大学時代——テニスとバイトと、採用学との出会い
普通の大学生だった自分
大学1年から3年の途中まで、やっていたことといえばテニスとバイトくらいのものでした。生活費を自分で稼がなければならなかったので、アルバイト禁止の部活には入れませんでした。テニスサークルに入ったら、バイト代がそのままテニス代に消えていくみたいな、そんな生活でした。留学に行くとか、猛勉強するとか、そういうことはあまりしていなかったんですよね。
採用学ゼミとの出会い
ただ、ゼミでは、「採用学」を提唱している服部先生のもとで、ゼミの2期生として学びました。そこで企業の採用や人事の制度に興味を持ち始めました。さらに3年生の頃、説明会だと思って参加した場が実はインターンの選考で、そのまま面接が始まってしまったんです。そこから周りより少し早く就活というものに触れることになりました。
面接や面談を重ねていく中で、人事という仕事が「学生の人生と会社の行く末をつなぐ仕事だ」とすごく感じました。就活中に出会った人事の方のように、人の人生に向き合える大人になりたい、という気持ちを持っていました。
内定者時代に就活メディアを立ち上げる
株式会社サイバーエージェント(以下、サイバーエージェント)の内定者として、就活生向けのメディアの立ち上げにも関わっていました。サイバーエージェントで働く人の魅力を同じ学生達に伝えるべく、内定者同士で動画の企画から撮影まで行っていて、当時は新聞に取り上げられたこともありました。その情報を参考にして面接に臨んだという後輩もいたり、社内の若手へのインタビューや内定者座談会を公開したりしていました。この取り組みもそうなのですが、キャリアへの関心は、ずっと持ち続けていたんですよね。
サイバーエージェントの1年目——ABEMAの黎明期へ
ABEMAが知られていない時代
新卒でサイバーエージェントに入社し、最初の1年はABEMA(旧:AbemaTV)の開発局に配属となりました。エンジニアやデザイナーのみなさんとプロダクトの機能改善だったり、マーケチームとプッシュ通知の文言をどうすれば開封してもらえるかとか、どうすれば制作局の皆さんが作った魅力的な番組を見てもらえるかとか、そういうことを日々考えていました。
開局したてのABEMAは、今みたいにみなさんが知っているサービスではなかったので、どうすればこの魅力が伝えられるのかを毎日必死に考えてました。私たちの代がABEMAの新卒1期生で、開局から1周年のタイミングで配属されたので、整っていない状況の中で、先輩も役員の方も立場に関わらず皆が必死に自分たちにできることに向き合ってとにかく毎日前進していく。そういうベンチャー感が当時のABEMAにはありましたね。
藤田ファンド——投資家として、若手起業家たちと出会う
突然の指名
2年目に入った頃、自分の中で「起業の前にベンチャーキャピタリスト(VC)として働きたい」という気持ちが明確になっていました。社内で投資部門への異動を模索していたところ、「藤田ファンドを再開する」という話があり、当時2年目だった私に、まさかの抜擢の機会をいただきました。当時を振り返ると、若手起業家が増えていたのもあり、近い世代の私に声をかけてくださったのかなと思います。
本当にびっくりしましたが、自分がずっと考えていた方向に、タイミングよく進めた感覚がありましたね。
若手起業家が集った「はやまりナイト」
サイバーエージェント社長室投資戦略本部 藤田ファンド(以下、藤田ファンド)では、藤田晋社長(当時、現会長)と若手起業家をつなぐ「はやまりナイト」という会を開催していました。今振り返ると、その参加者たちが現在社会的に活躍されている方が多く、株式会社タイミーの小川さん、株式会社TENTIALの中西さん、株式会社ZEALSの清水さんなど上場を経験したり、相当な規模の会社を経営されたりしています。
参加者はX(旧Twitter)で公募したり、先輩VCから紹介していただきながら、同世代の起業家の方々を中心に呼ばせていただきました。当時はもちろん、このイベントがそういう結果につながるなんて全く思っていなかったですよ。
結果的に、藤田ファンドでは4年半で約20社、総額30億円ほどの投資に携わりました。自分だけでは絶対にできない、非常に貴重な経験をたくさんさせていただきました。
起業——退路を断ちにいった29歳の夏
30歳までに起業すると決めていた
30歳までに起業したいという気持ちは、大学2〜3年生の頃からなんとなくありました。実家が自営業だったこともあって、会社員として働いている大人の姿をあまり見てこなかったからかもしれません。ただ、学生のうちに起業しなかったのは、リスクを取ってでもやりたいと思えることが当時はなかったというのもあり、「何もないのにとりあえず起業」が一番リスクが高いと思っていたからです。
言ってしまったから辞めるしかない
28歳になった頃、VCの先輩たちから「起業するって言ってたけど、いつするの?」という外圧を受け始めて(笑)。このままではまずいと思って、29歳の誕生日を迎えた直後に、当時の上司に「30歳までに起業するって言っていたので、起業をするために辞めようと思っています。」と伝えに行きました。藤田ファンドの仕事は非常に魅力的だったのですが、言ってしまったからには辞めるしかない、と自ら退路を断ちにいった感じです。
常に意識が起業に向いていたことや自分が宣言したということもあり、自分がやりたいと思ったことにまっすぐ挑戦してみようと思っていました。
Sworkers——スタートアップに挑む人を、ふやす。
スタートアップ転職・就職支援と女性キャリア支援
「スタートアップに挑む人を、ふやす。」というビジョンのもとで、株式会社Sworkers(よみ、スワーカーズ)を立ち上げました。社名自体、(スタートアップで働く人という意味を込めた)「スタートアップワーカーズ」から自分で作った造語です。
事業は大きく2つあって、1つはスタートアップへの転職・就職を支援する人材紹介(エージェント事業)。もう1つが、「ルールをつくる女性を、ふやす。」というビジョンを掲げた女性キャリア支援事業「Project:F」(よみ、プロジェクト エフ)です。「Project:F」の中で女性のスタートアップ起業を支援するプログラム「Female Founders Door」を実施してきて、約30社の創業と、15名以上の資金調達を支援してきました。みんな本当に頑張っていて、自分も刺激をもらいながら続けてきました。
約1,000人規模の女性キャリアカンファレンス
Project:Fの一環として「きょう、人生を動かそう。」というステートメントを掲げた女性のみのキャリアカンファレンス「Female Founders Conference」も、昨年(2025年)に都内で2回開催しました。登壇者も全員女性で、スタートアップから大企業、起業家まで、さまざまな場所で活躍する方たちに自身のキャリア論を語ってもらいました。「ここで出会った企業に転職した」という参加者も多く出てきていて、キャリアの選択肢を広げる場になれていると感じています。
伸びるスタートアップに共通すること
ピュアに前を向き続けられるか
私自身、ひとりの起業家として「これからもっと事業を伸ばしていくぞ!」というところの中で大変恐縮なのですが、同世代の起業家を見ていて感じる共通点は、ピュアに前を向き続けられることだと思います。緻密な計算の上で事業を伸ばしている経営者の方も多いと思いますが、「この人は将来今よりもっと伸びるな」と感じる人たちに共通しているのは、「自分の思いを大切にしながら、ピュアな気持ちで前に進めていること」だと思います。あと、みんな声が大きいんですよね(笑)。声の大きさと元気の良さ、これは結構重要な点だと思っています。
学生へのメッセージ
正解がない、と毎日唱える
就活をしていると、みんな同じような行動をしてしまいがちです。誰かが受かった、受からなかったという情報が気になって、つい比較してしまう。でも本当に大切なのは他人ではなく、「自分がどうしたいのかを考えること」です。「正解がない」ということを、毎日唱えた方がいいくらいです。
私はこれまで再現性のない仕事の仕方をしてきたと言われることもよくあるのですが、それでいいと思っています。直感を信じてこそ出せる結果もある。自分のタイプを冷静に考えて、もしかしたら起業家に向いているかもしれない、と感じる学生がいたら、ぜひその直感を大事にしてほしいです。
誰かを羨ましがっているだけでは、何も動かない。先程話した通り、私たちがやっているカンファレンスのステートメントは「きょう、人生を動かそう。」なんですが、チャレンジし続けることで、人生は動かせると思っています。
編集後記
今回のインタビューで印象に残ったのは、坡山さんが一貫して「自分で選び取ること」を大切にしてきたという姿勢でした。サイバーエージェントの新卒1期生としてABEMAの立ち上げ期に関わり、藤田ファンドの担当者として約20社以上に投資し、29歳で起業する——その一つひとつが、計算ではなく直感と思いから来ているというのがとても刺激的でした。「正解がない、と毎日唱えた方がいい」という言葉は、就活を前に比較ばかりしてしまいがちな自分にも深く刺さりました。スタートアップという選択肢をもっと身近に感じてもらいたいという坡山さんの活動を、これからも注目していきたいです。