学生時代、韓国へ渡った理由
大学を卒業してから、少し営業の仕事をしていました。そのあとは大学院に進もうと考えていて、最初はアメリカに行こうと思っていたんです。ただ、韓国語を勉強したいと思って学び始めたところ、韓国の大学院の先生から「来てみないか」と誘っていただいて、語学を学んでいる途中に大学院に入ることになりました。
専門は建築工学です。日本と韓国の比較研究をしていて、建築基準法がよく似ていることもあって、都市計画や国土計画、首都機能移転をどうするべきかといったテーマを題材に勉強していました。東京もソウルもよく似ているところがあるので、いろいろな発見がありましたね。
アジアが伸びると感じていた
アメリカではなく韓国を選んだのは、これからアジアがずっと伸びていくと感じていたからです。とくにサムスンのような企業がどんどん伸びていく様子を見ていたので、迷わず韓国に行きました。
バブル崩壊から生まれた商社マン時代
韓国から帰国して建築の専門を活かそうと思っていたのですが、ちょうどバブル崩壊の時期で、建築関係はあまり景気がよくありませんでした。ちょうど韓国語を話せたので、携帯電話の組み立てや素材を日本から韓国に販売する流れがあり、電子部材を扱う商社に入社して、まずはスキルを磨いていくことにしたんです。
2007年、ボーダレスを創業
実家もみんな経営者でしたので、自分自身も起業をしたいとは思っていました。当時はちょうどネット通販がはじまる時期で、韓国に留学している時に「日本の商品を買ってほしい」という依頼が結構あったんですよね。当時、韓流ブームで人気が出ていたグッズをオークションで少し売ってみたところ、あれよあれよという間に伸びていきました。
ネット通販が勃興していく中で、結構順調に伸びていったので、そこから通販、今でいう越境ECをはじめていこうと、いろいろなものを販売するに至りました。
SNSでファンを集め、通販へつなげる
今も伸びているのは、秋葉原にあるような商材です。日本が誇る産業というと、見えないところでは電子部品や素材なのですが、見える部分でいうとアニメやオタク関連ですね。秋葉原にも出店しています。商社マンをやっていた経緯もあるので、商材そのものへの関心というより、客観的に伸びていくであろう商材を発掘し、商品として育てていくというところに意識を向けていました。
ちょうど十数年前くらいから Twitter(X)などの SNS も伸びていったので、ワールドワイドに発信できるようになりました。SNS でファン層を集めて、それを通販につなげていく、というモデルでいろいろなジャンルを手がけてきました。今はアパレルも手がけていますが、結局伸びたのは秋葉原にあるような商材でしたね。
強みとしてはもうひとつ、多言語で海外を勉強してきたので、多言語でどうアクセスを伸ばしていくかという視点があったこと。理系なので、データを絡めた数字の分析が得意だったことも、取り掛かりやすさにつながったと思います。
アパレルは「無在庫」がモットー
アパレル事業については、できる限り無在庫でやることをモットーにしています。消化が早いぶん、負担なく販売していくことができていますね。
アジア各地に拠点を構える理由
韓国、中国、フィリピンなど、アジアのいろいろな拠点を構えているのは、越境ECをするための拠点でもありますし、現地から仕入れるバイヤーの機能も兼ね備えているので、両方の意味があります。
現地でしか分からない情報もあって、たとえば中国では、日本でいうインスタグラムや Facebook にあたる SNS にログインできません。そういうところが日本の会社にとっては障壁になるので、現地に拠点を置くことで、その障壁を突破していけるという利点を活かしてきました。
あらゆるジャンルで、日本の良さを世界へ
日本には今、年間数千万人の方がいらっしゃっていて、日本の良さがだいぶ浸透してきたと感じています。やはり国に帰ってからも「こういう商品が欲しい」「あれが食べたい」という声があり、衣食住のあらゆるジャンルで、日本の繊細なところは世界中の人に好まれています。
今はジャンルを絞っていますが、最近はとくに「食」にかなり力を入れていて、たこ焼きやお刺身、果物などを扱っています。ジャンルを問わず、世界中に発信していけたらいいと思っています。
日本は毎日人口が減っていて、消費する人も作る人も今後減っていきます。そうした中で世界に消費が向いていけば、いろいろな産業も発展していくはずです。実は町工場や酒蔵、電鉄会社の、あまり知られていない路線のアクセス向上といった取り組みも、ホームページには出していませんが、おこなっています。
学生たちへ ― まず海外に出てほしい
まず、旅行でもいいので海外に出ていただきたいです。それは海外のことを勉強するという意味もありますが、海外に出てやっと、日本の素晴らしさを理解していけると思うので、ぜひ若いうちに海外に出てほしいと願っています。
キーワードは「越境」
いつもプレゼンで伝えているのは「越境すること」です。越境体験することで、新しいいろいろなイノベーションが起こっていくと思っているので、越境の素晴らしさをこれからも伝えていきたいですね。
これからのライフワークは「農業と食の流通」
実は今後、農業の方に力を入れていこうと思っています。日本でも世界でもいいのですが、基本的に農業は課題が多すぎるんですよね。農家の平均年齢は約70歳で、農薬や化学肥料への依存も含めて、状況がおかしくなってきています。理系の知見が入って、いろいろ改革していかないと、農業はだめになってしまうという危機感があります。
コロナ禍を経てデジタルだけで完結してしまう人が増えたからこそ、現場を見ることがますます重要になっていますね。建築や都市の分野でも、人口が減っていく中で新しく設計することは減っていくので、既存の問題をどう解決していくかが重要になってくると思っています。こうした農業改革は、私自身の晩年のライフワークとして取り組んでいくつもりです。
編集後記
今回は株式会社ボーダレス代表取締役の表泰之さんにお話を伺いました。海外留学から商社、創業へとつながるキャリアの中で一貫して「越境」というキーワードを大切にされている姿が印象的でした。日本の良さを世界に届ける挑戦は、人口減少が進む日本にとって、これからますます重要になっていくと感じます。学生のうちに海外へ出るという表さんのアドバイスを胸に、私自身もさまざまな経験を積んでいきたいと思いました。貴重なお話をありがとうございました。