学生時代、とにかくやりたいことをやりまくった
普通の大学からの出発
大学は、そこまで偏差値の高くない大学の外国語学部で中国語を専攻していました。中国がなんかイケてんじゃないかという、当時の勝手な発想です。20何年前の話ですが(笑)。
サークルは「中愛」と呼ばれる中国語会話愛好会に入っていて、年に一度、外国語で寸劇をするステージイベントをやるんですよ。本来はクソ真面目に西遊記みたいなことをやるんですけど、「西遊記、面白くねえな」ってなってドラゴンボールをやろうぜと。今でも仕事をしている映画監督の大学時代の親友と2人でひどい脚本を書いて、ガチンコで作るみたいなことをやっていました。そしたら観客動員数ナンバーワンを取れたっていう思い出があります。
その愛好会の会長もやりながら、バイトを何本も掛け持ちしていて。気がついたら1週間ぐらい寝ていなくて、蕁麻疹が全身に出て1回倒れる、みたいなことをよくやっていた。残り半月で200円ぐらいしかなくてやばいな、という時期もあって、昔テレビでやっていた無人島生活に近い状態もありましたね。
19歳の事故が人生観を変えた
一言で言うと、大学時代はとにかくやりたいことをやりまくっていました。一人で中国に行って旅したりもしていたんですが、就職する気はなかったんですよ。起業しようと思っていましたから。
小学1年生の時の将来の夢は「仕事のできるサラリーマン」だったんですが、その後すぐ違うなとなって。小学3年生ぐらいから、自分で何かビジネスを起こすぞと思っていました。中学生の頃には自分でプログラムを書いてオリジナルゲームを作ったりもしていて、高校は情報処理の学校に通っていました。
起業しようと思っている中で、大学時代に一つ大きな転換点がありました。19歳の時に寿司配達をしていたら事故に遭って、半年間入院したんです。右足が今でも悪くて、膝の骨を粉砕して歩けなくなった。1週間ぐらい生死を彷徨う時期もあって、「あ、1回死んだな」と思って。
それからですね。生きる上で楽しいことをしないともったいない、いつでも一瞬で死ぬな、と思えるようになったのは。ただ仕事して普通に家庭を持つというよりは、何か世の中に貢献できることをしたい。もう一回命をもらってこの世の中に生きているんだな、という感覚が生まれました。
ビジネスを学ぶため「1回就職してきます」
DIY好きが不動産業界へ
大学4年生の6月ごろ、友人に「起業するなら一度ビジネスを学んだ方がいい」とアドバイスをもらって、就職することにしました。当時はすでにみんな就活を終えていた時期。「そろそろはじめるか」とようやく就活を始めて、すんなり内定が取れました。
入ったのは不動産の仲介会社で、売買・賃貸の仲介と新築をやっていた会社です。入社3年目の時に、DIYが得意だという理由だけで「リフォームできるんじゃないか」と社長に言われて、リフォーム部署に配属されました。
そこで気づいたのが、リフォームの顧客と事業者の間にあるすごく不毛な構造というか、現場の中の煩雑さです。そういうものを変えられたらいいなと思い始めたころ、一緒に働いていた上司が「起業しよう」と言ってくれて、3人でリフォーム会社を立ち上げました。
小さな会社に感じた限界
売上は確かに上がっていって、お金はなんとか手に入っている。でも、「このままでは何も世の中を変える力を持てない」と3人の会社の限界を感じました。
結局、株も何も返してもらわなくていいからと会社を離れることにしました。共同創業者は今もその会社を続けています。そこから転職活動をしていた中で、全国で100億円規模の売上があるグループ会社の次期社長候補という話や、リクルートへの転職話が出てきました。
拓大卒で書類審査が通るわけないとスコープアウトしていたリクルートが、珍しく中途採用で社員を募集していたんです。試しにやってみたら書類が通って、話を聞いたらおもろそうだなと。「マーケットに何かインパクトを残すことを学べる場所はどっちだろう?」という天秤にかけた時、やっぱりリクルートじゃないかなと思いました。
40歳までにもう一回起業しようと決めていたので、そのタイムテーブルにも合う入り方ができるという判断もありました。29歳の時のことです。
愛犬の癌が事業のきっかけになった
獣医師への疑問
リクルートではゼクシィのディレクターをやっていました。私は愛犬と暮らしていたんですが、ある時愛犬が病気になったんです。足を上げているから病院に行ったら脱臼と言われて、その後引っ越しのタイミングでもまた足を上げている。再び病院に行ったら「もしかしたら癌かもしれません」と。
脱臼と癌の高低差がすごすぎるんですけど(笑)。奇跡的に転移なく治療できたんですが、本当に癌だったんですよ。
その時に「なんでこんなことになったんだろう」と思って、先生に1時間時間をもらって話を聞いたんです。その先生が学生時代に腫瘍学を専攻して研究していたという話を聞いて、ふと気づいたことがあって。世の中で「腫瘍学について強い」という看板を出している動物病院がほとんどないんです。動物がいれば全部診られる先生だと思ってみんな行っているけど、そうではない。これは全員損してるんじゃないかと思いました。
10年かけて種をまく
そこからいろんな先生をわらしべ長者のようにヒアリングしていくと、獣医師業界の歴史と、獣医師たちのビジネス的なペインが見えてきた。これを解決するとビジネスになるかもしれないと思って事業プランを立てて、リクルート社内の事業提案制度「Ring」に起案しました。グランプリを取って事業化したのが、専門家相談サービス「ペッツオーライ」の始まりです。
ペット業界をどうにかしたいという気持ちが最初にあったわけではなくて、自分の周りで起こった問題や構造のゆがみが気になってしょうがない性格なので、それを見ていたら「良さそうだ」となった、という流れです。
一言で言うと、悩みがあったら専門家にオンラインで相談できる、というサービスです。相談と回答の精度をとことん上げていて、国内の類似サービスと比べても品質・スピード・安定感があり、とても真面目にやっています。
ただ、もう一つ大事にしていることがあって。回答の中に「この症状であればどういう専門科目の先生に見てもらうべきか」という情報を入れるんですよ。「循環器科」と言われたら、「循環器科って動物にも適用されるの?」とユーザーが気づくきっかけになる。そうやって態度変容の種をひたすら植え続けることを、この10年間やり続けてきました。
ペット業界のインフラになる
ワンパスが生まれた理由
しつけの相談をたくさん受けていく中で、日本のしつけのレベルの低さをものすごく痛感するようになりました。ペットと一緒にお出かけできる場所が少ないなと感じていたので、飲食店の方々に話を聞いてみると、保健所的には問題なくても、犬が吠えたり、おしっこをそのままにしたり、他の客に噛みついたりすることが怖くてペットOKにできない、という声がたくさんあった。
ペットオーナーに向けたメディアで啓発しようとしても、見るのはペットオーナーだけ。事業者には届かないんですよ。だったら、ペット業界の事業者のニーズも、ペットオーナーのニーズも叶えながら、ペットオーナーたちのスキルのボトムアップと態度変容を一本でできるものを作ろうという発想から生まれたのが、わんことのお出かけ支援サービス「Wan!Pass(ワンパス)」です。
もう一つ加えたのが「しつけ認定」の仕組みです。「この子はこれができる」ということを第三者の認定師の前でやって取ることができる制度で、認定を受けた子だけが施設に入れるようにすることで、マナーの悪いオーナーに悩んでいた事業者の課題も解消できる。
たとえば、義務教育を終えていない子どもたちが大人になって社会にでたら、日本の治安は悪くなりますよね。ペット業界で今まさに同じことが起きています。だから最低限、お店におけるTPOを守れるぐらいまではできるようにしましょうよ、ということを世の中に知ってもらいたい。
3兆円市場を目指して
今のペット業界の市場規模は1兆9000億円ほど。上場企業1社の売上とほぼ一緒の規模なんですよ。ドル箱風に見えるペット業界ですけど、冷静に見ると上場企業のちょっと上の会社1社の売上規模。かなり小さいんですよ。ただ、ペット業界に可能性をもってもらえれば、もっとたくさんの企業がこのマーケットに可能性を感じて参入してくれる。良いプロダクトが生まれ、ペットとの暮らしやすさが増し、ペットを飼いたい人も増える。そういう好循環を生み出したいんです。
まずはペット業界全体の市場規模を、現在の約2兆円から3兆円へと成長させること。その結果として、矢野経済研究所などが発表する市場データにも業界の成長が表れる状態をつくりたいと考えています。
そのために私たちは、ペット業界の事業者がもっとビジネスをしやすくなるインフラづくりに取り組んでいます。私たちが蓄積したデータも、独占するのではなく、業界全体の発展につながるのであれば積極的に活用してもらいたいと考えています。こうした考え方は業界内では珍しいかもしれません。しかし私たちは、自社だけが成長するのではなく、業界が抱える本質的な課題を解決し、この業界で働く人たちがもっと幸せになれる環境をつくりたいと思っています。
「ペットがかわいい」だけで語られる業界ではなく、持続的に成長し、働く人たちにも夢のある産業へ。私たちはこれからも、その変革に挑戦し続けます。
編集後記
小早川さんのお話を聞いて、「課題解決」という言葉の重みが変わりました。ペット業界に飛び込んだのも、ビジネスとして計算したからではなく、愛犬の癌という自分ごとの体験から始まっていた。そして10年間、ニーズが存在しないところから「態度変容の種を植え続ける」という地道な姿勢に、本物の事業家の覚悟を感じました。特に印象的だったのは「方程式を設計できる人間になれ」という言葉です。AIが過去の成功事例から答えを出す時代に、現状の違和感に気づき、問いを立てられる力が問われている。学生のうちに、情報をただインプットするのではなく、自分なりの哲学を作ることの大切さを改めて考えさせられました。