インタビュー

「旅して、起業して、日本の観光を変える」——羅針盤・佐々木文人が描く、インバウンド新時代の地図

PROFILE
株式会社羅針盤 代表取締役
佐々木文人

商社に行きたかった就活生が、損害保険ジャパンへ

「やりたいこと」が見つからなかった学生時代

就活の頃は、将来自分で何かやりたいとは思っていたんです。ただ、何がやりたいかはわからなかった。だから大手企業を一通り受けてみました。

なかでも商社に憧れていて、「若いうちに海外に行けそう、子会社の経営に携われそう、英語が上達しそう」みたいな軸で志望していたんですけど、商社とはことごとく縁がなくて。他の大手の面接でも「商社に行きたいです」と言ってしまっていたので(笑)、銀行はリクルーターをぐるぐる回されながらも落とされず、最終的に落とさずに選考を進めてくれた懐の深い株式会社損害保険ジャパン(現:損害保険ジャパン株式会社)に入社しました。

ホワイトすぎた職場が転職の背景に

当時は労働基準法の話題が盛り上がり始めていた時期で、損害保険ジャパンも夜9時には電気が消されていたんです。でもよく考えてみると、6時から9時の3時間を月20日続けると60時間になって、36協定の45時間を超えてしまう。いわゆる「ホワイト企業」って、毎日2時間の残業でも引っかかる計算なんですよね。

私はライフワークバランスって、一生を通じてバランスが取れればいいと思っていて。20代の時間の使いかたとして、ワークに振り切ってスキル的な貯金をつくったほうがライフも充実するという感覚があった。そう考えたときに、働き方の柔軟性の高かったボストン コンサルティング グループ(BCG)への転職を決めました。

コンサルを経て、1年間の世界旅行へ

BCGで得た「戻れる」という自信

何がやりたいかは30歳手前になっても正直わからなかったんですが、当時のコンサルティング会社の良いところは、いくらでも働かせてくれたこと。3年以上働くと「いつでも戻れる」という自信が持てました。職がなくなる不安感がなくなるんです。

それに、私は現役で学部を出ていたので、周りには留学含め院卒の人も多かったし、浪人してる人も多かった中で、「寄り道することに価値がある」という感覚も生まれてきた。それなら自分も海外に出てみようと。

留学より旅行を選んだ理由

海外に行こうと決めたとき、選択肢は留学か旅行かでした。留学している人は周りにたくさんいる。だったら1年間でいろんな場所を見た方が、ユニークな人生にできるんじゃないかと思って、旅することにしたんです。

旅行中にずっと考えていたのが「帰ったら何をしようか」ということ。旅が好きで日本全国に知り合いができていく環境の中で、日本の観光業って、自分が携われば大きなポテンシャルを引き出せるんじゃないかと感じるようになりました。

石畳をコンクリートで塗り固める国に、可能性を見た

当時2013年で、オリンピック開催が決まる頃のタイミングでもあって、インバウンドは今後も伸びていくだろうという感覚は旅行中からありました。同時に、日本の地域の魅力がうまく活かされていないことも実感していて。石畳のきれいな場所をコンクリートで舗装してしまうとか、もったいないことが至るところにある。

それに観光は単純に楽しそうだし、最悪戻ればいい(コンサルに)という気持ちもあった。だったら何でも止まらずやってみよう、と帰国後すぐに起業しました。

羅針盤の4事業と、そこに込めた思想

現在は4つの事業を展開

羅針盤では現在、ホテル事業・エクスペリエンス事業・トランスポーテーション事業・地域プロデュース事業の4事業を展開しています。もともと3社が合併して今の形になって、その後もM&Aを重ねながら現在の事業規模になりました。

ホテル事業はオーナー様から施設をお借りして、内装のセットアップから集客まで一連のフローを担う宿泊施設の運営代行です。エクスペリエンス事業では主に訪日外国人向けのオプショナルツアーの企画・運営や着物レンタルをしています。、築地の食べ歩きツアーやガイド付きのの1日観光、芸者の見学ツアーなどを東京・京都中心に展開しています。また、着物レンタル事業は東京・京都・川越・金沢・大阪など全国8か所に店舗を構えていて、他には、渋谷のスペイン坂下で日本酒バーの運営もしています。トランスポーテーション事業では日本全国のバスやタクシーの手配、東京でのハイヤー運行などをしています。

ゲスト向け事業で培った力を、地域に還元する

最初の3事業はどちらかというと対ゲスト向けのサービスで、観光地での事業が多いです。ただ、私たちが掲げるミッション「日本の魅力で、世界を豊かに」を実現していくためには、そこで培ったノウハウを地域に展開することが不可欠だと思っています。

地域プロデュース事業では行政からの受託事業として日本の観光振興に取り組んでいて、地域の受け入れ体制の強化や集客力の向上を支援しながら、いずれは私たちもそこにビジネスとして入っていける環境を作っていく。この循環を回すことで「旅の目的地を創出し、日本の観光をリードする」というビジョンを実現できると思っています。

ヒットコンテンツは、築地の食べ歩きツアー

一番最初に作って今も人気なのは、築地の食べ歩きツアーです。「街をレストランにしよう」というコンセプトで、玉子焼きを食べたら薩摩揚げを食べて、お茶を飲んで、それぞれのお店の方との触れ合いを楽しみながら、食や歴史・文化をガイドが案内していく。口コミ数が積み上がってきたことで集客力も強くなってきました。

観光業の課題と、羅針盤が目指す未来

観光が「楽しいだけ」で終わってはいけない理由

観光って人気の業界で、大手旅行会社は就職人気ランキングで常に上位にいます。でも、30代・40代になっても仕事の熟練度が上がらないと働いている人たちの待遇が上がらないし持続可能じゃないという課題があります。

地域プロデュースも同じで、みんな興味は持つものの、行政のお金をもらって言い方は悪いですが、報告書を作成することやタスクをこなすことが目的になってしまって次年度に何も残らないケースもある。それでは税金の無駄遣いになる。そこを変えていかなければという問題意識があります。

向こう5年でやりたいこと

今の事業は東京・京都中心ですが、これを地方へ広げていくことが短期的な目標です。インバウンドの旅の目的地を創出していくことで、より社会にインパクトを与えられると思っています。

そのためには、羅針盤が取り組む地域に足を運びたいと思うファンを世界中に作っていくこと。そのためのプロデュース力を磨いていくことが大切だと考えています。

「仕事のできるいいやつ」が羅針盤で活躍できる

正解のないマーケットで求められる資質

インバウンド自体がまだ新しいマーケットで、正解がないんです。だからこそ、早くやって失敗して学んで次へ、というサイクルをめげずに回せるかどうかが、仕事のできる人になれる条件だと思っています。

たとえばガイドの育成をやろうとなったとき、「英語を勉強してからガイドします」という人がいます。でも、そこに外国人観光客がいるなら話しかければいいじゃないですか。フットワークの軽さは本当に大切で、素直さと柔軟性も同じくらい重要です。

採用スタイルと、観光への「本気度」

現在は中途採用が中心で、新卒はインターンからそのまま入るケースもあります。インターン生はエクスペリエンス事業のマーケティングや OTA(オンライン旅行会社)の運用サポート、経営企画などを担当しています。

大事なのは弊社のバリューを体現できることです。地方創生・インバウンドは泥臭さも求められます。人や地域とウェットな付き合いができる「仕事のできるいいやつ」と一緒に働きたいです。

学生へのメッセージ——お金を借りてでも海外に行け

学生の最大の特権は「時間」

学生の皆さんに伝えたいのは、「海外旅行にたくさん行ってほしい」ということです。長期で旅できるのは学生の特権で、社会人になると長くても2週間が限界。私のように1年仕事を辞めて旅をするのは、多くの人には現実的ではないですから。

AI時代こそ「現場現物」の価値が上がる

旅行って単純に楽しいだけじゃなく、学びが大きい。AI がこれだけ加速していく時代において、現場現物の価値はものすごく上がってくると思っています。フェイクかどうかも、見たことがないと判断できない。教科書で学んだ歴史の場所、言葉で聞いていた国のイメージ——自分の目でリアルを見ておくことが、その後のキャリアに絶対生きてきます。

10万円って今は大きく感じるかもしれないけど、10年後には「あの時借りてでも行けばよかった」になることの方が多い。お金を借りてでも行く価値があると、私は思っています。

 

編集後記

「最悪コンサルに戻ればいい」という軽やかな言葉が、今日一番印象に残っています。佐々木さんのキャリアを聞いていると、「やりたいことを見つけてから動く」のではなく、「動きながら見つけていく」というスタンスが一貫していて、その積み重ねが今の羅針盤につながっているのだと感じました。観光業は楽しいけれど課題も多い、だからこそ面白いというお話は、就活でなんとなく「観光に携わりたい」と考えている人にとって、リアルなヒントになるのではないでしょうか。フットワーク軽く飛び込める人、ぜひインターンを検討してみてください。