剣道一筋から、「やりたいこと」を探した大学時代
剣道でインターハイへ
小学校2年生から高校3年生まで、剣道だけをやり続けてきました。東京の高校で団体のインターハイにも出て、それくらい本気でやっていたんです。
大学に入ったとき、体育会の剣道部に見学に行ったら「週8回稽古がある、5回出れば十分」と言われて。
大学では他のこともやってみたいという気持ちが強くなりました。バイトも留学もしたかったし、今まで剣道ばかりだったから、違う世界を見てみたくて体育会剣道部を諦めて、色々な事にチャレンジしました。
やりたいことが見つからなかった
結局サークルに入りながらバイトでお金を貯めて、1年間ほど休学して留学もしました。いろいろやってみたんですけど、「これだ」という軸がなかなか見つからなかった。
就職もそれで苦労しましたね。やりたいことがないからどうしようって。そんなときに「コンサルティング会社」という業種を初めて知って、幅広い業種に携われるならと、そこを目指して就活して、なんとか入ることができました。
コンサルから家業へ。27歳の決断
給料の基準が分からなかった
新卒で入社したコンサル会社は給料がすごく良かったんです。でも当時は、それが世間的に見てどうなのか全然わからなくて。上司から「あなたにはこれだけ給料を払ってるけど、労働市場で見ると新卒としてはすごく高い給料をもらってるんだよ」と言われても、そこの会社しか知らないから判断できなかった。
外を見てみないとわからないと思って、転職を考えたタイミングで、初めて実家の家業という選択肢が具体的に浮かんできたんです。それで「全く違うことをやってみよう」という気持ちで、踏み出した感じですね。
着物はなくならないと確信した
着物業界のことは全く知らなかったけれど、そのとき強く思ったのが「着物は多分なくならない」ということでした。
同期が銀行とか大手のメディア系に行っていて、それも選択肢としてはあったけれど、その会社が長く続くかどうかって実は分からないなと。着物というジャンルなら、少なくとも自分が生きている間はなくならないだろうと思えた。あとは覚悟の問題だなと。27歳のとき、「覚悟さえ決めればなんとかなる」と自分に言い聞かせて、踏み出したんです。
3年間の呉服屋修行
継ぐと決めてから、いきなり実家に入ったわけじゃないんです。よその呉服屋さんで3年ほど修行させてもらいました。6店舗を展開するローカルチェーンの呉服屋さんで、一店舗の店長までやりながら、販売ノウハウや店舗経営を一から学んできた感じです。
きもの処つるやの強みと、続ける理由
販売して終わりではない
きもの処つるやの強みというか特徴として、お客さんを大事にするという姿勢が根っこにあると思います。販売して終わりじゃなく、関係を築いていくというのが、うちの伝統というか根幹にあるんだと思います。
紹介が全体の3割を占める
今の売上の仕組みは、振袖を一本柱にしながら、入学式や卒業式などのフォーマルな着物、そして普段着として着物を楽しんでいる50代から80代ぐらいのお客さんの一般呉服も扱っています。
ありがたいことに、振袖については紹介からの来店が全体の約3割あります。紹介ってやっぱり、接客が良くないと生まれないものだと思っていて。振袖を選んでもらうときの接客の質は常に意識していますね。
個人店だからこそできること
うちみたいに振袖も一般の着物も扱っている個人店は、近くの四つの市の中では個人店だとうちだけなんじゃないかな、と思っています。チェーン店はもちろんあるんですけど、「チェーン店じゃ嫌だ」という方がうちを選んでくれることも多い。
着物のクリーニングや、形見でもらったけどどうしようという相談も受けています。そういうお困り事を丁寧に拾えるのが個人店の強みかな、と。続けていればチャンスはある、そう思っています。
「ちょっとずつ良くなる」が長続きの秘訣
拡大路線はリスクが高い
呉服業界自体は正直、横ばいか少し下降傾向の業種です。そういう中で一気に拡大しようとすると、必ずどこかにひずみが出てくる。
だから私は、拡大路線は考えていないんです。今は店舗も1店舗だし、増やす気もない。現状より毎年ちょっとずつ良くなる。これが長く続く秘訣だと個人的には思っています。
売った責任として続けていく
親から後を継いだとき、お客さんへご挨拶に回ったんですね。そのとき「あの時の着物、今でも大切にしてるよ」という声をたくさんいただいて。そういうお客さんがいる限り、続けていないと失礼だなという気持ちがすごく強くなりました。
売った責任として、ここにいる。そういう感覚が、今も続けている一番の理由かもしれないですね。
着物の魅力は、記憶に刻まれること
一生で数回しかない体験
着物って人の記憶にすごく結びつくものなんですよね。
一生のうちで着物を着る機会ってそう多くない。だから一度着たら、絶対に覚えてる。あの日着ていたもの、という感覚が洋服とは全然違う。
百年前の着物がそのまま着られる
形がずっと変わらないというのも、着物の本当にすごいところだと思っています。百年前の着物を今着ても着物なんですよ。洋服で百年前のものを今着るって、普通は難しいじゃないですか。
だから祖母から譲られた着物を、孫が着るということが普通に起きる。形ある物として代々渡していける、そういう物って今の時代ほとんどないと思うんです。
着物を着ると知らない人に声をかけられる
個人的にすごく感じるのは、着物を着ていると知らない人に声をかけてもらえることです。「もしかして落語の方ですか?」とか(笑)。洋服だったら絶対そうはならない。
着ている日の一日って、気持ちから違う。それに、あるきもの先生が言っていたんですけど「着物は360度どこから見ても綺麗」って。確かにそうなんですよ。後ろ姿も横からも、全部見られる。そういう衣装ってなかなかないと思います。
編集後記
今回取材してみて、田中代表の言葉で一番心に残ったのは「覚悟の問題だ」という一言でした。コンサルという安定した仕事を手放し、全く知らない業界に飛び込む決断は、冷静に見れば相当なリスクです。でも「着物はなくならない」という確信を軸に、他の選択肢ではなく「続けること」に腹をくくってきた姿勢が、今のきもの処つるやを支えているんだと感じました。拡大しない、でも毎年ちょっとずつ良くする。そのシンプルな方針が、実は一番ぶれない経営哲学なのかもしれません。就活で「成長業界」や「大手」という言葉に引き寄せられがちな私たち学生世代に、全く違う軸のかっこよさを見せてもらえた取材でした。