株式会社Next Mission代表取締役の安藤功一郎さんは、自衛官のキャリア支援事業を手がけています。学生時代から「社長になる」と決めて歩んできた、その軌跡を伺いました。
大学一年、パチスロで1,000万円稼いで見えたもの
検察官になりたかった
学生の頃は、法学部だったので、はじめは本気で検察官になりたいと思っていたんです。
ただ、大学一年生の頃からパチスロにのめり込んでいて、学校に行きながら年間1,000万円ほど稼いでいました。軍団のような形を作って、本気でやっていたんです。これは学校がなければ2,000万円、3,000万円も狙えるなと感じていました。
お金は人の価値を測る物差し
その一方で、検察官の給料を調べてみると、50代になってようやく1,300万円、1,400万円ほど。検事総長というトップオブトップになっても、その程度だとわかりました。社会のためになる、名誉のある仕事だとは思いますが、金銭的にはまったく見合っていないと感じたんです。
とはいえ、お金は人のやっていることの価値を測る、ひとつの物差しだとも思っていました。ゴミ拾いも、飲食店の仕事も、コンサルティングも、すべて大切な仕事です。ただ、それぞれの意義を客観的な数値にしようとすると、結局はお金で測るしかありません。残念ながら、それが現実です。自分では意義があると思っている仕事でも、世の中ではまったく評価されていないことだってある。それに気づいたとき、なんだかばかばかしくなってしまったんです。
社長を目指したのは大学一年の夏
それなら何が価値を持つのかと考えたときに、世の中の社長の給料はすごそうだと思いました。会社に1億円の利益があれば、自分の給料を1億円にすることもできる。逆にゼロなら、もらえない。そのゼロか1億円かを決めるのは、結局私の頑張りと責任です。私が社長なら、その分の評価をまるごと私が引き受けられる。そう考えて、社長を目指そうと決めたのが、大学一年生の夏休みあたりでした。
内定33社、就職活動という「無料の経営講座」
会社説明会は最高の教材だった
私が就活をしていたころは、大学3年生の秋からどんどん内定が出る時代で、ちょうどインターネットが出はじめたころでした。社長になるにはどうすればいいかと考えて、銀行や、当時世界的にすごいと言われていたトヨタ、最短5年で上場したベンチャー企業など、いろいろな会社の説明会に足を運びました。当時はリクナビを使って、数多くの会社説明会に参加していたんです。
会社説明会に行くと、ふだんは外部に言えないような戦略や、その会社がどんな思いで生まれて何を目指しているかまで、何でも答えてくれます。これがタダで聞ける機会は学生のうちしかないと思って、夢中になって聞き回っていました。大学の講義よりも、よほど勉強になったんです。そのうち、興味のある会社の選考にも進んでいきました。
面接で経営戦略を語っていた
選考が進んでグループディスカッションになると、私はいつも「御社を選考します」という側に立って、こちらから質問を重ねていました。役員面接まで進むころには、説明会で聞いた情報をもとに、自分がこの会社の社長だったらこういう戦略で伸ばしていく、という話をしていたくらいです。
そんな調子で、30社弱を受けてすべて内定をもらいました。
内定をもらえたら考える
当時から、内定後に「御社が第一希望です、入社します」と言うのは社交辞令だと感じていました。だから私は、もし内定をもらっても行かないかもしれないと正直に伝えていたんです。嘘をついて「第一希望です」と言ったほうが、むしろ会社に迷惑がかかると思っていたので。ただ、内定をもらえなければ考えることもできないので、内定は出してくださいと伝えていました。
最年少部長から、海外での起業へ
内定辞退の場で社長に説得された
新卒の就職活動では、IDOMという会社に入社することを決めました。
もともとは内定を辞退するつもりで会社に伺ったのですが、その場で社長と直接お話しする機会をいただきました。そこで「まずは3年、本気でやってみないか」と声をかけていただきました。
その言葉から、会社としての勢いや人に向き合う熱量を感じ、「ここで挑戦してみよう」と思い、最終的に入社を決めました。
役員目前で阻まれた25歳
入社して2年半、東証一部上場企業の最年少部長を務めさせてもらいました。部長の次は役員しかありません。25歳で役員にという話も社内であったのですが、東京証券取引所から反対されてしまったんです。25歳の役員は前例がなく、投資家の理解が得られないという判断でした。
その時に、私が役員になれるのは早くても30代だと気づきました。あと10年、同じ仕事を続けることになる。それなら起業しようと、2年半でその会社を辞めました。
海外で成功するほうが面白い
起業する場所として最初から海外を考えていました。地球上にはたくさんの国があるのに、日本人が日本で成功してもそれほど面白くないと思っていたからです。言葉も通じない、コネクションもない状態から海外で成功できたら、そのほうがよほど価値があると考えて、タイで起業することにしました。
タイで見つけた、現地にいたからこその発想
タイに住んでいると、日本にいる友人や親戚から「タイに行くなら案内してほしい」「ホテルを取っておいて」という連絡がよく来るようになりました。当時はまだアゴダ(Agoda)やブッキングドットコム(Booking.com)のような予約サービスがなく、日本からホテルを予約すると現地より約2倍の価格になっていたんです。これは事業になると思って、旅行会社を始めました。
エイチ・アイ・エス(H.I.S.)の澤田秀雄さんが航空券を安くする仕組みを作っていたのと同じ発想で、ホテルを現地価格で提供する。海外にいたからこそ気づけた身近なニーズを、そのままビジネスにしました。
なぜ、自衛官のキャリア支援なのか
お金儲けの先にあるもの
その後もタイでいくつかの事業を立ち上げ、M&Aも経験してきました。お金はもう十分にあって、生きていくためだけなら働く必要もありません。そうなったときに、私のような立場の人間がやるべきことは、お金儲けではなく、社会の役に立つことだと思うようになりました。
お金がない人が稼ぎたいと思うのは当然のことです。生きていくために必要だから。でも、お金を持っている人間がやるべきなのは、お金がないとできないこと、つまり人の役に立つことだと思うんです。学生やお金に余裕がない人が社会のために動こうとしても、生活の欲が先に出てしまって、なかなか続きません。お金持ちはその段階をすでに経験しているからこそ、続けられるんです。
自衛官不足は国の危機
次は日本のためになる仕事をしたいと思っていたときに、自衛官の方と知り合って、現状を聞きました。今、若い世代が自衛隊に入らない理由は、ほとんどがキャリアにつながらないからというものです。大手商社やサイバーエージェント、ソフトバンクのような企業を学生が選ぶのは、そこで一生働くつもりではなく、スキルアップして次のキャリアにつなげられると思っているからです。自衛隊にはその印象がありません。
日本には今、陸海空で22万人の自衛官がいます。年2万人の新規募集に対し、実際に確保できているのは1万数千人ほどです。これがやばいと思ったんです。北朝鮮やロシア、中国からミサイルが日本に向いていても攻めてこないのは、日本の防衛力が抑止力になっているからです。人数が減れば、その抑止力も弱くなります。
それに、震災が起きたときの災害復興支援も自衛官の方が担っています。人数が足りなければ、本来救えたはずの命も救えなくなるかもしれません。私が東南アジアで見てきたように、生まれた国によって努力もしないうちに人生の選択肢が決まってしまう「国籍ガチャ」というものがあります。今の日本に生まれてよかったと思えるのは、戦後の世代が頑張ってくれたからです。100年後の日本人が同じように思えるかどうかは、今の私たちにかかっています。
自衛官は体育会系人材と同じ
自衛官は7割が高卒です。高卒のままだとサイバーエージェントやDeNAのような企業に入るのは難しいのが現実です。ただ、自衛官を4年務めた人と、なんとなく大学4年間を過ごした人とでは、自衛官のほうがよほど使えると、これまでの経験から感じています。
企業が学歴フィルターを作る理由は、東大に入るような忍耐力、つまり嫌なことでも目標を決めてコツコツ続けられる力を見ているからです。自衛官として基地で集団生活をしながら任務を続けてきた人にも、同じ忍耐力があります。野球やラグビーで大学スポーツをやっていた人がスポーツ系人材として評価されるのと同じように、自衛官としての経験も評価されるべきだと思うんです。
自衛官として4年間国のために尽くしてから、企業でキャリアを積んでいく。そうしたルートを私が作れたら、自然と自衛官になりたい人が増えていく仕組みになります。これが、自衛官のキャリア支援という今の事業を始めた理由です。
学生に伝えたいこと
ファーストキャリアは初恋と同じ
今、なりたい自分や進みたいキャリアがあるなら、それを忘れないでいてほしいです。
就職活動については、深く考えすぎなくてもいいと思っています。最初に選んだ会社は、ほとんどの人がいずれ辞めるものだからです。高校生のときに付き合った相手と「結婚しよう」と盛り上がっても、たいてい別れてしまうのと同じです。最初の恋愛が結婚にならないのと同じように、最初のキャリアもいずれ離れていくものだと思っています。
ビジョンは外向きと内向きで作る
ビジョンを考えるときは、外向きと内向きの両方で作るといいと思います。外向きは、人からどう思われたいか。内向きは、自分が本当はどうなりたいか。内向きだけで考えると、自分でもよくわからなくなって迷走することがあります。
しっかりとビジョンマップのようなものを作って、携帯の中に入れておく。そうすれば、今の自分がそのビジョンに近づけているかどうかを、いつでも確認できます。
編集後記
今回のインタビューでもっとも印象的だったのは、「内定をもらえたら考える」と言い切れる芯の強さです。大学生のうちから自分の価値を数字で捉え、社長という生き方に真正面から向き合ってこられたからこその言葉だと感じました。YouTube番組「令和の虎」でもおなじみの安藤さんですが、今は自衛官のキャリア支援という、お金よりも社会的な意義を優先した事業に取り組まれています。「なりたい自分を忘れない」という言葉は、就職活動を控える私自身にも強く刺さりました。