保険をかけない人生
小学生で芽生えた反骨心
足だけは速かったんですけど、それ以外の運動神経はよくなくて。もう小学生時代から、私は勉強の道で生きていくしかないなって思っていました。だから中学受験をするって、自分で決めたんです。親に言われたわけじゃ全くなかった。
むしろ親からは「そんなに勉強する必要あるの?」って言われていたくらいで。でも振り返ると、どうせやるなら責任あるポジションで、真剣にやりたいっていう気持ちは幼少期からあったんだろうなって気がします。
小学6年生のとき、生徒会長をやっていました。中学受験と生徒会活動を両立した人って、私の小学校では前例がなかったんです。親も先生も反対で「そんな前例ないからやめた方がいい」って。でも、やりたかったから立候補した。その経験は今でもむちゃくちゃ覚えていますね。
高校中退という転機
中高一貫の進学校に入って、高1のときに尊敬していた先生に「東大を目指してみないか」って言われたんです。そこでスイッチが入っちゃって。東大文一しか目指したくないと決意してから、1日16時間ぐらい、ほとんど独学で勉強し続けました。
でも、やればやるほど違和感が出てきて。周りが意味もなく模試を受けたり授業を受けたりしている姿を見て、「なんで誰かに言われたカリキュラムをこなさなきゃいけないんだ」って。高3の5月に、突然「学校辞めます」と言って中退したんです。周りも驚いていましたけど。
でも、今までわき目もふらずに勉強漬けの生活をしてきたので、しばらく引きこもりみたいな生活になってしまって。そんな私を救ったのが、2000年のシドニーオリンピックでした。高橋尚子選手を見て、度肝を抜かれたというか。こんなに楽しく走って世界一になる人がいるんだって。
私は小さい世界で一番だったけど、楽しくはなかった。苦しかっただけだなって気づいたんです。結論、高橋尚子選手は自分自身がライバルだから楽しそうなんだろうな。私は周りの評価や順位ばかり気にしていた、ちっぽけな奴だったなと。
滑り止めなしで上智大学へ
その気づきからもう一回、自分の限界を超える挑戦をしようって思えて。ただ、予備校には行かない、模試も受けない、と決めました。受験まで3か月もなかったのに。
上智大学しか受けないと決めたのも、早慶に行ったら進学校時代の同級生と同じ土俵に立つことになるなと思ったから。滑り止めも一切持たずに、合否判定もわからないまま本番に臨んで、合格できました。
私の人生は常に「迷ったら厳しい道を歩む、保険をかけない」。高校を中退して、予備校も模試も受けずに一校だけ受ける。その感覚は今もずっと変わっていません。
組織の可能性に気づいた大学時代
サークルを1年生で立ち上げる
大学に入ってから、最初に国際関係のサークルに入ったんですけど、飲みサークルで「言ってることとやってることが違う」という違和感があって。だったら自分で立ち上げればいいじゃんと思って、1年生のときに「社会活動」というジャンルのサークルを作りました。
ボランティアをしたり、ディスカッションしたり、会社訪問したり。法学部だからって全員が弁護士になるわけじゃないから、社会を正しく見ようよっていうコンセプトで。インカレにして、ほぼほぼその活動に没頭した4年間でしたね。
でも途中で潰しかけたんですよ、そのサークルを。その後、もがいて苦しんだ末に立て直した経験で、組織の可能性というものを強く感じた。個人の可能性を大学受験で経験し、組織の可能性を感じたのがサークル活動。それが全部、起業につながっています。
「5年後の起業」を見据えた就職活動
就活では「5年後に起業する」と決めて臨みました。大手も受けましたけど、面接で全部「5年後に辞めます」と言っていました。だから面接官と喧嘩もしましたよ(笑)。合格することが目的じゃなかったから。エントリーは200社くらいしましたね。毎日いろんな会社を受けに行って、むちゃくちゃ楽しかった。
最終的に選んだのは、組織人事コンサルティングの会社でした。組織を作る側に回りたかったし、いろんな業界とつながれる仕事がしたかった。最終面接で他の会社の内定を全部辞退してから臨んだので、落ちたらまた人生やり直しですねって感じでしたけど。
苦しかった3年間と全社MVP
入社1年目の最初の3か月は全部の記録を塗り替えるくらい活躍したんですが、そこで天狗になってしまって。その後2年半は低浮上で、同期の中でも負けていました。
逃げの起業も頭をよぎりましたけど、「5年と決めたのに3年で辞めるのは逃げだ」って踏みとどまった。そこから本当にがむしゃらに働いて。今だったらブラックと言われるような環境で、タクシーで自腹帰宅もざらでした。睡眠不足でお客様先で寝てしまって、精神科に行ったこともあります。
それでも踏ん張り続けて、4年目に全社の MVP をいただきました。自分の中で大きな達成感があった中で、予定通り5年で辞めて起業したという感じです。
採用は、企業の「人格」をつくる
大手至上主義への違和感
前職では名だたる大手企業を中心に仕事をしていましたけど、日本の 99.9% は中小企業で、いい会社がいっぱいあるなってことをすごく感じていました。でも前職の社内文化は大手至上主義・学歴至上主義で、それがずっと違和感だった。
だから起業してあえて前職の競合事業を立ち上げたんです。準大手・中堅・中小のお手伝いをしたいって思いがあって。大手は放っておいても学生が集まってくるけど、それ以外の会社は工夫が必要。そこに自信を持って「御社の魅力はこうですよ」と一緒に考えられるところが、弊社の一番の強みだと思っています。
採用コミュニケーション戦略の設計
シーズアンドグロース株式会社が行っているのは、新卒採用コンサルティングです。新卒の人材紹介は一切やっていません。インターンシップの企画制作、面接官研修、リクルーター制度の構築、内定承諾者が納得して決断できるイベントの設計など、採用シーンにおけるコミュニケーション戦略を一気通貫で作っています。
新卒採用だけでなく、入社後の定着・活躍まで支援する新入社員研修や内定者研修も行っています。いい会社を作るためには、採用の一面だけでは足りない。そう思って人事制度領域や育成領域への進出も今まさに経営陣で議論しているところです。
社会の当事者であってほしい
満員電車で顔が死んでいるサラリーマンを見ると、なんで働くことって、お金を稼ぐ以上に面白いのに、みんな嫌々なんだろうって思うんですよ。子どもたちに働く意味を教えられない社会でいいのかって。
結婚して子どもができてから、自分たちは世の中に生かされているんだなと感じるようになった。だから未来に向けていい社会を後世に受け継ぐ使命があるんだと思っています。
誰が政治家になっても変わらないから選挙に行かない、でも文句だけ言う――それって違うじゃないですか。就活でおかしいと思ったことを、文句だけ言って社会に入ってもしょうがない。だったら自分たちが変える側に回ろうよって。
社会の批評家や傍観者になるな、当事者であってほしい。それが私たちが社員にも、学生にも伝えたい一番のメッセージです。
編集後記
今回の取材を通じて、河本さんの「保険をかけない生き方」が一本の軸として全ての経歴に貫かれているのを感じました。高校中退、予備校なしで一校だけ受験、面接官に5年後の退職を宣言する就活……どれも常識的な視点では”リスク”に見えます。でも河本さんにとっては、自分の軸を曲げることの方がずっとリスクだったのかもしれません。「就活のおかしさを文句だけ言うのではなく、変える側に回れる」という仕事の意義は、就職活動中の私にもまっすぐ刺さりました。自分もまず、目の前の一歩から当事者であろうと思います。
河本さんはクロスメディアグループのストーリーリクルーティングメディア「こんな会社で働きたい(good-companies.jp)」の所長も務められています。就活生向けの記事発信や、これからはイベントの開催も積極的に予定しているとのことです。ぜひあわせてチェックしてみてください。