちがどんどん強くなっていったんです。
学校の先生に相談しても、当時はあまり情報がなくて。東京や大阪に、途中からアメリカの学校に編入できる専門学校があるという話だけ教えてもらい、そこに進学することを決めました。今でいうヒューマンアカデミーという会社の前身にあたる学校です。
バンドとサーフィンに明け暮れた日々
アメリカに渡ってからは、もともとやってたバンド活動と並行してやりたかったサーフィンも始めました。正直なところ、バンドとサーフィンばかりしていました。それを二十七、八歳まで、アルバイトをしながら続けていました。
広告営業11年を経て独立する
全米最大級の日系オンラインメディアでの11年間
自分たちのバンドのCDを売りたくて「メディアを自分たちでつくりたい」と考えていた時期に、海外在住の日本人同士がつながれる全米最大級の日系オンラインメディアの社長と出会い、入社することになりました。そこで広告営業を11年ほど経験させてもらい、ロサンゼルスから始まった会社の事業を、サンフランシスコやニューヨーク、ハワイへと広げるエリア開拓にも携わりました。
自由に提案したくて独立を決めた
当時のお客様はみなさん集客に困っていて、ブログを書いたらいいとか、動画を撮ったらいいのではとか、営業をしながら半分コンサルのような提案をしていました。もっと自由にいろいろな提案をしたくなって、独立することにしたんです。今は弊社でウェブサイト制作やソーシャルメディアの運用代行など、マーケティング全般をサポートする立場で仕事をしています。前職でさまざまな業界の話を聞かせてもらった経験が、今にしっかり生きていると感じますね。
アメリカ進出で企業がつまずくところ
集客の壁は「コンテキストの違い」
アメリカ進出を支援するなかで、多くの企業が最も苦戦するのは集客だと感じています。日本で売れているものが、こちらではまったく売れないということも珍しくありません。日本は単一民族で言語もひとつなので、背景となるコンテキストがみんな共通していて「言わなくてもわかるでしょ」という感覚が通用します。ですが、こちらは人種も言語も宗教も住むエリアによってばらばらで、そのコンテキストがまったく共有されていないんです。
くら寿司も最初は一店舗だった
わかりやすい例が、回転寿司のくら寿司さんです。日本では同じモデルをコピーすればすぐに店舗を増やせますが、アメリカのくら寿司さんは最初の五年ほどは一店舗だけだったと聞いています。そのままコピーしても通用しないからです。エリアによって人種構成が違えば、好まれるメニューも違う。今は八十店舗ほどに増えていますが、白人が多いエリア、黒人が多いエリア、メキシコ系や中国系が多いエリアで、メニューや価格帯を変えているそうです。同じようにやっていても売れない、という難しさがそこにあります。
マーケティングで大切にしていること
歴史より「今、私にとってのメリット」
日本企業のみなさんは、百年続く伝統や品質の高さといった歴史を語りたがる傾向があります。ですが、アメリカに住む人たちにとってそれはあまり関係がなくて、実際に自分が使うとどんなメリットがあるのか、他の商品とどう違うのかのほうが重要なんです。
味覚や習慣の違いを侮らない
食べ物ひとつとっても、日本での食べ方とこちらでの食べ方はまったく違います。お寿司にクリームチーズをつけたり、ご飯にバナナをのせて蜂蜜をかけたりするのは、こちらでは違和感のない食べ方ですが、日本人からするとちょっと気持ち悪く感じますよね。逆に納豆はこちらの人には抵抗があったりする。それでも本社は日本のやり方を通したがることが多くて、その温度差を説明するのに苦労している駐在員の悩みを聞くことが多いです。
円安と関税というボトルネック
アメリカ進出を続けるうえで感じているボトルネックは、経済的な問題です。飲食店を開業しようとしても認可に時間がかかりますし、関税も高くなっていて、私のお客様には五十パーセントの関税がかかっている企業もあります。百円の商品を送るのに余計に50円取られてしまえば、利益はほとんど残りません。加えて給料や家賃も円安の影響で想定より早く資金が尽きてしまい、日本の感覚で一年もつと思っていたものが三か月ももたずに撤退、というケースも見てきました。
今、アメリカで伸びているのは抹茶
昔から根強く伸びているのは刃物や包丁ですが、今のトレンドは抹茶ですね。観光客が京都で宇治抹茶を買い求め、日本国内では抹茶が不足するほどのブームになっています。こちらのカフェにも抹茶ラテがすっかり浸透していて、次はほうじ茶が来そうな気配を感じています。
人の生き様を価値に変えていきたい
弊社の経営理念は「人の生き様、心を軸とした価値創造で人々の幸福に貢献する」というものです。AIが発達すれば作業的なことは代わりにやってくれるようになるはずなので、これからは人の生き様や気持ちをストーリーとして価値に変えていきたいと考えています。
そうした思いから、海外で活躍する日本人にインタビューをするポッドキャスト番組「1%の情熱ものがたり」も続けています。あまりお金にはならない活動ですが、そこで生まれる価値創造を、いずれ何かにつなげていきたいですね。経営者のストーリーを伝えることは、マーケティングにおいても「この考え方の社長がつくる商品だから買いたい」と思ってもらえるきっかけになると感じています。
学生へのアドバイス、好きなことをやってほしい
学生のみなさんには「好きなことをやってください」と伝えたいです。よく言われることですが、大人の言うことに従ってレールに乗ってきても、社会がすっかり変わってしまって意味がなくなることもあります。私自身、学歴に対してややコンプレックスのようなものがあって、学歴はそこまで必要ないのではと思っているんです。経験を積むことでこそ人はスマートになっていくと感じていて、その経験を積むには、自分の好きなことをやるしかないと思っています。
器の大きさが会社を大きくする
長年営業として多くの経営者と関わってきて感じるのは、トップの器の大きさ以上に、会社は大きくならないということです。その器をどう身につければいいのか、私自身もずっとインタビューを重ねながら学んでいる最中なんです。今のところ感じているのは、清濁併せ呑む人、綺麗事だけでなく泥狭い努力もいとわない人、嫌われることを恐れずに行動できる人が、全体を網羅していけるのではないかということ。自分と合わない相手も排除せずチームに入れられる人こそ、良いも悪いも抱えながら大きくなっていく気がしています。
編集後記
板倉さんのお話を伺って、いちばん印象に残ったのは「好きなことをやってください」という言葉でした。学歴コンプレックスとは無縁に見える経歴でありながら、逆に学歴へのこだわりを手放したからこそ、バンドとサーフィンに没頭した日々が今のマーケティング支援の仕事につながっているのだと感じます。アメリカ進出という一見特殊なテーマの奥に、コンテキストの違いを理解し、相手の立場で物事を考える姿勢があることに気づかされました。早稲田大学に通いながらインタビューを続けている私自身にとっても、経験を積むことの大切さを改めて考えさせられる時間でした。